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JSA

▼2000年 9月30日 (Sat) -- No.[140]

9月30日(土),前に日記で書きましたが、小山さんにJSA(Japanese Students Association)の役員をやらないかと言われていた件、結局僕はバイスプレジデントをやることになってしまった。要は副委員長。

今日はそのJSAのちょっとしたイベントの日で、このセメスターからUIに来た日本人学生の歓迎があった。午後1時からの昼食会といった所。僕と新プレジデントの伸也君は日本人リストを前もって入手し、週のはじめにみんなにメールを送ったり、場所を選定したりしていた。本来は公園でやる予定だったけど、大学のケミストリーデパートメントが先に予約をしてあり、僕らはしょうがなく場所を変えることに。結果的に今日は雨で肌寒かったので、変更先となった屋根のある場所で正解だったと思う。

ポトラックで僕は焼きソバを作って持参する。他の人も色々と持ってきてくれてどれも美味しかった。皆さんどうもごちそう様でした。歓迎会自体はただの顔合わせかな。新しく来た人にそれぞれが自己紹介したり世間話をした。今度キャンパス内で会ったら無視しては通れないでしょう。

実を言うと秋セメからの人が今日の歓迎会にどれくらい参加してくれたのか把握できていなかったりする。僕の手元にあるリストには日本人学生の名前が合計およそ30人。それに載ってない人もカウントすると40人いるかいないか。ただしバイスの僕だけど、その名簿を見てどの人が新しいのか、それとも前からいるのか、よくわかっていない。だから念のため彼らに電話しようとした時はかなり困った。

会はそつなく終了。でもこのセメスターはあまりオフィシャルなイベントはないので、これで会うのが最後になる人も多い気もする。今伸也君と話しているのが、JSAウェブサイト立ち上げ計画。早いうちに公開できるよう企画を練ってます。とりあえず伸也君がデザインしたHOMEはこちら。変更が加わる可能性大だし、URLはもちろん変わる予定。U of Iの歴史に名を刻むウェブサイトを作るぞ。

中華料理やさんのランク付け

▼2000年 9月29日 (Fri) -- No.[139]

9月29日(金),しばらく前にMoscowにあるハンバーガー屋さんの味比べをしたけど、今度はMoscowにある中華料理やさんのランク付けをしようと勝手に考えています。僕が住むこの街には知っている限りで中華料理屋さんが5店。これは何曜日か忘れたけど今週の話で、僕はその5軒の内の1軒に行ってきました。前の日曜日に行った最悪の店を入れてこれで3軒目です。

ダウンタウンにあるこのお店、結論から書くと悪くはないです。ただし良くもない。少なくとも日曜日に行った店に比べたら十分食べられました。というか前の店があまりに不味かったのでその分美味しく感じられたのかもしれません。

僕が行った3軒の中で順番をつけると、するとそこは真中です。ただし、雰囲気に限ると僕は一番好きになりました。何かリアルです。他のお店の雰囲気は強引にアメリカナイズされた中国といった感じでしたが、今回のお店は本当に中国っぽかったと思います。一応英語なんだけど何を言っているのかサッパリわからない中国人おばちゃんも、その絶妙な場をかもし出すスパイスとなりました。

それはまぁ良いとして今回も麻婆豆腐を食べられなかったな〜。前回は料理その物がめちゃまず、しかも肝心の麻婆豆腐を食べられなかった。それもあってこの店に期待していたけど結果食べられなくて残念。残す所モスコー中華はあと2軒。

気が付けば木曜日

▼2000年 9月28日 (Thu) -- No.[138]

9月28日(木),今週は何か早いな〜。気が付けば木曜日、明日は金曜で今週も終わり。テストと宿題に追われた一週間だった気がする。今日もテストが朝っぱらにあり、午後になってからPM3:00に期限が設定されていたテイクホームクイズを提出。その後明日デューの宿題を終わらせた。変に忙しくて最近運動してないな〜。毎日寝不足だしこれじゃ体に良くない。

でもスゴク体にイイことしてます。ずばり禁煙。タバコを吸わないと宣言して早くも一週間。途中久しぶりに袖を通した服のポケットにくしゃくしゃになったキャメルを数本発見、思わず火を点けてしまったというアクシデントはありましたがそれ以外は吸ってません。少なくともこの一週間、新しいタバコを買ってはいません。時々口寂しい時はありますが、それでも吸わなくても何とか平気です。ここ数日など、どうして自分はタバコを吸っていたんだろうとか考えてました。

そこで辿り着いた結論が「何となく」。本当に吸いたくて吸っていた訳ではなかったと思うのです。生物学的に、体内のニコチン欠如に誘発されて煙を肺に入れていたのではなく、僕にとってタバコというのは何か物事が完了し、次への行動に移る時のきっかけに過ぎなかったような気がします。瞬間的に頭を切り替える時に必要なものです。

例えば今朝。「あ〜テストやっと終わったよ、お疲れお疲れ。」→「ところで・・・」→「宿題終わらせて提出しよっかな。がんばろ。」の流れを考えてみると、僕にとって「タバコ」とは「ところで・・・」と同義だった訳ですね。ここで僕は一旦頭の中をからっぽにしてそれまでの事を整理し、次の行動への移るための準備をします。頭をからっぽにする作業ってカッコ悪いでしょ。何もしないで「ぼけぇええ〜〜〜〜」とした顔を人に見られるのは恥ずかしい。そこで僕はタバコを吸う。その姿はというのはある意味世を忍ぶ仮の姿、本当はその動作に見せかけて頭をリフレッシュしていただけなのです。周囲の人間に気付かれないように。つまりタバコを吸って煙を肺に入れまた吐き出すという「一連の作業」に本来意味はないのです。

要はタバコに変わるきっかけを新しく作ればよいだけのこと。そこで僕はミントを口に入れたり、コーヒーを飲んだりしてます。今回の禁煙は成功しそうな気がします。僕にとってタバコの意味を真剣に考え、自分なりにタバコの存在理由に結論が出たからでしょうか。まぁ適当にやります。

午後のSTATのクラス

▼2000年 9月26日 (Tue) -- No.[137]

9月26日(火),午後のSTATのクラス。12時半から授業で学生たちは当然その時間に教室に集合。しかし先生が来ない。15分経っても来ない。規定でクラスはキャンセルとなり解散。

先生がまた来なかった。「また」というのは先週の木曜日も同じ事をされたのです。教室に行っても肝心の先生が来なかった。そしてこの日、2回連続で同じ事をされ、さすがに他の学生も「信じられない」といった表情。

実はその先生がクラスの前に昼食を買ってるのを見た。だから僕は「あ〜食べからクラスに来るんだな。」と思ってたのです。でも結局のところ来なかった。さらにさらに、僕が教室から出て帰る時、ようやく先生が歩いてくるのとすれ違いました。その時すでに予定より20分遅れ。僕が「もうみんな帰っちゃいましたよ。」といったら先生は"Shoot"と一言、早足で教室に向かったのです。僕はどうせ何もやらないと思って追いませんでした。その後先生からメールが来て、クラスではテストのリビューをしたと書いてありましたが。

そのリビューの対象となったテスト、予定ではとっくに終わってるはずでした。でも度重なるキャンセル(今回で3回目)で延び延びになり、結局来週の火曜。結構いい加減な先生です。コースが終わった時の学生によるエバリュエーションで、彼は一体何を書かれるのか・・・。

???

▼2000年 9月25日 (Mon) -- No.[135]

9月 25日(月),基本的に僕はその日の内にこの日記は書かない。つまり日付けではこの日記は25日(月)だけど、実際に書いてるのは26日(火)。

その日のうちに何か書こうとすると、考えがまとまらずに、文章に取り留めがつかない。20日の日記がその良い例で、全く関連のない事を同じ日付で3つも書いてしまった。その日のうちにタイプしようとすると決ってこうなるのだ。

そういうわけで25日分の日記。ブルーマンデー、週の始まりはいつも憂鬱。しかも朝の8時半から行われたテストは最悪、午後になっても何かやる気が起こらなかった。次の日もテストがあり、クラスが終わってから夜中まで図書館で勉強した。ノートを整理し問題を解いたり。家に帰ってからも少しだけ。結局寝たのが 2時過ぎくらいだった。

僕が今回日付のことを書いたのはこのテスト勉強と少し関係がある。僕は26日、つまりこの日記を書いている今日テストがあると思ってたのに、実はそのテストは28日木曜日だった。本当は僕にはあと2日時間があったのだ。25日の時点ではその事実に気がついておらず、 26日の今だからこそ実は「28日だった」と書けるのだ。

読み返して自分でも意味が良く分からない文章だな。書かなきゃ良かったけど折角なので残そう。物事がうまくまとまらない時ってあるよね。

Moscowに何軒かある中華料理屋

▼2000年 9月24日 (Sun) -- No.[134]

9月24日(日),夕方Moscowに何軒かある中華料理屋へ。僕らはそこに一度も行ったことがなかったので期待していた。結果的にとても印象に残るレストランになった。

店内に入ると独特の匂いがする。僕は体に素早く緊張が走るのを覚えた。なぜか全体的にカビ臭いのだ。テーブル、シート、装飾品、ついでに店員まで匂う気がした。でも人間はアホなのでしばらくその中にいると、匂いに慣れてしまって忘れてしまう。気にならなくなり料理をオーダー。

この日は麻婆豆腐を食べたかったので、それらしい名前がついた料理を頼む。それからチャーハン、チキン、エビ等色々入ったコンビネーション。僕らが来た時店内には誰もいなかったけど、気がついたら4組ほど座っている。ある程度客が来ている、ということは味の方も期待できるぞ。お茶を飲んで待っていると、しばらくして変な両開きのドアがカパっとあいて、いよいよ料理が運ばれてきた。

今まで食べた中華料理で一番奇妙な味がした。どれも初めて食べる種類の味。唯一、目の前に並べられた料理を同じように表現できる言葉があるとすれば、すべての料理は冷蔵庫の味。

麻婆豆腐だと思って頼んだ"Tofu with Pork"は予想を完全に裏切り、全く違う料理だった。あんかけ野菜に豆腐が入ってる感じ。僕は軽いジャブを食らった気がしたが、料理自体は何とか食べられる。「流れは悪くない」「流れは悪くない」と頭の中で反芻し、自分を何とか納得させた。しかし続いて運ばれてきたコンビネーションに僕らは完全にKOされた。

それに含まれているチャーハンは僕の人生で一番不味いチャーハンとなった。どうすればあの味になるのか疑問にさえ思う。チキン自体は普通、でもそれにかかっているアーモンドソースが最悪だった。これには冷蔵庫テイストのエッセンスが含まれていた気がする。「冷蔵庫の素」みたいな。追い討ちをかけるようにエビフライ。こちらのソースは甘酸っぱい変な味だ。喉の奥から何か溢れ出てきそうな気さえしてくる。野菜炒めみたいなやつは何とか食えたけど、中に入っているかわいた麺みたいなヤツ(名前忘れた)はこれまたヤバかった。最後の最後に出てきたフォーチュンクッキーにはおみくじさえ入っていない。オチまでついちゃったよ。チップを奮発したくなった。無償におかしくなって、もう僕らは笑うしかなかった。

ここまで口に合わない中華料理屋に入ったのは初めてだと思う。どう考えても僕が作った方が美味いものが出せる気がした。大きなお世話だけどなんで商売を続けていられるのか疑問。でも客はそれなりにいたのがさらに不思議。彼らはすべてアメリカ人。ダメだよMoscow人、こんな味にだまされちゃ。ちなみに客の中にアジア系はいなかった。やっぱり彼らには本当の味がわかるのだ。

とてもよい勉強になった。ある意味もう一度行ってみたいお店かも。でもあの料理でお金を払いたくはないな。

秋晴れ

▼2000年 9月23日 (Sat) -- No.[132]

9月23日(土),快晴。秋晴れ。にもかかわらず僕は机に向かう。風が秋の匂いがする、どこかに行きたい。来週はテストが3つ、宿題提出も3つくらいあって忙しそう。それが終わった週末にはどこかに行こう。

昨日クラスが終わってから部屋の模様替えをした。ただ場所をとっていたカウチを友達宅に運び、広くなったスペースでベッドや棚を動かした。ついでに物を整理する。部屋をシェアするようになってからずっと同じ配置だったので、よい気分転換になった気がする。最近は遅くまで学校にいて、帰っても寝るだけという日本のサラリーマンみたいな生活をしてるけど、きれいな部屋にこしたことはないです。夜中にインターネットでオリンピックを観戦する。サッカーのアメリカ戦がやってた。アメリカにいるけどその試合の生中継はない、というかすべての競技で生中継はない。あまり盛り上がってるとは言えないと思う。日本負けちゃったな〜。今日の午後にテレビで録画中継があるけど見ないでしょう、でもビデオの録画を頼まれました。

長袖を着たらそのポケットにタバコが入っていた。どうしよう。

一昨日宣言した

▼2000年 9月22日 (Fri) -- No.[131]

9月22日(金),一昨日宣言した禁煙がちゃんと続いている。実を言うと今までに何回か禁煙しようと思ったけどその度にすぐ挫折し、続いてもせいぜい1週間くらいだった。すぐにタバコを吸いたくなったし、情けないことにこの時は自分でも絶対禁煙なんて出来ないだろうなって思いながら禁煙してた。

しかし今回。不思議とあまりタバコを吸いたいとは思わない。ルームメイトをはじめ、周りの人間にも「タバコ辞めたよ」と自分から言いふらしている。Bryceにはライターを隠された。「本当に」辞められる気がする。この調子でいくぞ。

勉強するのにあまりに飽きてしまったので

▼2000年 9月20日 (Wed) -- No.[130]

9月20日,勉強するのにあまりに飽きてしまったので何か書きます。

どうして僕が閉所恐怖症になってしまったのか(数日前の日記参照)?やはり子どもの頃の出来事に原因があるのでしょう。僕の実家には土壁で出来た蔵がありました。「あった」と過去形なのは一昨年家を新築したのに伴い取り壊され、今現在は存在していません。いつ蔵が建てられたのかわかりませんが、少なくとも父親が小さかった頃には既にそこにあったようです。ではその中に何が入っていたかというとガラクタ、それから畑等で使う農機具。その大半は前者で家の中に収納できなくなったものが全て蔵の中に放りこまれていた、と表現しても過言ではないでしょう。いつだったか中に入ったら戦時中の新聞が束になって措いてありました。

僕は小さい頃何か悪さをしでかすと、罰としてその蔵か押し入れに閉じ込められていたのです。実際にどんな悪さをしたのか覚えていません。が、とにかく僕は暗い場所に入れられていたわけです。両親に暴力を振るわれた記憶はありませんが、両親は閉じ込めるが好きだったようです。

今考えるとそれがトラウマになったのかもしれません。「何をしでかした」よりも「罰として入れられた空間」の方が記憶が鮮明なのです。小さかった僕はそれがよっぽどイヤだったんでしょう。もっともトラウマになる出来事とは自分が思い出せない部分にあるのかもしれませんけど。

今日は3回も日記をつけてしまった。

宣言

▼2000年 9月20日 (Wed) -- No.[129]

9月20日,宣言。

禁煙します!

今日中に終わらせる事

▼2000年 9月20日 (Wed) -- No.[128]

9月20日(水),今日中に終わらせる事。
1.GISの宿題
2.CSの宿題
3.Acctの宿題

今日やる事。
1.STATのテスト勉強
2.ECONのテスト勉強
3.ACCTのテスト勉強

何でこんなに宿題が多いの?全て提出は金曜日。何でこんなにテストが固まるの?でも時期的にしょうがないかな。

移動遊園地

▼2000年 9月19日 (Tue) -- No.[127]

9月19日(火),先週末の話。歩いて5分くらいの近所に移動遊園地がやって来た。どうも毎年この時期になると突然現れるそうで、僕は土曜の夜にちょこっとだけ行ってみた。

本来は何の場所なのか、近所に住みながらもよく知らない。多分普段は動物を飼育しているような場所で、それだけに飼料臭かった。とにかくそんな場所にアトラクションが組み立てられている。もちろんちゃんとした遊園地に比べれば他愛もない。でもよくよく考えたらアメリカに来てからこういう所に来るのは初めてだったので予想に反してウキウキしてしまった。

小さな檻みたいな、もしくはカゴみたいなのに乗ってクルクル回るヤツに乗ってみる。そこで僕はある意味とても怖い目に。クルクル事体もちょっと怖かったけど、でもそれは「怖くて」面白いので全く平気。それよりも僕が入っていたカゴみたいなのが怖くてたまらなかった。なぜなら僕は閉所恐怖症だから。乗り込むまで忘れていたのだ。

昔から閉所恐怖症なのです。狭くて身動きが取れない場所に身を置くとパニクるのです。冗談ではなく本当にヤバイのです。突然心臓がばくばくし、息切れがし、それが酷くなると頭がおかしくなって「本当に」死んでしまいそうになります。高所恐怖症、先端恐怖症などと同じです。

もとをたどると幼少時代に「閉所」に対してイヤな思い出があり、それがトラウマとなった結果、いまだ僕の恐怖心を刺激するのでしょう。本人が忘れた頃に。一年ほど前にトラックの荷台の中に入った時も死にそうな気分になりました。トラックが走り出した瞬間に気が狂い、ロックがかかって開くはずもないドアを開けようとしたりしたのです。

変な方向に話が進んでしまった。これに関してはまた書こう。

何はともあれ先週末に移動遊園地が近所に来て、僕はそこでアトラクションに1つだけ乗った。ルームメイトは"Stupid Fair"だと言っていたけど、普段と違うことができて僕は純粋に楽しめた。ついでに恐怖も感じたが。

9月18日(月)

▼2000年 9月18日 (Mon) -- No.[126]

9月18日(月),前に日記にも書いたけど日本で取得した単位の問題がいまだに解決していない。日本からクラスの概要をFAXしてもらいそれを英訳し、担当者に見せたけどそれでは説明が不十分だったみたい。これは結構大きな問題です。今認めてもらわないと卒業が確実に延びてしまうのです。

もうこうなったら徹底的にやるしかない。大学時代の友人に連絡をとり、集められる資料を全部送ってもらおうと思ってます。今の大学で提供されているクラスと同じ内容なのはかなりの確信があります。必要なのはそれを証明するもの。できれば当時のノートが残っていれば完璧なのでしょうが、もう5年以上前なのでさすがにないでしょう。

自分でいやなのが担当者に「君は何を学んだの?」と聞かれた時、頭に何も浮かばなかった事実。もう完全に忘れているのだ。かといってこちらで取り直すのは時間の無駄。つまり僕の希望に添うよう、そのクラスを認めてもらうために最善の方法を考えなければいけません。う〜ん・・・こりゃ困った。

SAW

▼2000年 9月17日 (Sun) -- No.[125]

9月17日(日),今まで見た一番カッコ悪いタトゥー。

「チェーンソー」

突然思い出した。

今日のぽえむ

▼2000年 9月15日 (Fri) -- No.[136]

Here I sit broken hearted,
Tried to shit,
But only farted!

夏にYellowstoneに旅行した時、トイレにあった落書き。この気持ち何となくわかる気がした。

9月14日

▼2000年 9月14日 (Thu) -- No.[124]

9月14日,翌日の宿題提出、テストに備える。午後のクラスが終わったあとコンピューターラボへ。GISのソフトを操作するのはちまちまとした作業で肩がこった。5時過ぎに終了、軽く食事をとってから図書館でAcctの宿題。らちが明かないのでラボへ。7時過ぎに宿題終わり。ようやくテスト勉強にうつる。

ノートをまとめワープロで読みやすいように打ち直す。ウェブ上にある過去のテストを解いて、この答えもワープロで文章に直す。この作業が10時までかかった。理解と記憶にはいる。このクラスは暗記しなければどうしようもならいない言葉が多くて疲れる。Metaphysics(形而上学)、Epistemology(認識論)など。哲学なのでそもそも内容を理解するのに時間がかかる。サルトルを読む。

もしかしたら明日提出の宿題がもう一つあるかもしれない。でもそんなことになったらやるのが恐いので確認していない。どうなることやら・・・。今図書館で日付がもうすぐ変わる、そろそろ家に帰ろう。

9月13日

▼2000年 9月13日 (Wed) -- No.[123]

9月13日,クラスが終わった後コンピューターラボで宿題。来週だと思っていたGISのクラスの宿題が、実は金曜日の提出だったのに気がつき取り掛かる。それに加えてAcctの宿題も同じ日だった。金曜はEthicsのテストだけだと思ってたのに突然やることが増えて驚いた。

思った通りに宿題が終わらない。夕方になりデパートメント主催のBBQに行く。バーガーを2つ食べた。その後ラボに戻って少しやる。でも終わりそうにない。6時からジムでエクササイズ、壁に向かう。この日はハーネスも借りて上まで上った。腕の内側がぱんぱんにはれた。相変わらずサウナは故障中。Tさんに会う。彼はトンファ(武器の一種)を使って体を動かしていた。

8時半頃再びラボに入る。クラスのアシスタントがいなくてGISを教えてもらえず、結局すぐに図書館に移りAcctの宿題。両方とも半分しか終わらなかった。帰宅12時過ぎ、ラーメンを作って机に向かったけど全く捗らなかった。4時まで起きてたのに・・・。

役員???

▼2000年 9月11日 (Mon) -- No.[122]

役員???,9月11日

今図書館の4階です。ここで小山さんに会い、JSAの役員をやってくれないかと頼まれました。しばらく前にメールで「どうですか?」みたいなのが来て、そういう話があるのは知ってましたがはっきりと返事はしてなかったのです。

でも今さっき顔を会わせた時いきなり一枚の紙を渡され「ここにS君と渡辺さんの名前を書いて提出しといて!」と僕が何か言う前に強引に進められてしまいました。僕に喋るすきを与えずに、プレジデントでもバイスでも良いからやってくれと・・・。小山さんはその役職を一年ほどやっていて最近は特に忙しくなったので他の人にバトンタッチしたいそうです。

僕を含めた日本人学生は彼がとても頑張って活動しているのを良く見ています。そんな彼の後を引継ぎ僕ができるのか良く分かりません。人当たりの悪い僕なんかで勤まるんでしょうか。どうして良いのかわからないので日記に書きました。以上。

ウォレスで食う

▼2000年 9月 7日 (Thu) -- No.[121]

ウォレスで食う,9月7日

午後のクラスがキャンセルになり今日は9時半からの授業で終わり。昼食を久しぶりに寮に付属しているカフェテリアで食べた。みんな不味い不味いって言うけど、僕はその味結構好きです。何時の間にか内装が変わっていてビックリ。クラスはなくても明日提出の宿題が3つもたまっていたので、午後は基本的にコンピュータラボや図書館で過ごす。モンゴル人のラボアシスタントに宿題を教えてもらった。

昨日日本の友達に頼んでいたFAXが無事届いた。学校のFAXを使って受信しました。後はそれを英訳して担当者に見せに行くだけ。もっとも彼に原文の日本語が読めるはずがないので、うまい事翻訳しちゃおっと。

午後7時からキャンパス内で野外ライブ。ちょっと寒かった中、元気に半袖で彼らの演奏に耳を傾ける。悪くはなかったと思う。もし彼らがめちゃくちゃ売れたらどうしよう。それが終わって8時半にプールに。最近はテーマを決めて泳いでいる。9時半から再び図書館に。12時前までやって何とか宿題を終わらせる。勉強を自宅に持って帰らないで済むのは気分的に楽です。

明日で一週間が終わり。がんばるぞ。

学校で2回もシャワーを浴びる

▼2000年 9月 6日 (Wed) -- No.[120]

学校で2回もシャワーを浴びる,9月6日

月水金のクラスは基本的に8時半から10時半まで。それから1時半から3時半。その午前と午後の空き時間を利用してプールに。昼間は空いていて泳ぎやすい、でも時間が限られているのでちょっと忙しいかな。

午後のクラスを終えちょこっとだけウロウロしてから図書館に行く。6時から8時まで宿題。8時から久しぶりにロッククライミングをする。夏休みとは違ってやっぱり人が多かった。9時過ぎに再び図書館へ。ところで今日は学校で二回もシャワーを浴びた。サウナが何時の間にか壊れて使えなくなっていたのは残念。そういえば前入った時に焦げ臭い匂いがした気もする。

11時に帰宅。帰ったとたんルームメイトが「今ちょうど日本から電話があり、ASAPでかけなおせ」との事。日本の大学時代に取得した単位の問題が解決されそう。あとは頼んでいた友人にFAXしてもらうだけ。よかったよかった。

食べ比べ

▼2000年 9月 4日 (Mon) -- No.[119]

食べ比べ,9月4日

ハンバーガー食べ比べをする。最初は大食い大会だったけど何時の間にか趣旨が変わっていた。ここMoscowでメジャーな5店舗のハンバーガーをそれぞれ2つ用意。つまり合計10個。全部並べてその壮観に思わず写真をとった。一体どれが美味しいのか、普段はもちろん別々に食べているので実際の所どこのが本当に僕の口に合うのか知りたかったのだ。

用意したのは、Wendy's、Jack in the Box、Macdonald's、Zip's、A&Wの5つのお店のハンバーガー。ベーシックなハンバーガーを買い揃える。そこで出した結論は以下の通り。

1. Wendy's
2. A&W
3. Jack in the Box
4. Zip's
5. Macdonald's

ウェンディズは値段が一番高くそれだけで美味しい気がしたが、実際に味の方も群を抜いていた。ラッピングもここだけ銀色に輝いている。見直した。A& Wはパテが素晴らしく、食べていて非常に満足感に浸れた。肉質はここが一番だったように思う。Jackは中にある野菜に新鮮味が感じられた。値段も比較的安くコストパフォーマンスはNo.1。Zip'sは他の人が言うほど美味しくは感じられないが、常に出来たてが食べられるのがポイント。最後にマクドナルドは一番シンプルなハンバーガー。食べていて懐かしい味。

揃えた品の基準がちょっとバラバラだった気もする。例えばマクドナルドは「ハンバーガー」だったけどジャック・イン・ザ・ボックスは「ジャンボ・ジャック」だったり・・・。まあいいや。今度はチキンサンドイッチ編をしよっと。以上独断と偏見によるハンバーガー評でした。

Coyote Ugly

▼2000年 9月 3日 (Sun) -- No.[118]

Coyote Ugly,9月3日

午後から映画"Coyote Ugly"を見に行く。昼間だったのでチケットが$4.50で購入でき得した気分。NJの女の子がソングライターになる夢と共にNYに出る話。先に内容は良く知らなかったけど楽しめた。多分家でビデオを借りて見ていたら面白くなかった類の映画だとも思う。やっぱり映画は劇場で見たほうが良いな。大画面とちゃんとした音響で。

Japanese Student Associationのプレジデント

2000年 9月 2日 (Sat) -- No.[1]

Japanese Student Associationのプレジデント、小山さんの結婚式に参加してきた。小山さんは僕がここに来た当初お世話になったり、また以前一緒にラフティングに行ったりした人です。

お相手はドイツから来たバーバーラ、彼女とも一緒にラフティングに行きました。さて、当日は残念ながら雨。きっとどちらかが雨男か雨女でしょう。ここ2ヶ月くらいで一番悪い天気でした・・・。とくに午後2時からUIゴルフコースの真横にある庭園で行われたセレモニーの時は雨が結構降ってました。ポトラックの食事を用意してたらその時間に間に合わず、僕はその後に行われた室内でのパーティに出席。パーティではウエディングケーキにナイフを入れたり、いきなり小山さんとバーバーラが踊りだしたり、中々面白かったです。僕ら参加者はポラロイドで撮った小さな写真の脇にメッセージを記帳してきました。関係ないかもしれませんが、こないだ一緒に旅行に行ったもとはケーキを焼いて持ってきてました。ウエディングケーキより美味しかったと思う。

きっと小山さんの人柄なんでしょう、参加者もとても多く賑やかでした。パーティが終わった午後4時過ぎにはそれまでの雨の嘘のように晴れだし、やっぱりどちらかが雨人間だったような気がします。何はともあれお二人ともお幸せに。

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