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初めて地震に

▼2001年 2月28日 (Wed) -- No.[234]

2月28日(水),アメリカに来てから初めて地震に遭遇した。11時前くらいで僕はその時IBCの授業中だった。そんなに大きな揺れは感じなかったし、気が付かない人も多かったと思う。実際にその時は外で工事でもしててちょっと揺れただけで、地震ではないと思っていた。

それがやっぱり地震だったとはっきりわかったのは午後になってから。インターネットでニュースをチェックしてたらシアトル近くで大きな地震があったと報道されていた。記事によると午前10時54分、マグジチュード6.8で45秒間に渡って地震があったらしい。震源地はシアトルから南に30マイル、WA州の州都オリンピアから北に10マイルの位置。そのシアトルやオリンピアでは道路、建物に大きな被害が出ているそう。ちなみにシアトルに本社がある Microsoftのビルゲイツはその瞬間ダウンタウンのホテルでスピーチをしていたらしいが、揺れの途中にバックステージに非難したらしい。あまり関係ないか。

最初にも書いたがアメリカに来てから初めての地震。不謹慎だが不思議とうれしくなってしまった。やっぱり日本人は地震慣れしているのか。

何気に

▼2001年 2月25日 (Sun) -- No.[233]

2月25日(日),今のセメスターが始まった頃何気に決めていた事があった。週に一度は劇場で映画を見る事。日本にいる時よりも早く、しかも安く最新映画が見られる。せっかくなんだからこういうチャンスを逃してはもったいない。

しかし最初の数週は街にある映画館へ出かけていたが、学校が忙しくなるに連れて自然と足が遠のいてしまった。その間観たのは"Cast Away"と"13 Days"だけ。で、土曜は宿題も早く終わってあまりやる事がなかったので久しぶりに映画館へ。観た映画は"Crouching Tiger, Hidden Dragon"中国映画で英語のサブタイトル。早めに行ったと思ったのに、混んでいて座る席が前の見にくい場所しか残っていなかった。基本的にはチョウ・ユン・ファ主演のカンフー映画だが、ラブストーリーも絡んで単純には言い表せない。

感想。最近見た映画ではかなり面白い部類に入る映画だった。ストーリーも良かったし映像も奇麗だった。アクションシーンはもしかしたら評価が別れるが、僕としては凄く良かった。BGMで流れるヨー・ヨー・マのチェロも物悲しくて涙腺に刺激があった。全体的にバランスが取れた良い作品だったと思う。ハリウッド以外で作られた映画でもこれだけ面白いんだから、日本映画もがんばって欲しいと思った。

週末は結局この勢いで映画館には行かなかったが、手軽なビデオを2つも借りて観てしまった。今は映画を沢山観たい気分。他にも公開中の映画で気になるのが幾つかある。平日は忙しいので週末には暇を見つけて観に行こう。とりあえず"Hannibal"あたりから。

昨日の事

▼2001年 2月23日 (Fri) -- No.[231]

2月23日(金),昨日の事。授業は2時からのBUS352一つだけ。6時からIBCのグループミーティングが予定されてたので、3時15分にクラスが終わってどこかで時間をつぶす必要があった。

とりあえずコンピューターラボでミーティングの支度をしようと思って、Administration Buildingを歩いていたら目の前にはアジア系の一団が。彼らもジャズのコンペティションに参加するんだろうなぁと想像しながら彼らの横を通り過ぎようとしたら日本語が聞こえてきた。こんなところで日本人グループを見かけるのは非常に珍しい。20人くらいはいた。アメリカ国内から彼らが来る訳ないし、まさかわざわざ日本から!?と考えていたらめちゃくちゃ疑問が湧いてきて思わず話し掛けてしまった。

話を聞いたらちょっとした偶然が発覚。僕の予想どおり、彼らはわざわざ日本からJazzの大会に参加するため来たのは良いのだが驚いたことに、何とその一行は僕が日本で卒業した大学のジャズバンドサークルだった。全くの偶然。彼ら曰く「演奏旅行」の途中で、サンフランシスコを経由して水曜にMoscowに到着したらしい。数日間滞在した後、これからもアメリカを回るそうだ。彼らの演奏は4時から予定されていて、僕は彼らに聞きに来てくださいと誘われた。そこでよい成績を収めれば、夜に行われるフェスティバルにプロに混じって参加できるのだ。

僕はすごく懐かしい気分になった。せっかくだから聞きに行こうと思い、用件を済ませてから4時過ぎに会場へ。しかし中ではレコーディングをしていて、僕は少しだけ遅れたせいで途中からは入れてもらえなかった。しばらく外で彼らの演奏を聞いて、終わってから中へ入ってみたがすでに撤収。残念。彼らの演奏を聞いていた人は「すごく良かった」と言ってたけど・・・。

こんな偶然もたまにあったら面白いと思った。彼らは成功したのだろうか。

Jazz Festival

▼2001年 2月22日 (Thu) -- No.[230]

2月22日(木),昨晩キャンパスで行われたJazz Festivalに行ってきた。留学生は昨日の夜のチケットが無料で入手できる。何回かジャズの生演奏は聞いたことがあるが、このような大きなイベントに行くのは初めて。

7時半に会場のKibbie Domeへ。席についたら丁度始ったところだった。上から見たところ会場にはある程度観客が入っていたが空席も目立つ。この夜はフェスティバルの初日。日が進むにつれ盛り上がるのだろう。真正面にステージ。横に大きなモニターが2つ。

こちらによると出演者はLionel Hampton, vibes; Hank Jones, piano; Russell Malone, guitar; Christian McBride, bass; Jeff Hamilton, drums; Nancy Wilson, vocals; Kevin Mahogany, vocals;Paquito D'Rivera, alto sax and clarinet; Claudio Roditi, trumpet; Wally "Gator" Watson, drums; Christian Fabian, bass; Andres Boiarsky, saxophone; Arkady Shilkloper, horn; Leonid Vintskevich, piano; Lembit Saarsalu, saxophone; Jane Jarvis, piano; Brian Bromberg, bass; Kuni Mikami, piano; Evelyn White, vocals; John Stowell, guitar; Walt Wagner, piano; Jim Martinez, piano;Billy Contreras, violin。せっかくだから全員の名前を残しておく。日本人ピアニストもステージに立っていた。しかし肝心のHamptonはどこを探してもいなかった。ステージ脇に銅像みたいなのがあっただけ。きっと最後の夜くらいしか出てこないんだろう。もう90歳を超えた高齢だからしょうがないのかも。

ジャズを普段聞かない僕にはわからないが、上に揚げた名前の中には世界的に有名な人も含まれているらしい。きっとジャズに造詣が深い人にとったらたまらない組み合わせなのかもしれない。その価値がわからないのは非常に残念。少しくらいは予習していけばよかったと後悔した。7時半から始った演奏は、途中休憩を1 度挟んで11時半くらいまで続いた。持参した軽食とスナックをつまみながら時間を過ごす。下は固いイスだったのでおしりが痛くなった。少し寒くもあった。地元の大会で認められた子どもたちも有名な演奏家に混じってパフォーマンスをした。彼らにとって良い思い出になるだろう。

ジャズをどう評価して良いのかわからないが、純粋に僕は演奏を楽しめたと思う。途中ダレて眠たくなることはあったが、全体としては時間が過ぎるのが早かった。モニターにはステージ上で演奏している人の表情や、楽器を扱う手元の動きとかが映し出されていた。僕は普段見慣れない楽器からどうやって音が出てるのか興味深く見ていた。印象に残ったのは雰囲気たっぷりで渋いRussell Maloneのギター、一番プロっぽかったNancy Wilsonのボーカル、テクニカルな演奏をした終わり方に出てきたベース(名前忘れた)。素人がわかるのはこれくらい。どれも詳しい人が見たら僕以上に感激するのだろう。

フェスティバルは4日間、土曜日まで続く。お金を払ってもう一度見に行きたい気もするがもとを取る自信がない。とりあえずこの日の演奏は面白かった。アイダホに来て良かったと思った。

11時半からテスト

▼2001年 2月21日 (Wed) -- No.[229]

2月21日(水),11時半からテスト、本当は先週に受けるはずだったBUS352。出来は何とも言えない。遅れていた宿題も提出した。両方とも多分金曜にはグレードされて帰ってくるだろう。

最近のことではない。多分これから書く機会がないと思われるし、さっき突然思い出したのでここに書き留めておく。今月の始めだったと思う、確か日曜だった、夕方から車で10分の距離にあるWSUに行ってきた。映画監督Spike Leeの話を聞くため。日本のTVコマーシャルにも出るくらい有名な本人がわざわざNYからやって来た。最近どこかの記事で、20世紀で最も成功した黒人映画監督にランク付けされていたのを覚えている。その週は「黒人の歴史の週」で、WSUとUIの共催という形で彼の講演が開かれたのだ。数日前に偶然チケットが手に入り、ミーハーな僕は忙しいにも関わらず行って来てしまった。

最初の40分間がメイン。この晩彼は自分がいかに映画監督になったか、とか最近のテレビと映画の傾向、それから映画における黒人俳優のステレオタイプについて話した。彼が最近撮影した映画を良く例にあげていたように思う。他にも色々としゃべっていたが忘れた。彼は大柄ではないが、非常に落ち着いた声の持ち主だった。それと予想通りNYのあるプロスポーツチームの帽子を被っていた。服装もおしゃれ。NYUで教鞭をとっていたりする彼。普段大きな街に住んでると着てる物も違うなと思った。彼の話が終わり、それから40 分は質疑応答の時間。会場にいる観衆からの質問に一つ一つ答えていく。難しい質問をする奴もいれば、ただ写真を一緒に撮ってくださいとかハグしてくださいとかそんなのもあった。時間がきてスタンディングオベーションで彼を見送る。きっと講演の後すぐに街を離れたんだろう。

実を言うと彼の映画は一つも見たことがない。いくつかタイトルを知ってるだけ。本人を目の前にするとやっぱり彼の映画が見たくなった。でもまだビデオを実際に借りたりした訳ではない。少なくともマルコムXくらいは近いうちに見ることにしよう。有意義な夜だった。

クラスは

▼2001年 2月20日 (Tue) -- No.[228]

2月20日(火),クラスは午後2時からだけ。それまでに宿題をしようとしたけど、わからなくて解けなかった。先週休んだクラスで説明された問題で、僕は同じクラスをとってるやつからノートをコピーさせてもらっていたが、それを見ながらでも別けがわからなかった。理由を説明して後で提出しよう。

3時半からグループミーティング。週末に手分けしたリサーチしたものを一つにまとめる。もっとも必要なのは、リサーチのアウトライン。提出は来週の月曜で、リサーチの詳細は載せる必要はない。今日は各自が持ち寄ったものをそれぞれ簡単に説明しまとめただけ。1時間ちょっとで終了。明日それを先生にチェックしてもらうのだ。そこで必要があれば次の月曜までに手直しする。

一度自宅へ戻ってから再び学校へ。先週に受けられなかったテストを明日受けられることになった。今はその準備をしている。出していない宿題もしなければならない。難しそうでまだ手をつけていない。今晩は徹夜に近いものになりそうだが、明日を乗り切れば楽になるでしょう。

明日の夜から3夜に渡って、キャンパスでJazz Festivalが開催される。世界的に有名な演奏家、Lionel Hamptonの名前を冠にした割と規模の大きいものだ。留学生は最初の夜、つまり明日のチケットが無料でもらえるので僕はそれに行く予定。去年は日にちを間違えて行けなかった。楽しみ。

多少せきは

▼2001年 2月19日 (Mon) -- No.[227]

2月19日(月),多少せきはしてるが、インフルエンザからほぼ完璧に復活できたように思う。今日は天気も良く、温度も上がって春が近づいた気分。半袖で外を歩いてみたが気持ちよかった。この調子で暖かくなってくれればいいんだけどまた雪が降るんだろうな。今日は休日だが学校に来てIBCで必要なリサーチ。先週はクラスを休んでグループに迷惑をかけたので今週はその分やらないとね。

受けられなかったテストの勉強もしなければならない。多分水曜に受けると思うので、同じクラスを取っている他の学生に休んだ部分のノートを貸してもらった。役に立ちそう。明日提出の宿題もやらなければいけない。簡単に終われば良いんだけど。やっぱり休んでいた先週のつけが全部回ってきた。もうインフルエンザに対しては免疫ができたのでかからないと思うが体調には十分注意しよう。

自宅のコンピューターがおかしくなってから数日が経ったが全く変化なし。無くなったデータの代償は大きい。直るかもしれないので街にあるパソコンショップに持っていってみようと思う。あまり期待はしていないけど。

今やってるリサーチはインターネット上でビジネスをしてるPricelineについて。多くのドットコムカンパニーの例に漏れず、最近彼らの業績が悪化している。IBCでウォールストリートジャーナルから記事をピックアップし、細かいところまで調べ上げてプレゼンをしなければならない。一つの記事で30分のプレゼン。全部を一人でやる訳ではないが結構大変そう。本番はもうしばらく先で、今はその下調べの段階。

忙しかったし、病気にかかってしまったお陰で最近はプールにも行っていない。今週から再び暇を見つけて行くことにしよう。それからこのセメスターが始まってから密かに考えていた「週に1 回は劇場で映画を見る」計画も何回か足を運んだだけで続いていない。やる事をきちんとやってその時間くらい確保したい。余裕をもって。

インフルエンザ

▼2001年 2月17日 (Sat) -- No.[226]

2月17日(土),インフルエンザからようやく復活してきた。昨日の夜から今日の午前中までぐっすり寝たら熱も引いた。ここ何日か続いていた体の痛みもなくなっている。なぜか筋肉痛は残っているが。そう思ってうれしいのだが新たな問題。自宅のパソコンが動かなくなってしまった。

電源が入らない。メインスイッチを入れたり切ったりしても全く反応がない。昨日の夕方学校から帰ってきた時の出来事。自宅で寝込んでいる時に、ベッドの上からでも使えるようにとパソコンを移動させてあった。そのパソコンを机の上に戻そうといったんスイッチを落とす。場所を変えて再びスイッチオン、しかし何も浮かび上がってこなかった。時間をおいて再びトライしてみても結果は変わらず。サスペンドが解けていないのかと思って色々したけどダメ。何が原因なのかはっきりとはわからない。心当たりが一つだけあるとすれば、変圧器を通さないで長い時間ん使用していたことくらい。そうは言っても普段も同じように使っている時があるので、今回その理由でおかしくなったとは考えられない。

これは大事件。ハードドライブには僕がクラスで必要なデータの全てが入っていた。学校以外で必要なものも全て。インターネットも使えないし、もちろんメールも使えない。これは痛い。被害は予想以上に大きくなりそう。まさか電源が入らなくなるとは思わなかった。これはつまりパソコンが完全に潰れたことを意味していると思う。再セットアップもなにも、立ち上がってくれなければどうにもならないのだ。

うすうす感じていた事が現実のものになったとも言える。最近はマジでやばいんじゃないかと思っていた。それに備えてバックアップを取っておけば。冷静に考えると考えるほど事の重大性に気がつく。こりゃ困った。

病気で

▼2001年 2月15日 (Thu) -- No.[225]

2月15日(木),僕は病気でベッドの上。でも考えなければならない宿題がある。そしたら夢の中でその問題を解こうとしていた。別に数式を計算するとかの問題ではなく、あくまでアイデアを出すことが宿題。別に頭の中だけで出来る。目が覚めた瞬間にも夢の中で浮かんだアイデアが残っていた。

これって睡眠学習?そう思った瞬間に僕は人類にとってとても有益な発明に手をかけたのでは!と一人興奮してしまった。寝ている間の意識を利用して問題を片付ける、もしそんなことができたら、与えられた時間をもっと有効に使えるだろう。それを研究して発展させれば寝ていながら仕事、とか寝ていながら遊び、とかも可能になること間違えない。だとしたら、僕が体験した事は、人類の生活様式を180度変えるとんでもないことなのだ!

・・・。僕はそんな妄想に3秒くらい駆られ、起きたのでトイレに行ってから冷たい水で解熱剤を飲みました。

やっぱり先週末の

▼2001年 2月15日 (Thu) -- No.[224]

2月15日(木),やっぱり先週末のクルーズ・ザ・ワールドでウィルスを拾ってきたんだと思う。それに先週まで何かと忙しかったので体に疲れが蓄積されていたのだろう、ウィルスへの抵抗力が低下していたのかもしれない。

余談かもしれないが、僕以外にもイベントでパフォーマンスをした人は、ほぼ100%の確立で体調を崩している。今日ヘルスセンターで診察を受けてから帰る時、一緒にステージに立ったSさんとばったり会った。彼女も今週になってから発熱が続き大変らしい。診察の結果は聞かなかったが、恐らく僕と同じ病原体にやられているのかもしれない。お大事に。人の事心配してる場合じゃないかもしれないけど。

クルーズザワールド

▼2001年 2月15日 (Thu) -- No.[223]

2月15日(木),クルーズザワールドがそつなく終わってから僕はアメリカに来てから一番大きな病気にかかってしまった。インフルエンザ。しかもそれを甘く見ていた。

最初に体調が悪いなと感じたのは日曜の午後。何となく体がだるかった。僕は風邪のひき始めだろうと思って薬を一服。その薬が効いたのか、日曜の夕方から月曜の朝まで寝てしまった。もちろん途中何回か目を覚ました。その度に体にほてりを感じて体温を測ってみる。やはり微熱が。それを夜中に何回か繰り返していたら朝方には102°F近くまで上昇、摂氏で言うと39℃近くである。

もうその時には体中が痛くて起き上がれないほど。関節と背中が痛くてまっすぐに立っていられない。熱もあるので頭がフラフラする。これはヤバイ、という訳でアメリカで初めて医者に見てもらう事にした。IBCのチームメイトにクラスを休むことをメールしてから、学校のヘルスセンターへ。朝7時半に開くので一番で診察してもらった。アシスタントが熱を測ったり、簡単な質問をしてからアジア系のドクターが登場。彼は僕の口の中を見たり聴診器を当ててみたりして、すぐに「インフルエンザ」の結論を出した。

次の瞬間僕は72時間の休養を言い渡されてしまった。解熱剤を数時間おきに服用することも告げられ、インフルエンザ用のカプセルを5日分手渡された。自分自身で思っていたよりも重症だった。インフルエンザに感染した記憶などない。それから月、火、水、と学校を休んだ。ドクターが正式な文書を出してくれたのでクラスの欠席に関しては免責できるが、たまった提出物やテスト等を考えると何とも言えない。

今日(木)、ベッドから起き上がって学校に行ってきた。数日間休んでいたせいでだいぶ体が軽くなったように思えたが、それでも完全には回復していない。午後から再び医者に見てもらったら「全然良くなってねぇじゃんか」みたいな事を言われてしまった。薬を飲んだにも関わらず、そこで体温を測ったら38℃以上あった。再び72時間の休養を言い渡される。ついでに明日のテストを欠席するためのノートを書いてもらった。

今家のベッドの上でキーボードをたたいている。休んでいる間の宿題、テスト勉強を少しでもこなさないとと考えながら。とりあえず寝ながら宿題でもしよう。スプライトで薬は飲んだし。

先々週くらいから

▼2001年 2月14日 (Wed) -- No.[222]

2月14日(水),先々週くらいから急激に忙しくなった。

IBCのプロジェクトがあったのは前に書いた。それに加えて10日(土曜)に開催された"Cruse the World"という留学生のイベントの準備をしなければいけなかった。一応僕は日本人学生会(JSA)の副委員長という役をしているので、名目上は日本の代表の一人。日本ブースで催される企画に関わらなければならない。S君が頑張ってくれてるおかげで僕の仕事は多くはないが、それでも責任のある立場にいるのは正直言って精神的に疲れる。関わる人もそれなりに多いので人にも気を使う。事前に必要な物を買い揃えたりするのも結構面倒だった。

さらに僕はパフォーマンスとして日本の歌を歌うことになった。その練習がイベントの2週間前からスタート。僕が参加するのはたった一曲「大地賛賞」だけだが、歌など人前で披露したことなどない。音を取るのにかなり時間をとられた。毎日ほぼ1時間の練習。当日の朝まで練習し、何とかカタチになった。

僕はたった一曲だけだったが、歌ってくれた他のボランティアは合わせると10曲近く、ピアノとかギターの練習の時間もいれたら僕の比ではなかっただろう。ミッドタームを迎え学校が忙しくなった頃に、この歌の練習。本当にご苦労様でした。当日、メンバーの数人が風邪をひくというアクシデントはあったが、それでもパフォーマンスは拍手喝采で終えられてとても良かった。僕はいったいどんな顔をして歌を歌っていたのだろうか。

久しぶりに日記を

▼2001年 2月 7日 (Wed) -- No.[221]

2月7日(水),久しぶりに日記をアップデートする気がする。先週から急激に学校が忙しくなり、文字どおり時間がなかった。

IBC で科されたグループワークの宿題、ウェブサイトの構築が6日、火曜の深夜に設定されていた。6日から7日に変わる深夜12時までにサーバーにアップロードすること。先週の始めから僕らはその課題に取り組みだしたが、実際にやり出すとチームメイトと話し合わなければいけないもの(サイトのコンテンツ)が多くてとても面倒。当然のようにクラスの外でミーティングを重ねる必要があった。先週はほぼ毎日2時間の 時間が持たれ、議題を一つ一つまとめていく。

僕はもちろんミーティングに参加したが、それ以外に一人でウェブサイトを作るという大きな仕事があった。つまりそこで決められた事をHTMLに変換すること。もっとも仕事を分担する事は当初からできたと思う。でも各自がバラバラにHTMLを作成し、それを後になって組み合わせたとしても確実に全体的な統一感に欠けるのは容易に想像できる。それに加えて僕は絶対にチームの中で一番良いものを作る自信があった。この確信はどこから沸いてくるのかわからないが、それを僕はミーティングで言い切ってしまった。ただしここでは内容は別としてあくまでレイアウトの問題。

一人でやると言ってしまった事を後悔することになった。最初はただ全体的なデザインを考えて後は基本的に作成された文書をカット&ペーストするだけ、そう考えていたから。しかし頭の中にあるデザインを見える形に直すのに非常に手間取った。僕は今回初めてAdobeのソフトを使ったが全くもって使い慣れてはいないので、一見単純に見える作業にも時間がかかる。金曜からラボに入って作りはじめ、ホーム(最初のページね)を完成させるのに日曜の夜まで時間を費やした。IBC以外にもやることがあったので、それ以外は週末をずっとラボで過ごしてしまった事になる。

週が始まり月曜の午後、クラスが終わってからラボに。そこまでではホームの作成が大体終わっただけ。最終的な調整はしていない。その日は午前3時まで。提出日である火曜は朝の10時にラボに入り、グループミーティングのある3時半までそのままずっと画面に向かう。チームに見せる前に限りなく完成に近づかねばならない。2時からのクラスをパスし、とりあえず最低線をクリアしようと急ぐ。

本来最終チェックだけであったミーティング。でも内容に不備がありそれを話し合う。部分的に案を練り直す必要があり、これが予想以上に時間がかかった。結局コンテンツに手直しが加わり最終的な修正を施して全てが終わったのは午後11時前。今度はそのファイルの全てチームの一人に送り、それを彼が別のサーバーにアップロード。僕はトラブルシュートのため12時までラボに残る。暫定的に僕しかアクセスできない大学のネットワーク上にファイルを乗せてあったので、もしも何か問題があった時に対応するためだ。何も問題は発生しなかったが、結局僕は連続14時間ラボにこもってしまった。その間口にしたのはコーヒー一杯だけ。今日になって彼に聞いたら作業が終了したのは12時過ぎだったみたい。

とりあえず終わってよかった。授業中はそんなに大変じゃないけど、クラスの外で時間が取られる。でも木曜にはすぐそのクラスでテスト。はやく今週が終わらないかな・・・。

忙しいぞ

▼2001年 2月 4日 (Sun) -- No.[1]

忙しいぞ。色々あって。今度ゆっくり書こっと。

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