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明日はテストが

▼2000年11月30日 (Thu) -- No.[187]

11月30日(木),明日はテストが1つあり、宿題を3つ提出。その宿題のうち、Acctと Geogはほぼ終了。CSをやっているが、簡単そうに見えたそいつはやっぱり難しく、ちっとも進んでいない。Ethicsのテストはまだ全然手を付けていない。テストは9時半からでCSは午後2時半からだから、宿題はその空き時間にやれば良いかなって思いはじめている。もちろん今晩中に終わるのに超した事はない。

連休明けと言うこともあって、今週は全部のクラスで宿題やらテストやらクイズやら。人によって全然違うが、僕の場合こんなにやる事がたまるのは、セメスターに一度あるかないかなのでは。今週で一番大変そうな金曜を翌日に控えた今、不思議とその割に僕は慌ててはいない。普段よりも落ち着いているとさえ思う。理由は良く分からないけど、旅行で頭をリフレッシュできたからかな。そのお陰でやる事が溜まったのも事実だけどね。

今週になって新らしくコンピューターラボがオープンした。キャンパス内で一番PCの台数が多いのではないか。そう言えばMACが一台も無いな。まだ開いたのを知ってる人が少ないのかもしれず、大きな割にはガラ空きでちょっと寂しいくらい。

今はそのラボ。夕方の5時半くらい。6時半からちょっとしたミーティングがあるのでそれに出席する予定。その後ラボに戻り宿題を終わらせるか、またはテスト勉強に入る。今週はもう明日一日だけだから徹夜でも構わないかな。

今週の予定

▼2000年11月27日 (Mon) -- No.[186]

11月27日(月),今週の予定:

27日(月):Acctテスト提出、Excel Project提出
29日(水):Geogクイズ、
1日 (金):Ethicsテスト、Acct宿題、Geog宿題、CS宿題

休み明けの今週はきつそう。特に金曜日が。

気が付いたら11月も終わろうとしている。先月末も同じような事を書いたようにも思うが。今年はまだGNRの"November Rain"を一度も聞いていない。それはMoscowの場合、11月には雨ではなく雪になってしまうからだろうな。

土曜から続いた休みが

▼2000年11月26日 (Sun) -- No.[185]

11月26日(日),先週の土曜から続いた休みが今日で終わり。実に9日間の連休。8月の終わりにセメスターが始まってから実質的には初めての休みで、ずっと早く来ないかと楽しみにしていた。それまではずっと週休2日の生活。

連休をどう使うかに関しては、当初からカナダに行こうと計画していた。結果的に旅行は実現したが、一番最初の予定では金曜のクラスが終わってからもしくは土曜には出てカナダを満喫、次の水曜日くらいに帰ってきてThanksgiving当日を含む残りの休みはゆっくりするつもりだった。スケジュールとしてはそれがベストだったと思う。しかし実際には僕のパスポートの問題があってシアトルを経由する事に。予約の関係で出発も遅れ、戻ってきたのは金曜の深夜。残る休みはいつもと同じ土日。

今は日曜の夜。昨日一日と今日もあっと言う間に過ぎてしまった。今連休が終わろうとしている今、僕はとても憂鬱な気持ちなのです。明日からついにクラスが再開し、ファイナルへ向けて一直線。ペーパーも何本か書かなければいけない。

今日は午後から図書館で明日提出のテイクホームイグザムをやる。5時間以上かけて何とか終了。本当は明日提出の宿題が他にもあるけどもうやる気がない。明日の空き時間に何とか終わらせよう。多分夕方までに持っていけば良いと思う。残すところセメスターもあと少し。何も考えずにやるしかない。

カルガリー

▼2000年11月24日 (Fri) -- No.[184]

11月24日(金),ガイドブックを眺めていて気がついた。カルガリーは基本的に観光地ではない、ということ。見所としては郊外にあるオリンピック記念公園と何かのテーマパークくらい。オリンピック公園には前日に寄ったし、テーマパークはさほど興味を引かれなかったので、どこを見て回れば良いのか迷ってしまった。

とりあえずチャイナタウンへ。バンクーバーのそれと比べると規模的に小さかったけど面白かった。今回は中国語で話し掛けられなかった。中華料理店で飲茶をする。お昼時ですごく賑わっていた。海老がプリプリしてとても美味しい。

この後はアイダホに帰るだけ。もうカルガリーは他に見る所もなさそうで、このまま帰路に付くのは何だかもったいない。そこで相談した結果帰りの道を変更、前日の道をバンフ方面に戻り見られなかったレイク・ルイーズを経由。そしてアメリカに戻ることに。再びロッキーをドライブし、2時間ほどで到着。

レイクルイーズは全面凍結していた。それを利用してスケートで遊んでる人達が沢山。アイスホッケーのパックを叩く音が山の中でこだましていた。夏場だったらエメラルドグリーンの湖面が見られたけど、これはこれでよかった。それから近くのお土産やさんに寄って一路Moscowへ。

2時間ほど南下したら別の温泉に出くわす。立ち寄るつもりはなかったけど、湯気を見ていたら入りたくなり予定外のストップ。そこは"Radium Hot Springs"、バンフと同じような温泉だったが、こちらには本物の温水プールも付属していて施設が大きかった。ジャグジーもあり温泉も広い。湯加減はややぬる目で長時間入るのに丁度良いかもしれない。もっと居たかったがアメリカに戻らねばならず、1時間ほどお湯に浸かってから出た。旅の疲れを癒しここから最後のドライブ。

途中税関で思わぬ時間をかけたが、結局は何事もなく通過。アメリカに入ってから、この旅で一番天候が悪かったけどK が全部運転した。慣れないマニュアルお疲れ様。だいぶ上手くなったよ。Moscow到着午前2時半。Thanksgivingブレイクを利用したカナダ行き無事終了。

バンフ2日目

▼2000年11月23日 (Thu) -- No.[183]

11月23日(木),バンフ2日目。この日も快晴。午前中にゴンドラでサルファーマウンテンの山頂まで。約5分くらいで上まで到着。僕らはゴンドラで行ったけど、山にはトレイルがあって一時間半くらいかければ歩いても行けるらしい。ちなみに歩いて登った場合、帰りはゴンドラに無料で乗れるそうです。

ゴンドラを降りるとバンフの街、近くの湖からロッキー山脈まで一望できた。前の晩入ってみたHot Springs Hotelもとても小さく見える。さらに頂きまで歩ける整備されたデッキ状のトレイルがあったので、風が冷たかったが歩いてみた。たいした距離ではなく、スタート地点で既にゴールが見えるくらい。頂上に立つと絶景。素晴らしい景色を目にすると、風景をそのまま切り取って保管しておきたい気分になる。しばらく眺めてから再びゴンドラでふもとまで。

ダウンタウンにあるお土産やさんとかを見てまわる。街はそんなに大きくはないので、徒歩でも簡単に一周できる。午後になってショッピングモールの中にあったフードコートで昼食。

午後2時過ぎ、最後の目的地カルガリーへ。道も今までのように曲がりくねってはいなく、快適なドライブとなる。途中の風景もきれいだった。オリンピック記念公園に立ち寄ってから2時間もしないで到着。カルガリーは大きいような小さいような街だった。インフォメーションを探すが場所を移動したらしく結局見つからなかった。そんなことをしていたら辺りは真っ暗。ちょっと郊外で宿を探しチェックイン。

この晩は韓国料理を食べた。お店のおばちゃんが上手く表現はできないけど面白い人だった。味も抜群に美味しかったと思う。韓国の人も沢山きていた。その国の人が多い外国料理店は決してハズレがない。レストランを出た後ちょこっとバーによってから帰る。カナダでは日本のようにアルコールの販売が免許制で、ビールを買おうと入ったグローサリーストアには置いていなかった。ガイドブックを眺めて翌日の予定を考えながら就寝。

気が付いたら

▼2000年11月22日 (Wed) -- No.[182]

11月22日(水),気が付いたら朝の8時くらい。車の暖房が付けっぱなしで喉が変な感じになったが、それもすぐに収まった。外は雲一つない快晴。前の晩は真っ暗で全く気が付かなかったけど、すぐ目の前に雪で飾られた山々がそびえ立っていた。素晴らしい景色。外に出て歩いてみる。空気はさすがに冷たいが澄み切っている。僕らが車を止めた駐車場の側からは、サルファーマウンテンの山頂へと伸びるゴンドラが運行している。

まずはこの日の宿を確保。バンフは観光地で宿泊施設も多い。夏場はシーズンでどこも満室、また12月に入ってスキー場がオープンした後も忙しくなる。が、今はちょうどその間の閑散期。最悪満室で泊まれない、ということはまずない。何軒か見てまわった後、街外れにリーズナブルなモーテルを確保。「外れ」と言っても中心地までは車で5分かからない場所。

モーテル内にあったパンフレットを眺めてから街に出る。簡単に食事を摂ったときに時間が1時間ずれてるのに気づいた。そう言えばバンフはマウンテン・タイムゾーンなのだ。1時間損した気分。しばらく街を歩き、いかにも観光地という雰囲気を楽しむ。大橋巨泉のOKショップもあった。日本からもお客さんが多いらしい。カナダはワーキングホリデーで来れることもあり、店員さんから日本語で話し掛けられることもあった。

その後「温泉資料館」みたいな場所に行く。が、何もなさそうなので直ぐに引き返し、次に本当の温泉に浸かりに。遠くからでも湯気がモクモクと上がっているのが見えた。すぐに水着に着替えて入ってみる。外気がどれくらいだったのか分からなかったけどお湯の温度は39度。普段シャワーしか浴びないので、体全体が暖まって非常に心地よい。目の前には奇麗な山。イエローストーンやアイダホで入った天然の温泉とは違い、ここの温泉は商業化されロッカーやシャワー、レストランなども併設されている。日本の温泉と温水プールの中間と言った感じだ。

ゆったりと3時間ほどお湯に浸かる。日本から旅行で来た人や、近くのスキー場で働いているという人とも話した。お湯に漬ってのぼせそうになると縁に座り、冷たい外気に当たる。寒くなったら再びお湯の中へ。それの繰り返しで時間を過ごした。夕方6時を回り暗くなった後温泉を出るが、体にはポカポカが残っていた。

次にバンフのシンボルともなっているHot Springs Hotelに行ってみる。国立公園内に例外的に建設されているこのホテルは、その規制のせいで恐ろしく複雑な作りをしていた。中に入ってみてその思いをさらに強くする。館内図が必要だと思った。内装は豪華絢爛、クリスマスを控え飾りも始まっていてすごく奇麗だった。こんな所に一度でいいから泊まってみたいな。日本から新婚旅行で来る人とか多そう。

温泉に入ってお腹が空いた僕らはこの晩、何と日本料理店でしゃぶしゃぶを食べた。美味しいアルバータ牛が食べ放題。食べ過ぎて死ぬかと思った。長い一日だったのかな。早めに就寝。

日付が22日に

▼2000年11月22日 (Wed) -- No.[181]

11月22日(水),日付が22日に変わってもバンフへ向けてひたすら運転した。そこで感じたカナダの道について。

一概には言えないかもしれないが、カナダの道路は運転しにくいような気がする。最初にそう感じたのは標識について。数も少なくまた表示事体が見にくい。アメリカでは一定距離行けば、必ず残りあと何マイルとか、どこどこへ行くにはこの道、など詳しく出ている。しかしカナダにはそれが無く目的地までの距離感が掴みにくい。突然街になって驚いたこともあった。

アメリカではハイウェイのランク付けとして、州をまたぎ必ず二車線以上の Interstate、州を超えるが一車線が多いUS Highway、州が管理するState Highwayに別れている。今回カナダを運転してみて、アメリカのInterstateに相当する道が無いように思った。バンフへ途中有料道路を走ったけどそこはお金を払うだけあって整備されていた。しかしそれ以外、主に利用したTrans-Canada Highwayの状態は良くはなかったと思う。道幅も狭く、夜になると光る反射板もない。日中に、または山岳地帯以外を運転していたのならその印象は変わったかもしれないけど、これが僕が感じたカナダのハイウェイ。

話を元に戻すと、前日の夕方からずっと運転。予定では翌日の早朝の到着で順調に車を飛ばす。外は寒く、旅の中で唯一車の内側から凍った。

一方が運転の時もう一方は仮眠。運転を変わってからはその逆。そして予定では午前6時か7時過ぎに到着。少し車内で休んでから観光。しかし実際には予想を大幅に上回って2時半に現地へ。スピードを出し過ぎたのではない。計算を間違えた。遅れるよりは良いけど、逆に早く着きすぎて今度は寝る場所を探すことになった。とりあえず着いたばかりの街と、少し離れた観光地を回り1時間程経過。大きな街ではないのですぐに全体の感じはつかめた。

午前4時前。そこで相談。この時間に宿を探しチェックインするのは何か損した気分がしないか?エンジンを切らなければ車内は暖か。予定通りこのまま休み、明日になってから宿を探すのが得策では?二人で考えた後、結論もそうなった。夜明けまで数時間休憩。意外に良く寝た。

22日編つづく・・・。

早朝4時過ぎ

▼2000年11月21日 (Tue) -- No.[180]

11月21日(火),早朝4時過ぎ。一緒に旅行に出たKが腹痛で目を覚ます。ハプニング発生、何と前夜に食べた生カキが大当たり!Kはカキで前科があり食べる時にも心配していたが、それでもテーブルに運ばれてきた4つのなかの1つを口に。魚介類がおいしいバンクーバーだけどそれが大変な事態を引き起こしてしまった。

症状は吐き気を伴う腹痛。フロントに薬が置いてないか聞きに行ったけどバンドエイドしかない。しょうがないのでKが持参した胃薬を飲むが、飲んだとたんに戻してしまう。急遽日本に電話して指示を仰ぐが、薬で何とかなるものではなく、病院に行かなければ直らないとの事。二人で話し合い、日が明けるまで様子を見てそれでも駄目だったら病院に行く事に。

結果的にこの選択は間違っていなかった。その後Kはベッドで横になり、そのまま安静にしてたら眠りに付いた。起きた時点で無事回復。以前当ったときもしばらくしてたら直ったそうだけど、一時はどうなる事かと思った。下手したら直中毒って人殺しちゃうからね。

チェックアウトぎりぎりまで部屋で休んだ僕らは、その後チャイナタウンへ。バンクーバーのチャイナタウンは北米でサンフランシスコに次ぐ規模を誇っている。活気があって楽しかった。僕はどこかのおばあちゃんに中国語で話し掛けられた。それから港のあたりを散策。飛行機が海に着水するのを生まれて初めて見た。海が目の前にするとぼけーと眺めてしまう。内陸で育った僕は海に関して漠然とした憧れがあるのだ。外の空気は想像していたよりも寒くなく、空も快晴で心地がよい。潮の香りがする。

お腹が空いた僕らは前夜にチェックしておいた日本食屋さんに入る。ここでは刺し身、寿司をはじめ、ご飯、味噌汁等、全ての料理が食べ放題。チキンやきそばが美味しかった。当たり前だけどKはカキには手を出さず。腹ごなしを兼ねて街を歩く。バンクーバーは絶対にシアトルよりも観光客が多いような気がする。旅行でカナダに西側から入る場合この街が玄関口になるからだろう。

午後4時前次の目的地バンフに向けて出発。事前にインターネットで調べた時にはバンフまで17時間と出た。手元にあったガイドでは14時間とあるが、どっちにしろこの時間に出れば翌日早朝に到着するのには変わりないはず。ロングドライブを覚悟しながら街を出た。

5時を過ぎたら辺りは真っ暗。後はひたすら暗闇を運転。

とんでもないこと

▼2000年11月20日 (Mon) -- No.[179]

11月20日(月),前の晩寝る前にとんでもないことに気がついた。パスポートの申請に必要なものは写真2枚、以前のパスポート、それから戸籍謄本。その戸籍謄本を何と家に忘れてきた!あらかじめFAXしていた時点ですっかり用件が足りたと勘違いしていたのです。もしそのせいでパスポート更新が出来なかった場合、当然カナダには入れない。結果的に予定が大幅に変わってしまう・・・。これは困った。

それでも何とかならないか。9時半に総領事館に行き、事情を説明するため8時頃起床。8時半にはモーテルを出る。朝の空気を楽しみ、寄り道をしながら領事館が入っているコンベンションセンターまで歩く。少し早めについてしまい、入り口付近にあるコーヒーショップで飲み物を買い時間を潰す。

アポイントの時間になり受付窓口へ。早速謄本を忘れたことを正直に話したら、しょうがないので後で実物を郵送することで許してくれた。どうもありがとうございます。でも僕みたいに忘れてくる人は少なくないと思う。受け付けの人も慣れた感じで対応してくれた。良かった良かった。そういう訳で「午後1時に取りに来てください」との事。それまではダウンタウンを見て回る。

Moscowのような田舎に住んでいるとやっぱりSeattleは都会だと思う。割と近くにある「それなりに」大きな街と比べてもその雰囲気は全然ちがう。外を歩いてる人の身なりもしっかりしてるし、走ってる車もピカピカしていた。

モーテルのチェックアウトがまだ済んでいなかったので11時前にモーテルに戻る。フロントで日本のお客さんがなにやらもめていた。チェックアウト後Pike Place Marketでブランチ。映画"Sleepless in Seattle"でトム・ハンクスが食事をしていたレストランで食べる。クラムチャウダーとシーフードサンドイッチ。両方とも美味しかった。

午後1時になりパスポートをピックアップ。有効期限が10年のものを頼んだので今度は装丁が赤くなった。もうちょっとマシな写真を持っていけば良かったと思う。金曜日に取った写真はひどい顔をしてた。この写真で10年続くのかと思うとちょっとイヤだな。日系のスーパーマーケットに寄った後いよいよカナダへ入る。入国審査、税関も問題なく通過。

午後5時くらいにバンクーバーに到着。前に一度来た時に泊まったモーテルの近くで宿を探した。この時期は基本的にオフシーズンなのでどこも空いている。モーテルのフロントでごねていたら安くしてくれた。一休みしたあと夕食を取りに。

魚介類が新鮮で、安く、美味しく食べられるバンクーバー。まずは回転寿司。その後居酒屋へ。僕は基本的に何でも食べるけど、もしも苦手なものがあるとしたらそれは魚介類。だけど本当に美味しかった。ひょっとしたら日本で食べるより美味しいのでは。その後街をブラブラし、夜景が見られる高いビルに上ってから宿に戻る。次の朝ハプニングがある事も知らずに・・・。

旅行に出発

▼2000年11月19日 (Sun) -- No.[178]

11月19日(日),休暇を利用した旅行に出発。基本的にシアトルではパスポートの処理が出来れば良い。それでもせっかくなので色々と見て回ろうと朝の8時くらいに出発。予定では無謀にも6時出発だったけどまぁそんなものでしょう。

普段シアトルに行く場合とは違う道を経由する。その理由はヨーロッパ風の町並みが再現されているLeavenworthに寄るため。こちらは参考までに。前にワシントンに居た時行ってみる機会が何回かあったけど、結局のところ訪れる事が出来ずに。自分自身どうしても行きたいという場所ではなかったけど、何故か悔しかったので今回ちょっと立ち寄ってみた。

大きな街ではなく小奇麗にまとまっている。歩いて回るのに丁度良いくらいで家族連れ、カップルにも良いかもしれない。1時間くらいウロウロした。普段見かけるマクドナルドとかスターバックスもロゴの色調が違って面白かった。入らなかったけど店内も違うのだろう。町並みに合わせているんだと思う。規制もあるのかもしれない。

その後峠を超えてシアトルまで。積雪を心配していたけど全然平気だった。この日のために友人はマニュアル運転を特訓、その甲斐あって僕は助手席でゆっくりできた。街中に入りシフトチェンジが必要になるとどうしても運転は怪しかったが。夕方4時くらいに到着し、すぐにその日の宿を確保。領事館まで歩いて行けるダウンタウンで値頃も悪くない。フロントに置いてある煮詰まったコーヒーで一休みしてから散策に出た。

まずは御当地シアトル出身、Jimi Hendrixの銅像もあるBroadway周辺。この時期は日没が早く、何時の間にか暗くなりちょっと雰囲気がヤバイ部分もあった。ここはゲイも多いらしい。それから近くにはBruce Leeのお墓もあるはず。今度行ったら真剣に探してみよう。続いてごく最近新しくなった紀伊国屋書店へ。欲しい本を見つけ、買おうとしたらすごく高いので諦める。その後歩いて行ける日本の定食やさんに。先週日本のテレビクルーにインタビューされたのもこの辺り。僕はハンバーグとチキンカツを食べた。美味しかった。やっぱり口に合うなぁ。イチローも来年あたり出没するかも。

お腹が膨れてモーテルに一旦戻り、しばらくガイドブックをチェックしてから夜の街へ繰り出す。もう完全に夜となり、較的安全と言われるこの街もちょっと恐い。パイクプレイスマーケットの近くにあるバーで一杯だけ飲んだ。暇そうなバーテンダーは仕事が終わったらしい同僚とロックバンドについて激論を交わしていた。会話でFxxKを多用。僕もNirvanaは評価されるだけのことはあると思うよ。

宿に戻り就寝。長い一日で何気に疲れた。

計画を練る

▼2000年11月18日 (Sat) -- No.[177]

11月18日(土),旅行の計画を練る。当初の予定ではMoscowから一気に北上しカナダに入り、カルガリー、バンフ、ジャスパー等を回る予定だったけど、僕のパスポートの更新が間に合わなかったため領事館のあるシアトルを経由してカナダ入りすることに。

先週の始め日本から来ている友達に会うためにSeattleまで行ってきた。その際パスポートの手続きを踏むつもりだったけど、日本から取り寄せていた戸籍謄本が間に合わず、肝心の更新が出来ないでいたのです。先週の始めの時点で友人はすぐ後に日本に戻ることになっていたので、この時パスポートに関しては諦めざるを得ませんでした。前もって予定を調整できていれば二度手間にならずに済んだんだけど・・・。

何はともあれ、17日に領事館に電話し予約を取り20日月曜の朝9時半に出向くことになった。遠方から申請に来る場合前もって予約し、必要書類をFAXしておけばその日のうちに処理してくれます。ちなみにアポイントをとらず領事館まで行った場合およそ一週間くらいかかるそうです。

それを踏まえて旅行の計画。19日(日)に出発しその日はSeattleに一泊、翌日(20日)領事館でパスポートの申請をする。パスポート取得後カナダに入りバンクーバーでストップ。その後バンフ、カルガリーへ。

この予定、どこまで順調に進むのか。

公開を前提とした

▼2000年11月16日 (Thu) -- No.[176]

11月16日(木),公開を前提とした日記を書く、というのは身の回りの出来事、またはその時感じた心情を吐露するという点において非常に難しい。ひっそりと日記を書くのなら、その時頭にあることをありのまま文章に直せば良いし、その文章がいくら乱筆になっても全然気にしなくても良い。どうせ読むのは自分だけだから。

まず僕が思うのは自分以外の固有名詞をどこまで書いてよいのかということ。例えば個人名をこの日記で挙げても良いのか?あまり大した事を書いてる訳じゃないけど、それでも僕がこの日記で言及した本人が良く思わなかったり、それにより利害関係が発生したら大問題。人の迷惑になる事をしてはダメです。

次に日記でどこまで気持ちを素直に書いて良いのかわからない時が多々ある。キーをたたいた文字列が頭の中をハードコピーしたものになったとしたら、それこそとんでもない事になるのは間違いない。恐らくそこでは人を中傷するだろうし、何かに対して暴力的な内容になるに違いない。

最後に、人間は誰でも自分を飾りたがる。自分にとって都合の悪い事、マイナスな事を他人に知られるのは躊躇われる。少なくとも自分で自分を卑下したがる人はあまりいない。僕が先に書いた全ての問題の本質はこれだと思う。

こんなことを考えていると、日記をウェブ上でつけるのが面倒になる。それでも続けてるのはこの日記の内容には制限が加えられているから。逆を言うとここで僕の生活の日常を追っているとは決していえない。僕はこの日記で日常の出来事、感じている事の5%も書いていないんじゃないかなと思う。

話がずれてきた。

僕が毎日どんな事をしているのか?僕の事を知ってる人がそう思った時、この日記を読めば大まかにわかってもらえると思う。でも僕にはこれを読んでる人が何してるかなんて絶対にわからない。ウェブサイトを運営していると、それに関して時々理不尽に思う。事実自分がやってる事って意味があるのかと疑問に思う時がある。

それでも結局の所、ウェブサイトは「自己満足」という事で落ち着いてしまう。僕は人に何かを求めているのでは決してない、ただしこれを読み返せば書いてある以外の出来事も自分なら思い出す。僕にとってやはり続ける価値があるんだと思う。ちょっと前に自分の書いた数ヶ月前の文章を読んでそう思ったので。

ほとんど終わりかけている

▼2000年11月16日 (Thu) -- No.[175]

11月16日(木),ほとんど終わりかけている今週の予定:

17日(金): Acctテスト、Geog宿題

今週は学校以外で色々とあった。テストは突然テイクホームになった。宿題は終了済み。そういう訳で気分はすでにThanksgiving。

雪が降って

▼2000年11月12日 (Sun) -- No.[174]

11月12日(日),雪が降って一気に寒くなった。このウェブサイトに乗っけてるお天気情報では昨日、今日とも最高気温が0℃を越えてない。晴れ間も見えるけど、さすがにこの寒さじゃ雪も溶けないよ。

最近PCのCDロムがすこぶる調子悪い。というよりも使えない時の方が多いので、はっきりと壊れたと言っても良いでしょう。肝心のCDが回らない。しかしながらCDロムを使う時というのは実際には限られている。ソフトをインストールする時とか、めったにしないけどそれで音楽を聞く時とか。僕が今回CDロムの機嫌が悪いのに気づいたのは、友達から借りたアニメ(イニシャルD)が入ったメディアが使えなかったからです。もっとも最近はフロッピーも全然使わないなぁ。少なくとも夏前から自宅で作ったファイルをフロッピーで学校に運ぶとか、そういうことがめっきりなくなったように思う。

話がちょっとずれたけど、とにかくCDロムが動かなくなった。念のためドライバを入れなおしてもダメ。普段は使わないから良いと言えば良いけど冷静に考えた場合、例えばOSを入れ直さなければならない状況等に陥ったら、CDロムが使えないとなるとこれはほぼ致命的。将来的に面倒な事になるのは目に見えている・・・。そういうわけで今日ついにCDRWを買う事を決意!それにもうHDもいっぱいいっぱいで、ストレージ問題解決のためにも前からCDRWが欲しかったのです。

このオモイキリを忘れないうちにと、プールが終わってから近所のお店に行って来た。しかしこういう時に限ってお店が閉まっていた。今日は日曜で普段より早く閉店時間を迎えるのです。夕方6時ちょい過ぎに行ったけど、MoscowにあるCDRWを置いてるお店は全て6時閉店でした。本当に5分くらいの差だったので残念残念。また後で行く予定だけど、決心が続いてるかどうか心配。

一日中雪が

▼2000年11月 9日 (Thu) -- No.[173]

11月9日(木),昨日は一日中雪が降ってた。朝目が覚めたら窓の外は真っ白だったので、前夜から降ってたんだと思う。ついにこの季節がきてしまった。この冬になってから初めての積雪。もう外は秋というには寒すぎなので、今はもう冬と言っても良いと思う。

昨日は結局雪が一日中降り続いた。今日になっても少しだけチラチラと舞ってくる。道はグチャグチャで朝晩は凍ってツルツル。危ないので車の足回りを代えようと、午後になってから近所のタイヤ屋さんに行って来た。当然のごとく大賑わいで、普段だったらそこで待ってればすぐにやってくれるのに今日は8時間待ち。サンクスギビングを控えて今ごろは一年で一番忙しい季節なのかもしれない。

夜は家でずっと金曜に提出するCSの宿題をやる。でもサッパリわからない。どうしてわからないかというと、その問題はプログラミング言語を知ってないと絶対に解けないから。そもそもこのクラスは言語の知識が必要ではないからレジストしたのにな。何か騙された気分・・・。

教科書を読んでもわからない。ネット上で解説してるサイトを見てもよくわからない。結局10時過ぎになってそっちの方面に明るいルームメイトが帰ってきたので、彼に教えてもらった。Steveありがとう。明日で週が終わる。でもその先の予定を立てなければ・・・。

予定を立てる

▼2000年11月 8日 (Wed) -- No.[172]

11月8日(水),僕は「予定を立てる」ことがとても下手。やらなければいけない事というのは最初からわかっている、ついでにその期限もわかっている。にもかかわらず、ギリギリ直前になるまでやらない。その結果面倒な事になるのも多々ある。

そこで考えた。僕は予定を立てるのが下手なんじゃなくて、そもそも予定を立てるのが嫌いなんだと思う。

例えば「来週末買い物に行く」と決めるとする。本来その「買い物」という行為事体は僕が心からやりたいことであって、予定の期日に出かけるのをとても楽しみにするはず。でも僕の場合は違う。来週末に買い物に「行く」のではなく、来週末に買い物に「行かなければならない」、と予め立てた計画を歪めてしまう。先に予定を立てるとそれを絶対にこなさねばばならない、この場合、予定に縛られて強制的に買い物させられる、そんな感じがする。そうなってくると「何で行かなきゃいけねぇんだ」となり、楽しみにしてたはずのイベントがいつのまにか面倒な出来事に・・・。

だから僕は数日先の予定もよくわからない。でもその代わり「気がついたらやらなければいけない事が終わった」→「週末何しようか」→「じゃぁ明後日買い物に行こう」となると、それがとても楽しみになる。本当にしたい時にする、そんな感じがする。先週末の話、僕はここから2時間くらいの場所に遊びに行こうと突然思い立った。それを実行に移そうとしたのは金曜のクラスが終わってから。

ここが大きな問題。そんな直前になって相手側に連絡を取ろうしても上手く行くことなど少ない。それで最近、この僕の考え方を絶対に直さなければいけないと思うのです。やっぱりある程度の予定があった方が、どう考えても効率的に物事がはかどるのは当然。この日記で毎週始めに「予定」を書いてるのもそのためです。

予定を立てる、僕にとってわかってはいるけどできないことの一つ。これからも結局、目の前にある事をとりあえず片づけてくことになるんだろう。これじゃ進歩しないな。

今週の予定

▼2000年11月 6日 (Mon) -- No.[171]

11月6日(月),今週の予定:

6日(月) Ethicsテスト
8日 (水) Acct宿題
10日(金) Geog宿題、CS宿題

寒い寒い。毎朝車の窓ガラスが凍結して、表面に付いてるそいつをガリガリと落とさなければならない。僕に限ったことではないけど朝はとても忙しい。そんなのに時間を取られ頭にきたりする。5分だけ早く起きればよいんだけどね。まだ平気だけどそろそろ道が凍り付くので、タイヤを変えた方が良いかも。でも暑いよりは寒いほうが好き。これで日が長かったらな〜。最近は4時半に日が沈むMoscowです。

段々と寒くなってきた

▼2000年11月 4日 (Sat) -- No.[170]

11月4日(土),段々と寒くなってきた。朝晩は氷点下まで下がり、風もとても冷たい。図書館などに夜遅くまでいると帰りには路面が凍結しツルツルする。

とても変な天気だった。朝に雨が降り、それが昼頃に白いものに変わった。窓の外は薄くではあるけど白く覆われた。本当はそれは雹だったのかもしれないでも僕の中ではこの日が今年の初雪という事になった。

11月の初旬でもう雪か。今年は確か5月の頭まで雪が散らついていたと思う。これから長くて半年の間、雪に囲まれた生活をすることを考えると気が重い。ただ辺りが白くなるだけなら良いけどここの冬は天候が優ず、空がどんよりしてるから。

今年はスキーとか行きたいな。今一緒に住んでるルームメイトは元インストラクター。彼はスキー、スノボ、両方とも上手らしい。教えてくれないかな。

東京ドーム

▼2000年11月 2日 (Thu) -- No.[169]

11月2日(木),深夜に何も考えずチャンネルをコロコロと変えながらテレビを見ていたら、スポーツ専門チャンネルで東京ドームの映像が映し出された。何だこれ?画面の端には「LIVE」の文字が。

生放送?日本から?画面では男が二人喋っている。アナウンサーと解説といった感じ。どうも解説してた方に見覚えがある。以前日本球界に所属、「カリブの怪人」として知られ、西武の黄金時代を支えたオレステス・デストラーデだったのでは?でも間違ってるかもね。

しばらくみてたら概要がつかめてきた。毎年シーズンオフにやる日米野球。この晩は第1戦で、最初に思ったとおり日本からの生中継だった。選手の中にはマリナーズのユニフォームを着たササキもいる。隣にはランディ・ジョンソン。良く見るとオジさんだなぁ。

午前2時(日本時間午後7時)。既に遅かったのでベッドに横になりながら観戦。僕の知らない巨人ピッチャーがいきなりホームランを打たれてた。長島監督のことを「伝説的監督」また「あのサダハル・オオよりもHugeなSuperstar」と紹介している。アメリカ人で日本の野球を知ってる人の間では、以前聞いていた通り王さんの方が評価が高かったのが実感できた。テレビで久しぶりに見た長島さんって、こんなに外見が老けてたかなとも思った。

日本の選手とか。ドーム内の看板とか。懐かしい気分に浸りながら眠りについた。日本の野球、去年ってどこが優勝したんだっけ?僕は眠りに落ちるにこんなことを考えてた。横浜が優勝したっていつ?あれって何年前なんだろう。しばらくアメリカにいたらそういうのに疎くなってきた。今年はヤンキースが勝ちました。マリナーズ惜しかった。

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