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帰宅

▼2000年 7月30日 (Sun) -- No.[104]

帰宅,7月30日
"Seattle" → "Moscow"

8 時に起きた。まずはPike Place Marketへ。Starbucks一号店でコーヒー、他の店でクロワッサンを買い朝食。そこが一号店とは知らず、実は前にも入ったことがあったようにも思う。よく見るとお店のロゴは書いてある事が違い、色もよく見かけるグリーンではなく茶色だった。

次に日系のスーパーへ。二階の紀伊国屋書店で雑誌を立ち読みした。日本のヒットチャートを見たけど僕の知らない人たちばかりだった。全然想像がつかない。その後ちょっとだけショッピング。久しぶりに古着のシャツを買った。よく考えたら日本で大学に通っている頃はちょくちょく古着屋さんまわってたな〜。ちょっとだけ昔を思い出し、その分若返った気がした。

前夜にあった留学生に聞いた、美味しい日本食料理屋さんで昼食。豚の生姜焼きを食べた。値段も手ごろだったしとても美味しかったと思う。他のメニューも気になった。お腹が膨れたらREI(アウトドアショップ)でクライミングウォールを登ることなどコロっと忘れ、ついに Moscowへ戻る帰路につく。

途中僕が以前いたMoses Lakeに寄った。ガスを入れただけだったけど何か懐かしい。思った通りドライで暑かった。Moscow到着7時半頃。こんな小さな街でもやっぱり帰ってくるとほっとした。帰る場所があるって素晴らしい。11泊12日。屋根がある場所4泊、テント6泊、最後に車1泊。お疲れ様でした。

とても長い一日

▼2000年 7月29日 (Sat) -- No.[103]

とても長い一日,7月29日
"Crater Lake NP"→"Mt.Rainer NP"→"Seattle"

起きて直ぐに洗濯を済ます。シャワーも浴びた。その後の午前中は湖を色々な角度から眺めた。前日見たとおりどこから見ても湖面が穏やかで、周りの風景が鏡を見るように映っていた。展望台のすぐ脇にとてもシックで落ち着いたロッジがあった。あんな場所に泊まれたらな。

ギフトショップに寄った後、訪れる予定だった最後の国立公園、ワシントン州Mt.Rainerに向かう。長いドライブで到着したのは8時近くだった。ゲートには時間が遅いらしく既にレンジャーがいない。公園内のマップだけ勝手に取ってキャンプサイトに向かう。ドライブしながら夕暮れ時のMt.Rainerを見た。どことなく形が富士山に似ている。Reflection Lakeも見たけど「逆さRainer」は残念ながらうまく見えなかった。

どのサイトへ行ってもフル。それぞれ200サイトくらいあったはずなのに全て埋まっていた。この日が週末に当たっていたのも悪かったかもしれない。旅の間、曜日の感覚なんて僕らの頭の中から消え去っていた。仕方が無いのでこのままSeattleへ直行することに。

Seattle 到着は午後11時を過ぎていた。とりあえず寝る場所を探しに・・・。しかし週末のこの時間、どこのモーテルをまわっても全てソールドアウト。どうしようかと相談した結果、この旅最初で最後、車の中で夜を明かすことになった。スーパーマッケットの駐車場で。モーテルの場所を聞いた現地の日本人留学生と話し、午前3時過ぎに車に。僕は何故かウキウキしていた。

サンフランシスコでも坂を登る

▼2000年 7月28日 (Fri) -- No.[101]

サンフランシスコでも坂を登る,7月28日
"San Francisco" → "Crater Lake NP"

起床後すぐにフィッシャーマンズ・ワーフへ。坂道だったけど名物のケーブルカーには乗らず歩いていった。俺達はグランドキャニオンを上り下りしたんだぞ、と思って歩いたけどやっぱり疲れた。アルカトラス島を眺めながら、朝食としてパンに入ったクラムチャウダーを食べた。とても美味しい。ピアー39も見てまわる。お土産を買うのには最適な場所なんだろうけど、結局何も購入しなかった。人手も多くて賑やかだ。ついでにアザラシもいた。帰りはケーブルカーで戻る・・・。

午後になってオレゴンのクレーターレイクに移動。ゴールデンゲートブリッジを渡ってサンフランシスコから出る。橋は霧に覆われていてよく見えなかった。クレーターレイクについたのは8時くらいだったと思う。テントサイトは既に人でいっぱいで、RV用の場所をテントと同じ値段で借りた。日が暮れる直前に湖を見に行く。湖面には波一つなく、水の色が本当にきれいだった。濃い青、紺に近い。

この日は派手に焚き火をした。薪も買ってたし、途中で使えそうな木を拾っていたので、火柱が暗闇に赤々と燃え上がった。カレー味のパスタを食べた。テントサイトを離れると星が沢山見えた。キャンプに出ると普段自分たちがどんなに多くの光に囲まれて生活しているのか、実感できる気がする。

北米一のチャイナタウン

▼2000年 7月27日 (Thu) -- No.[100]

北米一のチャイナタウン,7月27日
"Yosemite NP" → "San Francisco"

早めに目を覚ます。午前中にヨセミテバレーにある滝の一つの頂上まで登った。途中までは楽なトレイルだったけど、滝が近づくにつれ登りが極端に急になった。歩いたのは"Mist Trail"、名前の通り滝からの水しぶきが霧(Mist)になって肌に当たり冷たくて心地がよい。滝の上は大きな水溜りみたいになっていた。みんな水着で泳いでいるが水を触るととても冷たかった。出来れば僕も水に入りたかったけど残念ながら水着を持っていかなかったので諦めた。みんなその場所に水溜りがあるのを知って登ってきているようだった。トレイルは往復で正味1時間ちょっとだったと思う。上でしばらくぼけーとしてたので戻ってくるまでに2時間以上はかかったけど。もと君はここでお気に入りのサングラスを割りとてもブルーになっていた。

午後になってからSan Franciscoへ向かう。到着したのは7時くらい。もと君が知っているユースホステルを2件みたけどこのシーズンだけあってどちらも満室。結局辺りで一番安いホテルにチェックインした。目の前はストリップ劇場とポルノショップ。また部屋の窓を開けるとすぐ目の前に日の丸が風になびいていた。

すぐにチャイナタウンへ。適当な店で夕食は中華を食べた。その一角はSan Franciscoの市街地とはやはり雰囲気が全然違った。本当に中国人が生活している感じ。一本道を入ると彼らの言葉しか聞こえてこなかった。ふと日本の中華街ってどんなんだっけと疑問に思った。日本のビールを飲んで就寝。

そそり立つ

▼2000年 7月25日 (Tue) -- No.[98]

そそり立つ,7月25日
"Las Vegas" → "Kings Canyon & Sequia NP"

9時過ぎに朝食を摂ってからラスベガスを出発。次の行き先はカリフォルニアのセコイア国立公園。ものすごくデカイ杉の木があることで有名。長いドライブの後到着したのは午後5時くらい。

着いてみると雰囲気的に日本に似ている気がした。もと君曰く気候が日本と似ているらしい。そのため生殖しているものも似通っているのだろう。彼は道路の脇の川に服のまま飛び込んだりしていた。そのあと地図を頼りに有名な杉の木を観に行く。"General Sharman Tree"と名前がついたその木は「何か」がとても巨大で"The Largest Living Thing on Earth"と書いてあった。空にまっすぐに伸びたその木は見上げると実際にかなり大きかった。どこかしらセクシーでもあった。

公園内のキャンプサイトに。この日は焚き火にうまく火がつかずに苦労した。ジャガイモをホイル焼きにして食べた。お湯を沸かしてお茶も飲んだ。

谷底へ降りて感じたこと

▼2000年 7月23日 (Sun) -- No.[95]

谷底へ降りて感じたこと

最初に下ったトレイルを逆に登っていたら本当にやばかったかもしれません。トレイルのとても険しく、加えて給水できる場所は一切なく、また日陰も全くと言っていいほどなかったです。

コロラド川は冷たかったけど、それにしても谷ゾコは暑かった。熱風が吹き付けてました。一年で一番暑い時期を選んだのも悪かったのかも。

最後に食い物はちゃんと持ってけ、荷物は必要な物だけ持ってけ。降りる前に余分な食料を頭に入れていませんでした。3回分の食事が必要でしたが、4回分くらい持っていった方が良かった。それから谷底があんなに熱くて寝袋など必要ないのが最初からわかっていたら、寝袋自体持っていきませんでした。

とてもよい経験であったのは間違いありません。リムの上から覗き込むキャニオンはとても雄大で自然の偉大を実感できるでしょう。でも谷底から見上げるキャニオンはこれまた違った趣があります。これだけは行って見ないとわかりません。自分の足でトレイルを下って。ぜひ御試しを。

トレイル(登り),

▼2000年 7月23日 (Sun) -- No.[94]

トレイル(登り),7月23日
Grand Canyon NP(3日目)

今度は別のトレイルを登る。"Bright Angel Trail"。前日に比べたらまだ楽な道だったと思う。日陰は多いし給水ポイントも数箇所。トレイルは小川に沿っていて水の音が耳にも涼しい。午前8時に出発。予定では午後1時くらいに到着のはずだったが・・・。

下りだと膝など肉体的にきついけど、この日の登りは体力的にこたえた。最初は軽快に足を運んでいたが、バックパックに沢山の荷物を抱えていた僕らの体力はすぐに消耗されていく。前夜はあまりに暑くて寝苦しく何回も夜中に目が覚めた。風も強くうるさかった。そのだけに寝不足で疲れも残っていたのかもしれない。

トレイルは全部で約15キロの長さ。しかし同時に1350メートルほど登っていかなければならなかった。中間ポイント"Indian Garden"に到着したのがお昼過ぎ。この時点で僕らはヘトヘトでしばらく休憩せざるを得なかった。お腹が空いていたけど食事を用意する元気を取り戻すのに時間がかかったのだ。カレーラーメンを作りさらに一休み。再び重い荷物を背負って歩き始めたのは2時半だった。この時点では到着時間を5時頃と想定。しかしここからが一番辛かった旅の思い出。

暑い。重たい。とにかく足が前に進まない。額からの汗は何故かサラリと流れ落ちる。給水場所が多かったのが逆に災いし、水分を補給し過ぎたのかもしれない。前日の下りでは1時間に10分の休憩が、登りでは20分歩いて10分以上の休憩にまでペースダウン。給水場所では30分以上も休んでいた。しかしそれでも体力は回復しない。

時間だけが過ぎていくことになった。それでもただ頂上にたどり着くことだけを考えゆっくりと足を進める。しだいに空も暗くなりトレイルが見えにくくなる。残り僅か1/4マイル、二人で道の脇にへたり込む。時計は8時。何と空腹でもう動けなくなってしまった。僕らは力尽きそうになった。

それまでと同じようにしばらく休憩。そうしている間にも刻々と暗くなり風が強くなった。今までは暑くてたまらなかったのに、今度は風が体を冷やしさらに体力を奪っていく。僕らはとりあえず何か食べるしかなかった。手元にある食料をあさってみる。ツナ缶が一つある。スープごと胃に入れる。それから小さなケチャップとマヨネーズ。それを口で吸う。最小限の体力だけを回復。同じトレイルを行く人に残りが僅かなことを確かめ僕らは再び歩き始める。

やはり食事というのは大事でお腹に何か入れたとたん、それまでより歩みが倍以上早くなった。ここからは早かった。結局到着は8時半。下りは5時間ほどだったのが、登りでは12時間以上かかったことになる。この時感じた達成感はしばらく忘れられそうにない。

別世界

▼2000年 7月24日 (Mon) -- No.[97]

別世界,7月24日
"Grand Cayon NP" → "Las Vegas"

前日にトレイルを登って体の芯から疲れきった僕らはGCの公園外にあるキャンプサイトに宿泊。この日は割と朝早く目を覚まし、GC内にある施設で洗濯を済ませる。疲れが足腰に残っていた。お土産を買ってからLas Vegasへ。

午後3時くらい、およそ5時間で到着。ユースホステルに泊まる予定がなんだかんだで隣のモーテルにチェックイン。そこのあやしい主人は僕らが日本人だとわかると何故か安くしてくれた。彼は変な英語を話していた。どう考えてもアメリカ人ではない。まずは遅めの昼食をとりに賑やかな地区へ。

街は大きく"Strip"と"Downtown"にわかれている。派手はカジノ付きホテルがあるのはStripで、名前は忘れたけどお城みたいなホテルで昼食を食べた。Las Vegasもグランドキャニオン同様暑い。一旦モーテルに戻り7時半頃再び街に繰り出す。その前に僕は3日ぶりにシャワーを浴びた。考えたらソルトレイクシティー以来の熱いシャワー。普段当たり前に感じているけどシャワーって良いものです。

街をウロウロと歩いて見てまわった。砂漠の真中に自由の女神とかピラミッドとかエッフェル塔とかが建っている。音楽に合わせてデカイ噴水が噴出し、火山が噴火してる場所もあった。アメリカ人の単純さというか何と言うのか・・・。どうしてこんなものを作るのか理解に苦しむ部分もあるけど中々面白かった。この街には全くと言って良いほど生活感がない。こんな場所もあっても良いかなと思った。

その後カジノで25ドルすった。もと君は7ドルですんだみたい。スロットしかやらなかったけど次に行った時はテーブルに座ってブラックジャックをしよう。冷蔵庫がカビ臭くて、室内は冷房の効かないモーテルに戻り就寝。

余談

▼2000年 7月23日 (Sun) -- No.[96]

余談
グランドキャニオンでの余談です。トレイルを登っている時に、現地で働いている青年と話をしました。僕と同じ位かそれより下の年齢だと思います。

彼はその彼女と谷底まで降りたそうです。降りきったのは良いのですが彼女の足に異変が。どうしても登りのトレイルを歩むことが出来ず、しょうがなく救援を要請したそうです。

谷底から頂上までヘリコプターでの救護を頼むといくらお金がかかるか教えてくれました。たった一人の大人を上まで運ぶために払う金額は3000ドル。日本円にして30万円以上です。

あ〜もったいない。

トレイル(下り)

▼2000年 7月22日 (Sat) -- No.[93]

トレイル(下り),7月22日
Grand Canyon NP(2日目)

午前8時に谷底へ降りるパーミッションを取る為にそれ用のオフィスへ。その場へいくとまだ7時。???。この時アリゾナは夏時間を採用していない事実に気がつく。1時間待ち、本当に8時になった後、コロラド川のほとりにあるキャンプグラウンドを予約。準備を整えてからいよいよトレッキング開始。

午前10時から午後4時の間には行くなと言われたけど、僕らがスタートしたのはその丁度10時くらいだった。キャンプサイトまでのトレイルは二つあり、僕らは厳しい方を選んだ。この選択が後になってとても良かったと気づくことになるとは。

僕らが下ったトレイル"South Kaibabu Trail"はGCにあるトレイルの中で唯一"Very Steep"と説明書きされている。実際に道中の坂はかなり厳しく、それに加え日陰が極端に少ない。さらにゴール(キャンプサイト)までに給水場所が一度もなかった。スタート当初は良かったけどすぐに気温が上がってくる。猛暑。汗が噴出して止まらない。吹き抜ける風は熱くドライヤーに当たっているようだった。眼下にコロラド川が見え始る。到着したらそこで泳ぐことだけを考え、ひたすらトレイルを下った。

休憩を含め5時間以内に到着。すぐに水着に着替えコロラド川に飛び込む。谷底の気温が50度近くまで上がるなか、川の水は冷たく最高に気持ちが良かった。本当はいけないけどもと君がビールを川で冷やし、それを二人で飲んだ。こちらも最高に美味かった。

夕方になりキャンプサイトに入ってからカレーを作って食べた。ご飯を炊くのに失敗し、カレーごと煮込んで食べたけど美味しかった。日が暮れたにも関わらず谷ゾコは暑い。温度計を見ると36度もある。寝苦しい夜だった。

キャニオンの夕日

▼2000年 7月21日 (Fri) -- No.[92]

キャニオンの夕日,7月21日
「Salt Lake CIty」→「Grand Canyon NP」

ユタを離れアリゾナのグランドキャニオン(以下GC)へ。到着したのは5時くらい。GCは観光客用に大きく分けて"North Rim"と"South Rim"、二つの見所がある。GCと言った場合必ず出てくるのはSouth Rimの方で、そちらの方が人出も多くて賑やか。僕らはNorth RimをかすめてSouth Rimに入る。

ビジターセンターで公園内のキャンプサイトを訪ねるとどこもフルだということ。南側に車で10分ほど下った場所にもサイトがあり、そこを紹介された。ここでこの旅初めてテントを張ることになった。

テントサイトを決めた後、再び公園内へ。丁度太陽が沈む時間で、前日に残ったご飯で作ったおにぎりで夕食を摂る。赤い壁が夕日に良く映えてとてもきれいに見えた。たった一本のコロラド川が気の遠くなるくらい長い年月をかけて作り上げたこの峡谷。自然の神々しさと偉大さを垣間見た気がする。僕の日々の生活がとてもちっぽけなモノに感じられた。

途中お店でビールを買ってキャンプサイトに戻る。久しぶりにアサヒスーパードライを飲んだ。やっぱり日本のビールは何か違うな。寝袋に包まり気持ちよく横になった。

モルモンのありがたいお話

▼2000年 7月20日 (Thu) -- No.[91]

モルモンのありがたいお話,7月20日
「Boise」→「Salt Lake City」

タスミさんの家を朝8時半くらいに出発。Boiseは一度行ったことがあったし、そこから先は全て初めて訪れる場所なので、この日からいよいよ旅が始まったといった感じ。

午後3時頃到着。ユースにチェックイン。一息付いた後、街の散策に出かける。ユタの州議事堂とモルモン教の寺院を見学。日本人のシスター・タカノにありがたいお話を聞いた。モルモン教徒がソルトレイクに大移動した当初にスゴイ奇跡があったらしい。彼女は真剣に信じているようだった。もと君は後になって「彼女にはヒゲがあった」と主張していたけど、僕はそれに気がつかなかった。街はオリンピックを控え、郊外ではフリーウェイの建設が凄まじかった。スタジアム等も建設していたのかもしれないけどそっちには気がつかない。

ユースに戻りキッチンで米を炊き、野菜を炒めて夕食。ビールも飲んだ。ユースでは大阪からきた年配の人と偶然に同じ部屋(ドーム形式)になった。40過ぎくらいのおじさん。アメリカを一人旅の途中だそうで、次の日にはデンバーに向かうと言っていた。自分が年齢を重ねても彼と同じように生きたいと思った。

旅行計画

▼2000年 7月17日 (Mon) -- No.[89]

旅行計画,6月17日(晴れ)

プールの後のコーヒーショップ。旅に出たい、そう思ってM君に一緒に行かないかと誘う。しなければならない事が片付いてから、というのが彼の返事。するとその午後に用件が片付いた。いきなりこの日の2日後、19日から出かける予定になった。

目的は国立公園めぐり、夕方からM君の家で計画を練る。ルートの確認。メインは"Grand Canyon NP"。Salt Lake City, Las Vegas, San Francisco等を経由しつつ、その他4つの公園をはしごの予定。恐らく全部をまわることは不可能だと思うけど、とりあえず行きたい場所、必要な物をリストアップした。

非常に楽しみになってきた。でも旅は出かける計画を立ててる最中が一番楽しいのかもしれない。

旅行計画

▼2000年 7月17日 (Mon) -- No.[89]

旅行計画,6月17日(晴れ)

プールの後のコーヒーショップ。旅に出たい、そう思ってM君に一緒に行かないかと誘う。しなければならない事が片付いてから、というのが彼の返事。するとその午後に用件が片付いた。いきなりこの日の2日後、19日から出かける予定になった。

目的は国立公園めぐり、夕方からM君の家で計画を練る。ルートの確認。メインは"Grand Canyon NP"。Salt Lake City, Las Vegas, San Francisco等を経由しつつ、その他4つの公園をはしごの予定。恐らく全部をまわることは不可能だと思うけど、とりあえず行きたい場所、必要な物をリストアップした。

非常に楽しみになってきた。でも旅は出かける計画を立ててる最中が一番楽しいのかもしれない。

屋外プール

▼2000年 7月16日 (Sun) -- No.[88]

屋外プール,7月16日(晴れ)

昼頃屋外プールにM君と出かける。家から割と近所のその場所はつい最近になってオープンしたみたい。ウォータースライダーが2台、長方形のプール(学校にあるやつを縮小した感じ)と浅めのものが一つづつ。今日は日曜、天気も良かったので人出も多かった。

別に水で遊びたくなって行った訳ではなく、僕の目的はそこがどんな場所なのか確かめることと日焼けだった。デッキチェアーが沢山並んでいて適当な場所を見つけて寝そべっていた。日差しがジリジリと強くちゃんとローションを塗った。きれいに焼けるように競泳用のパンツを履いていったけど、周りを見回したらブーメランパンツは僕とM君だけだった。傍から見ればホモカップルだったかもしれない。

M君に高校でやった世界史を教科書を借りてそれを眺めつつ、5時間くらいそこにいた。しかしなぜ彼はそんなのをアメリカに持ってきてるのか。施設自体は最近完成したばかりなのできれいでよかった。面積の小さいパンツを履いていた僕はどこか気後れして滑り台はやらなかった。また今度にしよう。

その後7時からルームメイトと映画を観に行く。予定では"SCARY MOVIE"だったけど彼の提案で急遽変更、"X-MEN"に行った。昔から人気があるアメコミの実写版で、前もって内容は全然知らなかったけどそれなりに面白かった。何も考えずに観るSci-Fiムービーとして丁度良いかもしれない。典型的週末の過ごし方。

サイクリング

▼2000年 7月15日 (Sat) -- No.[87]

サイクリング,7月15日(晴れ)

自転車で隣町Pullmanまでサイクリング。片道8マイルで約40分かかった。Pullmanへの道の脇にトレイルがありそこを走る。普段車で通りすぎるだけの道を自転車で時間をかけて走ると同じ風景が違って見えた。何故か行きも帰りも向かい風だったけどトレイルは平坦なので疲れなかった。Tシャツを脱いでペダルをこいでいたので、風が気持ちよかった。

大学の広場で模型飛行機を飛ばしている人が沢山いた。そんなサークルみたいなのがあるのだろう。しばらく観ていたけどどうやって機体を上空まで持っていくのか、その仕組みが解らない。ロープで引っ張っているようにも見える。機体自体が見えなくなるまで空高くあがるものもあった。上り詰めたあと、風に乗りながら時間をかけてゆっくりと下まで降りてきた。

垂直以上の壁

▼2000年 7月13日 (Thu) -- No.[85]

垂直以上の壁,7月13日(晴れ)

5時前にクライミングへ。今日はKちゃんとNさんが来た。一番最初にクライミングに挑戦して以来ハーネス(腰に着ける器具)を使って垂直の壁を登った。いつもは横移動(ボルダリング)しかしていないので、とても楽しかった。

ただただ上を見つめて上り詰める。垂直よりも厳しい壁もある。角度で言うと100度くらいの壁も腕力に任せてよじ登った。この日は昼過ぎにプールでも沢山泳いだ。今までは誘われるままにクライミングをしてたけどこの日は興味に駆り立てられて壁を進んだ。良い傾向だと思う。

タイ料理を食べる

▼2000年 7月11日 (Tue) -- No.[84]

タイ料理を食べる,7月11日(晴れ)

5時からもと君と一緒にクライミングをする。サウナに入りジムを出たのが7時頃。ご飯を食べに行こうということになりLewistonのタイ料理屋さんへ。タイ風ヌードルとタイ風牛ナベを食べた。お腹が膨れて死ぬかと思った。

その後家に戻りもと君が借りてきたロッククライミングのビデオを観る。日本の選手が大会で準優勝してたり、フランス人がアイダホの山でクライミングしてたりした。もと君はそれを観てかなり感化されたらしく本気で野外で登りましょう!と張り切っている。僕はまだ実力がなさ過ぎるのるでちょっと・・・。

プールで泳いだり、壁を移動したりして体を動かすのはとても気持ちが良い。その瞬間は頭の中は空っぽになれるから。気分を180度転換するため、しばらくはいつも以上に頑張ることを心に決める。

Boise探索

▼2000年 7月 9日 (Sun) -- No.[82]

Boise探索,7月9日(快晴)

10時起床。シャワーを浴びた後食事に出る。そのまま州議事堂を見学。アメリカの国旗が晴天にきれいに映えていた。中は大理石がピカピカ光っている。アイダホの歴史を学んだ。

「Boise Art Musium」を訪ねる。現代アートが主だった。水が何故か青色の噴水があった。日本の浮世絵も展示されている。その後Down townを散策。タスミさんはいかにもアイダホというTシャツを購入。彼のHPのプレゼントにするらしい。ウィンドーショッピングをしてからオープンカフェでコーヒーを飲む。働いている女の子が可愛かった。

Boise市内と周辺をドライブ。タスミさんがイチゴを買い、車の中でつまんだ。中華料理屋で夕食。すごく太った人がいてビックリ。一度タスミ邸に戻った後再びDowntownへ。Barを3軒はしごした。でもそれぞれ一杯ずつしか飲まなかったし、タスミさんにおごってもらったりした。昨日と同様ごちそうさま。

丁度良くお酒に飲まれた。僕が思っていた事を忘れられる気がした。覚悟は決めた。

Boiseに行く

▼2000年 7月 8日 (Sat) -- No.[81]

Boiseに行く,7月8日(晴れ)

Boiseのタスミさんを訪ねる。Moscowを11時半に出発し、Boiseに到着したのが5時半くらい。5時間半と聞いていたけど6時間かかったことになる。

タスミさんは相変わらず元気そうで良かった。彼と日本食を食べに行った。何をもって「日本食」なのかわからないけど和風ステーキハウスといった感じ。目の前で料理人が包丁をクルクル回しながら調理をしていた。一種の見世物。だけど一体彼は何人なんだろう・・・。絶対に日本人ではない気がした。肝心の料理は美味しかった。ワサビ風味のドレッシング、カラシ醤油が僕に日本の味を思い出させた。タスミさんのおごり。ごちそうさまでした。

その後ダウンタウンのバーに。風に当たりながらビールを飲む。雰囲気はとても良かったけどちょっと寒かった。風が強すぎたのかもしれない。

忘れたいことがまだ忘れられない。昨日の今日ではしょうがないけど、久々のロングドライブと大音量のハードロックは良い気分転換になったと思う。明日は街を探索しよう。

ショッキング

▼2000年 7月 7日 (Fri) -- No.[80]

7月7日(晴れ)

今日、僕にとってとてもショックな出来事があった。僕が日本の外にいるいないの問題ではないが、少なくともアメリカに来てからここまで気持ちが落ち込んだのは初めて。また僕にとって、25年間の人生の中で初めての種類の気持ちだとも思う。この夏の予定が大きく変わるだろう。

頭の中にあるモノを整理するのにどれくらい時間が必要なのか?または何時になったら消え去ってくれるのか?与えられた事実に対し、どのような態度をとるべきなのか?時間が経てば何でもないことなのかもしれない。この日の天気は最高に良かった。

8日午前5時。眠れそうにないので。

独立記念日のイベント

▼2000年 7月 4日 (Tue) -- No.[79]

独立記念日のイベント,7月4日(曇り)

再び予定が変更になった。モンタナに行く予定が前日に小山さんが指に怪我。ココナッツの殻を割ろうとしてた時、ナイフを指に落としてしまった。かなり深く切れたようでこの様子ではオールを漕ぐなど無理。結局4日独立記念日のモンタナ行きも前日に消えた。

ラフティングがなくなった僕は、Coeur D'Alene(コーダーレーン。車で北に2時間。)に花火を見に行った。独立記念日のイベントでこの辺りでは割と有名らしい。日本で大学4年生時以来、3年ぶりに花火を見た。

きれいだった。日本の夏、各地で開催される花火大会に比べたらあっさりしたものかもしれないけど楽しめた。当たり前だけど日本の花火大会とは雰囲気が全然違う。浴衣、出店がないからか。肌にまとわりつく暑さもない。外は肌寒かった。星が落ちてくるように見えた。

予定変更

▼2000年 7月 3日 (Mon) -- No.[78]

予定変更,7月3日(雨、曇り)

起きたらあいにくの天気。雨も降り肌寒く、バーバラの機嫌が悪い・・・。予定ではこの日はラフトを上流から川に入れ、流れを楽しんでからもう一泊の予定。しかしこの予定が変更になることに。

理由:
天候が悪く水が冷たい。
急流が少ない。
Bの機嫌も悪い・・・。

話し合いの結果、ご飯を食べてからひとまずMoscowに戻ることになった。そして次の日にトムさんが働いていたモンタナに出直すことになった。その川について彼は流れを完全に把握し、現地のラフティング会社にも顔が利く。

Moscow到着4時。帰り道は1930年代くらいの車が沢山走っていた。遅い。寒そう。

ラフティング

▼2000年 7月 2日 (Sun) -- No.[77]

ラフティング,7月2日(晴れ)

人生初のラフティングに出発。一緒に行ったのはトムさん、小山さん、小山さんの彼女バーバラ、そして僕の4人。本来ならば7時に出る予定が、何だかんだで10時くらいになった。目的地の Clear Water Riverまでおよそ3時間で到着。前日に壊れていたカーステレオを新調したので心地よいドライブになった。一番安いやつで機能も少ないけど音楽なしよりはよっぽど良い。大音量でAC/DCを聞いた。

到着してからキャンプサイトを決め、ウェットスーツに着替えてから、ラフトを川に入れるためさらに車で20分くらい川をさかのぼる。ラフトを膨らまし(重労働)実際に流れに浮かべたら3時半くらいになった。初めにトムさんの説明を受け、川の流れに身を任せる。彼はリバーガイドとしてモンタナで3年間の経験を持つアウトドア人間。元プロなのでこっちも安心。

この日の川は流れがゆっくり。ラピッド(急流)が少なくて初心者には良かったのかもしれない。初めは一時間くらいでキャンプサイトに戻れると予想していたけど、結局3時間もかかった。7月と言っても水が冷たい。頭から水を何回も被った。もちろん楽しんだけど、スプラッシュが少なかったのでちょっと物足りなかったようにも思う。その代わりに穏やかな日だったので川の流れる音、鳥の鳴く声、風が吹く音、自然を満喫できた。

夕食は持参してきた野菜、豚肉をホイルに包んで焼いた。小山さんが釣った魚も火にかけて食べた。ついでにアメリカに来てから初めてビールを野外で飲んだ。その晩トムさんと初めて長く喋ったけど彼はメルヘンちっくな人だった。10時就寝。

明日からキャンプ

▼2000年 7月 1日 (Sat) -- No.[1]

2000/ 7/ 1(土)

明日からキャンプ,7月1日(晴れ)

明日(2日、土曜日)から3日間、ラフティングに出かけることになった。昨日の昼過ぎにトムさん(前セメまでいた日本人)から電話があり、「今週末ラフティング行く?」との誘い。ラフティングに行った事がなかったのでほとんど迷わず「行きます」と答える。「ではCommonsに来なさい」との事。

彼は前セメでUIを卒業し、今はカリフォルニアで働いている。僕は彼がここにいる間に、片手で足りるほどしか話したことがなかったので一瞬誰かと思ったけどすぐに思い出した。そういう訳でCommonsで打ち合わせをし、必要な道具を借りに行く。ヘルメット、ジャケット、ウェットスーツを3日間分で$20くらい。

実際にはラフティングだけでなく、それを兼ねたキャンプなので楽しみだな。川に落ちて死ななきゃいいな。「保険入ってるか」って脅されたし。

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