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言い訳するわけではないが

▼2001年 1月31日 (Wed) -- No.[219]

1月31日(水),決して言い訳するわけではないが、僕は絶対に太りやすい体質だと思う。実を言うと日本に帰っていた17日間で、僕はおよそ3日に1キロという凄まじいペースで体重が増加した。一日違いでアメリカを発ち、同じ日に戻ってきたTさんに、アメリカで再会した時にも「渡辺君太ったね」と真っ先に言われてしまった。

確かに日本では変な生活をしていたと思う。平均して1日 5食くらい食べて、昼過ぎから夜までずっとビールを飲んだりしてた。それじゃ太るの当たり前だ。でもアメリカに戻ってからは普通の生活をしている。今は1 日食べたとしてせいぜい2回だし、先週からはまたプールに通いだした。この生活をしてたら自然に余分な贅肉が落ちていくでしょう。平日はビールも飲んでないし。

今週から急激に忙しくなった。火曜日からプールにも行けていない。今取ってるクラスが急に大変になってきた。来週の火曜までにグループとして完成させなければならないウェブサイトのプロジェクトがあるためで、連日クラスの外でグループミーティングが行われている。今週は火曜日以外毎日2時間のミーティング。決めなければいけない事も多く、ついでにやらなければいけないことも多い。来週の火曜まではかなり忙しいだろうな。気合を入れてウェブサイトを作ろう。

車の調子が

▼2001年 1月29日 (Mon) -- No.[218]

1月29日(月),アメリカに戻ってきてから車の調子が悪い気がしていた。エンジンをかけると雑音が混じっている。それでも気にしないで乗っていたら段々とノイズが酷くなり、ポートランドに行った時など、明らかにエンジンの響きが悪かった。マフラーに問題があるらしい。

先週末に修理工場で見てもらった。金曜の学校が終わった後に予約。当日になり約束の時間に車を持っていく。マフラーの調子が悪いみたいなんだけど、と陽気な店のオヤジに伝えるとすぐに車の裏側をチェック。やっぱりマフラーに穴が開いてた。コストを確認し、その場で修理してもらうことにした。82ドルかかり、およそ2時間半で終了。

直って気分が良い。ずーっとマフラーがゴボゴボ鳴ってたので、風邪が治ったみたいに音もきれいになった。それにしても最近、特に去年の夏に旅行した辺りから、車の調子が悪くなったように思う。どこかで金属が軋む音がしたりパワーが無くなったようにも思う。でも乗れてるだけマシ。これからは無茶しないで壊さないように乗ろう。

歓迎会

▼2001年 1月27日 (Sat) -- No.[217]

1月27日(土),午後からJSA主催で新しく入った日本人学生の歓迎会があった。でも International Program Officeから完全なリストが来ていないらしく、実際のところ何人入ったのか把握できてはいなかった。とりあえず、わかっている一人、ナガノ君に前もって連絡。僕はパーティの前に彼を迎えに行った。

ポトラックで食事を楽しんでから、彼に自己紹介をしてもらってた。その後事務的な話し合い。もう少ししたら開催される留学生のイベントについて意見を交換する。おおまかな事は決まった。僕はJSAで一応役員をしてるけどほとんど手伝いをしていない。シンヤ君ご苦労様です。

夜にはMの家でお酒を飲んだ。ナガノ君ともう一人の新入生、オカオトさんも来た。カレーごちそう様でした。

Spring2001

▼2001年 1月24日 (Wed) -- No.[216]

1月24日(水),Spring2001セメスターの予定:

Mon、Wed、Fri:Bus340、341、342、355
Tue、Thu:Bus352、Phyc404

合計6クラス18単位。学部生としては平均的な数字か、もしくは少し多いくらい。これからの予定を立てたところ、夏に3クラス9単位、秋に6クラス18単位で卒業の見込みがたった。しかし今から履修するクラスは一つも落とせない。もし何れかのクラスでFがついたら、それは卒業が延期される事を意味している。これくらいプレッシャーを感じると丁度良いのかもしれない。

火曜と木曜にあるPhyc404の授業は3月の中旬から始まる予定。インストラクターが産休の為で今はクラスがない。初めて取ったナイトクラス。セメスターの前半は授業が無いので、普段は週に1回のナイトクラスが週に2回ある。 PM630から始まり火曜は8時半、木曜は9時半まで。忙しくなる頃にクラスが始まるので、それを考えるとちょっと憂鬱かな。まぁがんばろう。

引越し

▼2001年 1月22日 (Mon) -- No.[215]

1月22日(月),引越しをした。とは言っても今いるアパートを出た訳ではない。アパートにある3つの部屋の中を移動しただけ。

先月末にそれまでのルームメイトの一人、Steveが出ていった。Seattleで仕事を見つけたためである。Steveの部屋が空き、冬休みの間にそこへ Bryceが移動。つまり今回、僕はそれまでBryceがいた場所に移った。部屋は机一つ分だけ広くなった。南側に面するその部屋は日当たりもよい。クローゼットの容量は変わらない。

その前に新しいルームメイトを探さなければならなかった。12月の段階で広告を作り、キャンパス内の一部に貼り付けた。しばらくしても連絡が無かったので、今度は大学が提供しているそれ用のウェブサイトに同じ物を掲載。Steveがいた一番大きな部屋には個別のバスルームが付いている。もし女の子が入る事になったら彼女にそのスペースを与え、僕とBryceは今まで通り、という風に話し合っていた。

結果的にそのウェブサイトを見た院生が応募してきた。残念ながら男。僕と同じ年齢でFisheryをメジャーにしてるらしい。僕が日本にいる間にその彼が一度アパートを訪ね、Bryceが対応していた。Bryce曰く「ナイスガイっぽい」ので、会ってみるのが楽しみだ。実際に彼が入居してくるのは2月になってからの予定。

前の部屋にいる時には感じなかった「あるべき場所に物がある」感覚も生まれた。帰宅時に思わず前の部屋のドアを開けようとするが、これもすぐに慣れるだろう。部屋を移っただけで新鮮な気持ちになった。この調子でがんばろう。

Portlandへ

▼2001年 1月21日 (Sun) -- No.[214]

1月21日(日),終末を利用してPortlandへ行ってきた。以前、カリフォルニア方面から北上した時に街を通過した事はあったが、実際にPortlandのDowntownに入るのは今回が初めてだった。学校が始まりこれから忙しくなることは容易に想像できる。そんな最初の終末、この機会を逃すとどこかに出かける余裕などない。

Portlandまでは車でおよそ6時間。土曜の早朝に出た僕らは最初Portlandの手前にあるアウトレットへ。冷たい風が吹く中、ちょっとだけ買い物。それからお昼前にDowntownに到着し、そのままChinatownで飲茶。店内はほとんどアメリカ人の姿が見えない。当然中国語で話し掛けられた。勝手な想像だけど、店内は本国の雰囲気に極近いのではないか。余計な飾りもなくアメリカナイズされていない。中国人の客が多いのもそのせいだと思う。

モーテルを確保した後再びダウンタウンへ戻る。この日は大統領が正式に引き継がれる前日。街の中心では次期大統領であるブッシュの当選に疑問を投げかけるデモ行進が行われていた。テレビのクルーも沢山。その後ショッピングセンターをウロウロする。3つの建物が複合され、慣れないと方向感覚が麻痺してしまうようなモールだった。そこでは僕は買い物は特にしなかった。

僕が小さい頃、世界は欲しいもので溢れていたように思う。年齢を重ねるごと、特に最近になってからは手に入れたいと思われる物が激減した。僕の目に訴えてくるモノが無い。自身の価値観が変わってしまったのか、それとも見るもの全てが有り触れたモノに格下げされたのか。新しいモノに対する免疫が出来たとしたら残念でたまらないな。

外が暗くなって一旦モーテルに戻り、夕食の場所を探す。何件かの日本食料理屋さんの場所を確認し再び出かけた。しかしお店に辿り着いた時には営業時間に間に合わなかった。まだ9時過ぎなのに・・・。結局宿の隣にあったレストランで食事。朝が早かったのですぐに就寝。

日曜は10時頃にモーテルを出た。ダウンタウンを歩いてみる。天気が良かったら街はすごく奇麗に見えたんだと思う。お昼に日本食食べ放題のレストランに入った。寿司をたらふくお腹に詰め込んだ。シャリはそれなりだったが、ネタは新鮮で美味しかった。その他日本食に加え、うどん、ラーメン、デザートも食べ放題。でも僕の満腹中枢がすぐに手にストップをかけた。全体的によかったと思う。持ち帰りが出来たら最高なのにな。

食事した後はもう帰るだけ。霧がヒドイ道もあったが、来る時のように道路に雪は無かった。午後9時半到着。お疲れ様でした。

最初の週が

▼2001年 1月19日 (Fri) -- No.[213]

1月19日(金),火曜に学校が始まって最初の週が終了。まだ取るクラスが確定していなかったのでこの1週間は色々な授業に出まくった。

日本で履修した科目がきちんと移行されていなかった問題がこの日になってようやく解決された。問題のクラスはMicro,Macroを同時期に学ぶ「経済学」、日本では大学2年生の時にやった。実はアイダホに来た1年前からずっと困っていたのだが、前のセメスターになって事の重大性にようやく気がつき、何とかならないかと策を尽くしてきた。それが認められない場合、次の秋に予定している卒業が延びてしまう。要はPrerequiteの問題であり、ここアイダホではBusiness系の学生にとって必修であるIntegrated Business Curriculum、略してIBCが履修できないのだ。

一番良いのは当時使っていたノートを見せる事。大学時代の友人に連絡を取って聞いてみたけど、そんなのが残ってるはずはなかった。それでも何とかしなければならない。前のセメスターには友達を使って日本の大学から取り寄せた授業の内容を翻訳し、デパートメントの一番偉い人に提出。オフィシャルなミーティングで議論されたが「それでは足りない」との判断が下された。困った・・・。

それでも何とかしなければいけないのには変わりはない。次に考えたのは教科書の目次欄を翻訳し、学んだ事をより明確に説明すること。そういう訳で今回日本に帰国した際、日本の大学で使ったテキストを持って帰ってきたのだ。アメリカに戻ってからそれを英訳し、丁重な補足の文章を添付してから再び提出。この作戦がズバリ的中した。

もっと早く取り組んでいればこんなにゴチャゴチャしなかったのかもしれないけど、とりあえず解決されたので本当に良かった。結果的にこれでこのセメスターに取るクラスも確定したし、次のセメスターでの卒業の見通しがついた。後は就職活動あるのみかな。

11日にアメリカに

▼2001年 1月16日 (Tue) -- No.[1]

1月16日(火),25日に日本に戻って11日にアメリカに帰ってきた。その間日記をアップデートしなかったので、今はどこから書いてよいのかわからない状態。実を言うとこのHPも今日久しぶりに見た。

今日からついに学校が始まった。僕をずっと悩ませている問題は未だ解決してはいないけど、今日少しだけよい事があった。問題が本質的に改善された訳では決してないが、少しだけ良い方向に進んだ。今週中に勝負をかけるぞ。

取りあえずやる気になった印として書いてみた。

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