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秋セメスター始まる

▼2000年 8月31日 (Thu) -- No.[116]

秋セメスター始まる,8月31日

ようやく旅行記をつけ終えたので本来の日記に戻れる。写真を加工するのと、文中でリンクをはるのが結構面倒だった。これで誰も読んでくれなかったら僕はショックでしょう。とはいってもこれも自己満足の一つだけど。

月曜から秋セメがスタートした。今週は事前にレジストしたクラスに実際に出て(レジストしてないのにも出て)、スケジュールを確定させた。明日念のためアドバイザーと話をしよう。問題なのは日本の大学で取得した単位が思うように移っていなかったこと。日本でやった「経済学」がその問題で、本来であればUIにあるEcon272と同じはず。マクロ、マイクロ両方含んだヤツね。今回僕が取る300番代のクラスはEcon272がプレリクになってるので、それが認められないとそもそもレジストできない。まぁ何とかなるでしょう。楽天的な性格です。

セメスターが始まって驚いたこと。学校で突然日本語が普通に使えるようになった。この日記も図書館のコンピューターラボで打ってます。すべてのパソコンにGlobalIMEが入りました。こういうのって一台一台やってったら途方もない時間がかかってしまうけど、ネットワークに組み込まれたパソコンでは一瞬のうちにインストールできてしまうのだろうか、ちょっと疑問に思ったりする。

今は夜の7時。もうちょっと図書館でがんばって8時半になったら久しぶりにプールに行こう。だいぶ体がなまったな。

いよいよ最終日

▼2000年 8月22日 (Tue) -- No.[115]

いよいよ最終日,8月22日
"Archese N.P."(UT) → "Cheney"(WA)

Moab の街からアーチーズまでは目と鼻の先。8時頃出発し10分ほどで到着。ここは比較的狭い国立公園で、アーチ型をした岩が東京23区の約半分の地域に確認されているだけで約1500点在している。また映画「インディー・ジョーンズ3」の冒頭の撮影でもアーチーズの風景が登場した。

まずは公園内の道路を走り、東側にある"The Window Section"に。"North Window"<こちら>、"South Window"、"Double Arch"<こちら>などへ続く短いトレイルを歩く。まだ朝ということもあって暑くもなく歩きやすい。

続いてユタのライセンスプレートのデザインにもなっている"Delicate Arch"へ。公園内の数あるアーチの中で一番の美しさを見るためには、およそ2.4キロのトレイルを歩かねばなからなかった。距離的には大した事はなかったけど、途中から一枚の巨大な岩の上を通る。そこの登り坂が急だった。重ねられた石を目印にトレイルを歩き40分くらいで到着。突然目の前に完成されたアーチが飛び込んできた<こちら>。写真でアーチ右側の足元にいる白いのが僕。このアーチがどれだけ大きいのかわかってもらえると思う。この不思議な造形美が全て自然の作用であることが信じられなかった。

次に同じトレイルを歩き駐車場まで戻り、公園北側にある"Landscape Arch"を見に行く。10分ほどのトレイルで到着<こちら>。世界一長いこのアーチ(89メートル)もいずれは崩れてしまうのだろう。下から眺めその巨大さを実感。以上でアーチーズも終了。今回の旅で一番トレイルを歩いたかな。

旅の目的地も全て回りあとは家に帰るだけ。午後3時頃アーチーズのあるユタを出発してワシントンまでひたすら長いドライブ。簡単な食事とガソリン以外ではストップしなかったけど、到着したのは翌朝6時半。15時間半のドライブ。その内10時間以上運転したN君お疲れ様。9泊10日、モーテル2泊、テント6 泊、車中(?)1泊、全行程5300マイル。お疲れ様でした。

アメリカで唯一の・・・

▼2000年 8月21日 (Mon) -- No.[114]

アメリカで唯一の・・・,8月21日
"Mesa Verde N.P."(CO)→"Four Corners"(NM,CO,UT,AZ)→"Monument Valley"(UT)→"Moab"(UT)

ロッキー山脈の端にあるメサベルデ国立公園。アメリカの国立公園の中では唯一の歴史的に貴重な遺跡群で1978年にはユネスコの世界遺産にも登録されている。今から約1400年ほど前に栄えた文明の遺跡。

午前中は公園内を見学。まずは"Spruce Tree House"<こちら>。残されている遺跡は全て特異な地形を利用して建てられているが、なぜこんな所に?と思わずにいられない。次にメサベルデの中で一番美しいとされている"Square Tower House"<こちら>。西暦1200頃から100年間ほど使用され、当時は80以上も部屋があったらしい。その他の遺跡を車で次々と見てまわる。このあたりは見晴らしもよく、景色が素晴らしいだけにこの日は天気が悪くてちょっと残念。

昼前にメサベルデを後にする。昼食を摂った後1時間くらいドライブして途中"Four Corners"に立ち寄る。どんな場所かというと、要は4つの州がまたがる一点。アメリカの州は直線で区切られている場所が多いが、その直線が垂直に交差するポイントは実はアメリカに一箇所しかない。それがこのフォーコーナーズ<こちら>。ちょこっと寄っただけだったけど以外に感動してしまった。

さらに車を走らせ次に"Momunent Valley"へ。Navajo族が管理するこの公園は赤茶けた岩がそびえる荒野。古くは西部劇が撮影され、新しい所では"Back to the Future 3"もここでフィルムを回したらしい<こちら>。未舗装の道をドライブして真下から巨大な岩を眺めて感動するが、タイヤが砂にはまって身動きが取られなくなりそうになりちょっと怖かった。

モニュメントバレーを出て、この旅の最終目的地である"Arches N.P."の近くまで進む。この日はMotelに宿泊した。その"Moab"という街はオシャレな店も建ち並ぶリゾート地といった感じだった。パブに入ってピザとビール。チーズがお腹にたまって満腹。12時頃就寝。

白い世界

▼2000年 8月20日 (Sun) -- No.[113]

白い世界,8月20日
"Guadalupe Mountains N.P."(TX) → "White Sands N.M."(NM) → "Mesa Verde N.P"(CO)

7時頃起床。グアダルーペはとても雄大な山だったけど主にトレイルを歩かねばならず時間がないので今回は諦めた。エルパソで朝食をとる予定を定め、テントをたたんでからすぐに出発。

1時間ほどでエルパソ。ドライブ中、何時の間にか道を外れてしまい気がついたら街を通り越してしまった。結局エルパソの近くで朝食バフェ。死ぬほど食べて気持ち悪くなった。そのままドライブを続け昼過ぎにはこの日の第一目的地"White Sands N.M."に到着。

その名の通り見渡す限りの白い砂丘。公園内にある"The Dunes Drive"を走り"Heart of the Sands"で駐車。白い世界に足を踏み入れてみた<こちら>。照り返しが非常に強くサングラスなしでは目が開けられない。ただの白い砂があるだけだけど、これだけ集めれば幻想的だった。

ホワイトサンズを後にした僕らはこの日の最終目的地"Mesa Verde N.P"へ向かう。到着したのは丁度日が暮れた8時半頃。キャンプサイトを決めたらすぐに9時。お米を炊き、野菜炒め、それから味噌汁を作って食べた。ご飯がちょっと失敗。ここも焚き火は禁止されていた。

地下の世界

▼2000年 8月19日 (Sat) -- No.[112]

地下の世界,8月19日
"Puelbo"(CO) → "Carlsbad Caverns N.P."(NM)

7時起床シャワーを浴びてから出発。まずはガソリンを入れコーヒーを買いこの日もひたすら南に下る。途中野菜等を購入しドライブ。

ニューメキシコに入り60年代にUFOが本当に落ちた街Roswellで遅めの昼食。街頭にはエイリアンの顔が描かれていて、「Welcome Aliens!」と大段幕もたなびいていた。ついでにUFO博物館もあった。この辺りはガソリンの値段が比較的安かったと思う。今僕がいるアイダホの Moscowでは1ガロン$1.65くらいだけど、コロラド、ニューメキシコでは$1.30台だった。前回の旅で行ったカリフォルニア方面は高く、軒並み $1.70くらい。ちなみに車で通れるグランドキャニオンの底辺りは$2.15もした。

夕方5時前に"Carlsbad Cavern N.P."に到着。ここカールスバッドは確認されているものの中では世界最大といわれる鍾乳洞。着いてからわかったけど目玉である洞穴へ降りるエレベーターは5時までだった。つまりぎりぎりセーフ。急いでチケットをもらい750フィート(230メートル)ほど地下に降りる。

潅木ばかりの砂漠地帯の地下に空いた巨大なスペース。さらに鍾乳石の造形美に圧倒された。メインである"Big Room"の大きさは天井がおよそ80メートル、しかもサッカー場が14面も入るほど広い。巨大なスペースにまず驚き、気の遠くなる年月をかけて形成された鍾乳石は、ほどよくライトアップされて大小様々な表情を見せる。年間13℃に保たれたその空間でただただ唖然とするばかりだった。デジカメで写真をとったけど暗すぎてうまく写っていなかった。この美しさを見せられないのは非常に残念。

カールスバッドのもう一つの見所はコウモリの飛翔。毎夕日が沈む直前に、洞穴に生息しているコウモリが一斉に餌を求めて飛び立つ。その数はなんと50万羽。午後7時過ぎ洞窟の出口に作られた Amphitheaterでレンジャーによる説明を聞いた後、コウモリが飛び立つのを眺めた。しかしこの日は週末ということもあり観衆が多かったため、コウモリ達が驚き、思ったほど一斉には出てこなかった。凄かったのには変わりないが。

日が暮れた。この晩どこに泊まるかはその時になっても決まっていなかったがNと相談し、すぐ近くにある"Guadalupe Mountains N.P."で場所が空いていればそこに泊まり、フルだったらこのままエルパソ(TX)まで行こうということになった。結局グアダルーペに空きがありそこでキャンプ。暑くもなく寒くもない。旅の中で星空が一番綺麗な夜だった。

Go South

▼2000年 8月18日 (Fri) -- No.[111]

Go South,8月18日
"Devil's Tower N.M."(WY) → "Mt. Rushmore N.M."(SD) → "Puelbo"(CO)

6時に起床。6時半には出発。前の晩テントの中は熱いくらい。この日の目標はマウント・ラシュモアを見学してから、出来る限り南へ下ること。

2時間ほどドライブの後到着。"Mt. Rushmore"、この名前だけでは一体そこに何があるのかわかる人はあまりいないかもしれない。自分自身も「それ」の名前をつい最近知り、また「それ」がサウスダコタにあるのも知った。でもこの写真を<こちら>見れば誰でもどこかで見たことがあるはず。

今日あるアメリカの基盤を作り上げた4人の人物。左からワシントン、ジェファーソン、Tルーズベルト、リンカーン。行く前はどうせちっぽけなものなんだろうと思っていたけど、実際に行ってみたらシアター等がある施設も充実していて驚いた。入るのに8ドル取られたけど。顔を眺めながら朝食。

後はひたすら南に下るだけ。運転はN。途中、あまりに何もない道<こちら> でついついスピードの感覚が鈍ってしまったのでしょう。また彼の好きな水泳の話題を振った僕にも責任があったのかもしれません。思わず夢中で話してしまったNは警察が真横通るのさえに気がつかず、鮫肌水着についてツバを飛ばしながら熱く語り、また車も飛ばしすぎました。気がつけばランプを光らせ警察が真後ろに。チケットは切られなかったけど車を止められて注意されました。この後彼はしばらくブツブツ言いながら運転してたけど、警告だけで良かった。

予想ではコロラドに入り、デンバー辺りで一泊かなと考えていた。野茂がノーヒットノーランを達成したクアーズフィールドはデンバーにあり、7時くらいにそのデンバーを通過。街を貫通するフリーウェイはとても混雑していた。Nは相変わらずブツブツ言いながら坂道発進を繰り替えす。結局デンバーの南100マイルほどにあるPuelboという街で泊まることに。この旅初めてのMotel。シャワーを浴びて夕食をハンバーガーで済ませて就寝。洗濯もした。

UFOが降りた場所

▼2000年 8月17日 (Thu) -- No.[110]

UFOが降りた場所,8月17日
"Yellowstone N.P."(WY) → "Devil's Tower N.M."(WY)

寒さで目が覚める。振り返って考えるとこの日の朝が一番寒かったようにも思う。起床後、すぐにテントをたたんで前日見られなかったOld Faithfullへ。ビジターセンターへ行ってみると、ここでも一時間ほど待たねばならないことがわかった。その間に併設しているグリルで朝食。

Old Faithfullはイエローストーンのシンボルともなっている有名な間欠泉。およそ65分おきに4万リットルもの熱湯を40~60メートルの高さに吹き上げる。"Faithfull"とは「忠実な」の意味。そこ言葉通り、間欠泉が発見されてから120年間全く同じ間隔、噴出時間を保っている。僕らは目の前のベンチに座ってその噴出を最初から最後まで見た。青い空と白い蒸気、そのコントラストは感激に値するものだった。

間欠泉を見た後次なる目的地"Devil's Tower National Monument"へ。イエローストーンに行った時には火事が発生していて南ゲートが閉鎖されていたが、東ゲートを出た僕らには関係ない。まっすぐな道<こちら>を通りながら途中エメラルドグリーンの湖<こちら>を通過(名前忘れた)。

デビルズタワー<こちら> には夕方ころ到着。映画「未知との遭遇」のラストシーンに登場したのがここ。映画をもう一度見たくなった。またデビルズタワーに挑むクライマーも少なくはないようで、ビジターセンターにはルートの説明をしているレンジャーもいた。ちなみに1893年に初登頂以来、いまだに1人の死者も出していないらしい。

ここ7週間雨が降らず、火を熾すのを禁止されているキャンプサイトは人手も少なくがらがら。ただし空が開けていて無数の星が見えた。ウイスキーを飲んでから寝袋に包まり就寝。

イエローストーンで温泉

▼2000年 8月16日 (Wed) -- No.[109]

イエローストーンで温泉,8月16日
"Yellowstone NP"

前日泊まったのは"Bridge Bay Campground"。シーズンのイエローストーンはどこに行ってもすぐキャンプサイトが満員になってしまう。もう一日ここで泊まる予定になっていた僕らは、この日の朝出発する前にキャンプサイトの予約を完了。これで前夜のように寝る場所を求めて彷徨う苦労はない。

一日中公園内を見てまわる。「8」の字型に整備された公園内の道路を時計と逆周りに車を走らす。88年の大火災で焼けた木々が目に痛い。当時、これも自然サイクルの一部だからとの判断で公園としては一切消火活動をしなかったらしい。それが本当の自然保護なのだろう。スケールがデカイ。野生のバイソンの群れ<こちら>を横目に眺めつつ、"Inspiration Point"で峡谷に流れ落ちる滝<こちら>を見た。次に丁度数字の「8」を書き始める辺りに相当する"Mammoth Hot Springs"へ。ここは温泉地帯。いたる所から湯気が立ち上り熱湯が湧き出ている。板が敷き詰められたトレイルをしばし歩き、自然が創り出した芸術作品を鑑賞。

トレイルを程よく歩いた僕らはその疲れを癒す為、実際に温泉につかりに行く。"Boiling River Trail"を10分ほど歩く。そこはマンモス・ホットスプリングスの近くを流れるガードナー川に熱湯が流れ込み、丁度良い湯加減になっているのだ。温泉好きの日本人にはたまらないこのスポット、源泉の温度はかなり熱く川の流れとのミックス具合を見計らう必要があった。日本にあるような整備された温泉ではないが、逆にそれが自然を満喫している気分になる。心地よくてどんな長時間でも入っていられる気がした<こちら>。

温泉を出たのが午後3時半。イエローストーンで有名な一定間隔で噴出す間欠泉"Old Faithfull"を見に行く。しかし僕らが行った時は、数ある間欠泉の中で一番派手なものの噴出が丁度終わった頃で、次までに1時間ほど待たねばならなかった。どうしようか迷ったが、夜になるとライトアップされると聞いていたので一度キャンプサイトに戻ってから出直す、という事に。

暗くなる直前にビールを買い"Grant Village Campground"へ。この日の食事は味噌ラーメン。満腹になりビールを飲んで良い気分になったら、闇の中運転して間欠泉まで戻るのがとても面倒になりキャンセル。次の朝に寄ってからイエローストーンを発つことに予定変更。派手に焚き火を燃やし、ウイスキーを口に含んでから就寝。この日はかなり動いた。

グレイシャーでグレイシャー見られず

▼2000年 8月15日 (Tue) -- No.[107]

グレイシャーでグレイシャー見られず,8月15日
"Glacier NP"(MT)→"Yellowstone NP"(WY)

朝7時頃寒さで目が覚める。1932年に世界で唯一の国際平和公園に指定されているグレーシャー国立公園は、カナダのウォータートンレイク国立公園と国境を挟んで接している。夏と言ってもそれだけ北にいる訳だから寒くても当たり前か。

午前中は公園内を52マイルに渡って横断している"Going to the Sun Road"を走る。雄大な景色が次々と現れては消えるこの道は車を走られていても飽きることは無かった。標高2025メートルのローガン・パスを抜け "St.Mary Lake"<こちら>に到着。公園内にある大小あわせて200以上ある湖の中でも特に美しいものの一つ。天気も良くて湖もとてもきれい。空気がおいしい。

この湖は公園の東ゲートのすぐそばにあり、午後12時くらいには次の目的地Yellowstone NPに向かう。グレーシャーで少し残念だったのは、合わせて1100キロにも及ぶトレイルを全く歩けなかったという事。名前の由来にもなった氷河を一つも見られなかった。日程的に厳しいのは事実だが、ここでもう少し時間を割いても良かったように思う。次のチャンスに期待しよう。

イエローストーンには春先に一度行ったことがあった。しかしその時はシーズンオフととう事もあり、道路が使えずにあまり探索できずに残念な思いをした。だから今回はそのリベンジのつもり。

僕とNは途中でウィスキーのミニボトルをそれぞれ買い、5時過ぎに到着。前回に来た時とはうって変わって大変な賑わいだった。前日と同様にまずはキャンプサイトを探しから。しかし園内には12ものキャンプグラウンドがあるにも関わらず、どこを行っても"FULL"の看板。しかも公園内はとても広い(四国とほぼ同じ大きさ)ので、その移動だけで時間がかかり、どんどん日が暮れていった。予約をしていかなかったことを悔やむ。サイトを5つくらい回り、9時前になってようやく空いたスペースを確保できた。先の見えない不安から開放された時はやはりうれしい。

疲れていたけどこの日はキャンプの定番カレー<こちら> を思わず作ってしまった。ご飯も美味しく炊け、自分達で作ったのとは思えないほど美味しかったと思う。12時頃就寝。キャンプサイトに落ち着いたのが遅かったので、見回してみると一番最後まで火を燃やしていたのも、起きているのも僕らが最後だった。心なしかちょっと疲れた。

改めて出発

▼2000年 8月14日 (Mon) -- No.[106]

改めて出発,8月14日
"Cheney"(WA) → "Glacier N.P."(MT)

午前7時前にCheneyを出発。どれだけ年齢を重ねても旅に出る瞬間の気持ちはウキウキして楽しい。期待と不安が入り混じった複雑な心境。モンタナのMissoulaまで一気にドライブし、そこで少し遅めの朝食。その後カナダ国境近くまで北上する。

車の合鍵を持ってくるのを忘れたので、グレーシャーに到着する途中で作ってもらう。お店のおばちゃんはキーを3つも無駄にした(全部鍵穴に合わない)。Nが寝袋を買うために他のお店にも寄った。僕はそこでサングラスを購入。ちょっと前にフレームが壊れて使えなくなってしまったので。

午後4時頃現地に到着。西ゲートから入ってすぐの場所にある"Apgar Campground"にキャンプサイトを決めた後、そばにある"McDonald Lake"で手漕ぎボートを借りた。一時間ほどオールを漕いでボートを湖面に浮かべる。水の色は濃紺、神秘的で吸い込まれそうな気がした。この日は空気が澄んでいて、350キロほど離れた遠くの山々までくっきり見えた。頂には雪が残っている。

ボートを降りてから必要な物を買いに出る。ついでにバーでビールを一本だけ飲んだ。ハーレーに乗った一見強面な人達が沢山いた。聞いた話では数日前までハーレー乗り達のフェスティバルが隣の州であったらしい。もしかしたら彼らはそれに参加していたのかもしれない。聞いた話では前年、その催しにアメリカ全土から35万人が集まったらしい。日本のバイクを乗っていると火を点けられるとも・・・。

良い気分でキャンプサイトに戻り食事の支度。明太子パスタと野菜炒め。旅に出て最初の夜は11時前に就寝。

プランニング

▼2000年 8月13日 (Sun) -- No.[105]

プランニング,8月13日
Moscow(ID) → Cheney(WA)

午後3時ころにMoscowを出発する。今回の旅はWA州Cheneyに住む友人Nと出かけるので、とりあえずNの家に向かうが留守。おっかしーなー??連絡がうまく取れていなかったようで2時間ほどNを待つはめになった。その間に買い忘れた品物を近所のスーパーで購入。

午後6時過ぎ、Nの帰宅後最終的なプランを立てる。僕の頭の中で行きたいコースは決まっていたけど、それ決めるにはNの同意が必要だった。それにNにも行きたい場所があるだろうし。しかし彼に行ってみたい場所を聞くが特に地名が出ず。僕は自分の考え通りに計画が立てられたわけで、それはそれで良いのだけど、それにしても一つくらい行きたい場所があってもいいんじゃないか?

結局僕が行きたい場所をすべてまわることになった。国立公園が中心。距離的にかなり離れた場所もあるので移動が大変そう。その後買い出しに。必要と思われる物を購入。次の日、予定では7時出発。日付が変わったあたりで就寝。今回はどんな旅行になるのか・・・。

前回の旅行から

▼2000年 8月13日 (Sun) -- No.[1]

前回の旅行から帰ってきてから旅行記として日記を更新し、それ以来アップデートしてなかったけど、今日再び旅に出発する。前よりも日数的には短いんじゃないかな。

今回はカナダ国境にあるグレイシャーNP、冬に一度行ったけど道が通れなくてあまり見られなかったイエローストーンNP、大統領の顔が壁に彫ってあるマウントラシュモア、それから「未知との遭遇」に出てきたような気がするデビルズタワー等に行ってみる予定。まだ完全には行き先が確定していないけど何とかなると思う。

帰ってきてからまとめて旅行記をつけます。あまり読んでる人いないと思うけどお楽しみに・・・。行ってきます。

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