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車のタイヤを

▼2001年 3月31日 (Sat) -- No.[258]

3月31日(土),午前中に車のタイヤを変えに行った。今まではスタッドを履いていて、それを普通のタイヤに載せ代え。もう路面が凍結する事はないだろう。走行中もノイズが無くなる。ラスベガスに行く前に変えてれば良かった。Tシャツ一枚でも暑いのにそこにスパイクタイヤで行ったのは、どう考えても変だった。

学校は休みだけど、午後からは図書館でIBCのテスト勉強。計算問題が良く分からない。公式はテスト会場で配られるが、どれをどう使ってよいか判断に困る・・・。これじゃまだ暗記物の方が楽だ。

BUS355のテスト

▼2001年 3月30日 (Fri) -- No.[257]

3月30日(金),11時半からBUS355のテスト。前日は風邪で体調が最悪だった。午後から勉強する時間があったが頭がぼーっとして集中できず、ほとんど勉強したとは言えない。その晩は風邪を治した方が良いと思って早く寝た。

その甲斐あってか金曜になったら調子が多少良くなった。8時半からのIBCをスキップし、その間コモンズで勉強。出来は何とも言えないが、前回のテストよりは良いと思う。

週末でテストも終わった。本来であれば気分が優れる所だが、週明け月曜にはIBCのテスト、火曜までに宿題が一つ、水曜までにプレゼンで使うスライドの作成、木曜にはBUS352のテスト、とやる事が一杯でいまいちすっきりした気分になれなかった。風邪が治ってきただけ良いかな。

何日か前から

▼2001年 3月29日 (Thu) -- No.[256]

3月29日(木),何日か前からくしゃみが出たり鼻をすすったりしていた。当初は花粉症になったかと思っていた。しかし今朝目を覚ますと、それらの症状に加えて喉が痛い。って事は花粉症なんかじゃなく、どうやら風邪を引いてしまったらしい。春休みの後半は軽い頭痛もあった。ついでに寒気も感じるので熱まであるかもしれない。

季節の変わり目で体温調節ができていなかったのかも。朝起きて学校に何を着て行こうか迷うことがある。晴れていて温度が高そうでも風が冷たくて上着が必要だったり、逆に空がどんよりしててもシャツ一枚で平気な時も。旅行の疲れも今になって出てきたのかもしれない。

明日はテストでこれから勉強しなきゃいけない。今晩はナイトクラスもある。来週には月と木でテスト。それ以外にも当然宿題があって、このように体調が悪いのはやる気が削げて困る。テストが一時的に集中してしまった。これをやり過ごせばあとはファイナルだけだろう。ため息。

曜日の感覚が

▼2001年 3月28日 (Wed) -- No.[255]

3月28日(水),曜日の感覚がおかしい。今日は午後7時からグループミーティング。それが終わって一日のスケジュールが完了した時、僕は今日が月曜だと錯覚していた。まだ一週間が始まったばかりだと。僕はチームメイトにも「また水曜日ね」と言ってその場を後にした。

でも今日は水曜日。これで週の半分が終わった。何か変な気分。今週は金曜にテスト、週明けにもテスト。気がついたらあまり時間がないな。

春休み明けの月曜日

▼2001年 3月26日 (Mon) -- No.[254]

3月26日(月),春休み明けの月曜日。学校に出るのが嫌でしょうがなかったが、一度クラスに出てしまうとすんなりとそれまでのペースに溶け込んだ。一週間の休みなど無かったかのように。

6 時半からのグループミーティングの準備をしてた時、ふと外を見ると横殴りの雪が降っていた。朝から吹いていた強い風に雪が交じりまるで吹雪みたい。15分くらいそんな状態が続き、雪はすぐにあがって晴れ間が見えた。今度はきれいな夕焼けだった。Mosocwは天気が変わり易い。山の天気みたい。それでも雪が降る日は確実に少なくなってきている。早くもっと暖かくなってほしい。春休みの旅行では所々で桜が咲いていた。

夜はまた映画を見に行った。これで金土日月の4日間で5本も観たことになる。これだけ集中的に映画を見ていると大きなスクリーンに対する興奮そのものが薄れてしまう気がする。もう少し選んで見に行こう。見た映画は「The Mexican」だが内容はいまいちだった。別にブラッド・ピッドとジュリア・ロバーツじゃなく、登場人物の配役が仮に違ってたとしても同じレベルの映画が出来上がっただろう。豪華なキャスティングがもったいない。ただし、劇場内の寒さと眠気が邪魔して映画に集中できなかったのも事実。それと広い劇場に観客の数は一桁だった。もう少し混んでいれば雰囲気も変わっただろう。

今週からナイトクラスが始まる。クラスが終盤を迎え何かとナーバスな時に・・・。先が思いやられる。

春休み最後の日

▼2001年 3月25日 (Sun) -- No.[253]

3月25日(日),春休み最後の日。宿題が他にもあったり、テストもあるので午後は学校で勉強する。夕方になってから映画鑑賞。何もする事がないゆっくりした時間を楽しむ。映画をまた3つも梯子してしまった。

"Heart Breakers","Enemy at the Gate","The Brothers"の3つ。"Heart"と"Brothers"はコメディーで"Enemy"はシリアスな戦争もの。それぞれ面白かったが傑出した映画ではなかった。表現は悪いかもしれないが、もっと「無駄な」映画が観たい。いかにもハリウッド的なやつ。

ブレイク明けに

▼2001年 3月24日 (Sat) -- No.[252]

3月24日(土),ブレイク明けに提出する宿題を2つ。1つは火曜、もう一つは水曜の提出。火曜のリサーチはほぼ完成。水曜のは何とか終えたが多分間違ってそう。月曜のクラスでもっと詳しい説明があると思うのでとりあえず保留。

夕食は旅行の間に友人とした賭けに負けたせいで餃子を作るはめになった。適当に作って半分を水餃子、残りの半分を焼き餃子にしたが不味くはなかった。ビールと一緒に食べ過ぎて苦しくなり、胃腸薬を飲んですぐ寝る。

ぽかぽか陽気

▼2001年 3月23日 (Fri) -- No.[251]

3月23日(金),昼くらいに起きてから食事。外で食べられるレストランでハンバーガーを食べた。ぽかぽか陽気で気持ち良い。この1週間でかなり暖かくなったような気がする。まだ雪が降る日があるのだろうか。去年は5月に降った。

7 時15分の映画「ハンニバル」を見に行く。しかしそのために前作をわざわざ観たにも関わらず、実際に映画館に行ったらその「ハンニバル」は終わっていた。かなりショックだった。2月に公開され、確かにそろそろ終わるだろうとは思っていたが、まさか今週から変わっていたとは。

気持ちを入れ替えて近くの劇場でやってた「ザ・メキシカン」を観ようとしたが、今度は時間があわずに断念。着いた時にはすでに始まっていた。結局「ハンニバル」がやってた映画館で「トラフィック」を観た。アメリカとメキシコの間で繰り広げられるドラッグ問題。淡々と映画が進む。それだけに如何にドラッグが日常的な問題なのかが良く描かれていた。根が深い問題です。

10時に帰ってきてTさんとバーへ。初めて行った場所だったが、聞いていたように変な場所ではなかった。

朝の8時半に

▼2001年 3月22日 (Thu) -- No.[250]

3月22日(木),朝の8時半にMoscowに戻る(21日の日記参照)。かなり疲れていたのでベッドで寝る。午後4時半まで爆睡。

起きてご飯を食べてからビデオを見る「羊たちの沈黙」を久しぶりに見た。「ハンニバル」に備えるため。

ビデオを見たらまた眠くなる。10時前に寝る。やっぱり疲れが溜まってたんだな。

Zion

▼2001年 3月21日 (Wed) -- No.[249]

3月21日(水),モーテルを出てダウンタウンにあるホテルで朝食バフェ。クロワッサンが美味しかった。ストリップと違い、ダウンタウンは庶民的。食事の値段も比較的安い。日本人観光客はほとんどいない。

ザイオン(こちら)へ到着したのは午後2時くらいだった。グランドキャニオンが谷を上から見下ろす感じなのに対し、ザイオンは逆に下から見上げる感じ。時間が無くてトレイルを歩く余裕がなかったのは残念。その前に同行した友人と大喧嘩をして、むかついてちゃんと公園内を見ていなかった事もあり、夏にもう一度来ても良いと思った。今度来るときはキャンプでもしよう。

午後3時半頃には近くの温泉へ(こちら)。日本の整備された温泉と違い、ここは大自然の中にある天然の温泉。そうは言っても多少人の手は加われている。車を降りたら硫黄の匂いが辺りに充満していた。岩間から湯が湧き出てそれが溜りになっている。お湯の温度は申し分ない。温泉が川に流れ込む部分は冷たくて、火照った体を冷やすのに丁度良かった。夜に来れば星空も奇麗に眺められたに違いない。あまりに心地よくて、もう暫く浸かっていたかったが、暗くなる前に出なければいけなかったので渋々温泉を出る。体が硫黄臭くなったが、出た後は肌が奇麗になった気がした。

5時前に温泉を後にし、Moscowへの帰路につく。ドライバーを交代しながらひたすらドライブ。この旅で一番長いドライブ。SLCを通過したのが夜10時頃。Boiseへは午前3時。ほとんど休憩を挟まずに結局Moscow へは朝の8時半に到着。短い期間に色々と見てまわって確かに疲れたけど面白かった。しばらくラスベガスはもういいでしょう。お疲れ様でした。

延長

▼2001年 3月20日 (Tue) -- No.[248]

3月20日(火),予定ではこの日にMoscowへ戻ることになっていたが、せっかくなのでもうちょっと旅行を続けることになった。追加分はグランドキャニオンを経由し、ザイオン国立公園、その近くにある温泉。

さすがに前日の疲れがあるのか寝過ごしてしまい、ラスベガス出発が遅れた。10時くらいに出る。まずはグランドキャニオンへ向かう。僕は去年の夏にグランドキャニオンへ行き、重い荷物を担いで谷底まで降た大変な思い出があるが、友人は一度も行ったことがなかったので現地に寄ることに。夕日が落ちる前に到着。少し肌寒かったがリムからキャニオンを眺めた。やっぱり赤茶色に染まった渓谷は奇麗だった。

ここで予期せぬトラブル。予定していた道が通行止めになっていた。ザイオンへはそっちを抜けて行こうと考えていたが、肝心のその道が使えない。ビレッジにあるカフェで色々と考えた結果、再びラスベガスへ戻り宿を探すことになった。片道5時間ほどをかけて来て、グランドキャニオンにいたのは正味1時間半くらい。今度は同じ時間を費やしラスベガスへ戻る。

夜の12時頃に到着。1時過ぎに怪しげなモーテルにチェックイン。寝るだけだったからまぁ良いことにする。お腹が空いていたのでパリス(こちら)で夜食を採る。ここのカジノも天井が空色だった。この日はラスベガスへ帰る途中にちょっとしたトラブルはあったが、基本的にはずっとドライブしてた感じがする。

ラスベガス観光2日目

▼2001年 3月19日 (Mon) -- No.[247]

3月19日(月),書き忘れたが前日の晩ベラージオ前で行われている噴水ショー(こちら)を見た。夏に来た時はその水しぶきがかかって気持ちよかったが、今回はちょっと冷たかった。アラジンの中にあるモールにも行った(こちら)。やっぱり天井は空色だった。

19 日は午前8時過ぎ起床。ホテルで朝食バフェ、普通の味だった。前の晩フロントに確かめたら屋外プールが使用可能。朝食の後プールに入る。3月下旬、外の気温は高いがさすがにプールの水は冷たかった。水に浸かろうと試みるが、足先だけで断念。それでも中には泳いでいる人が何人かいた。11時までプールサイドのデッキチェアで寛ぐ。何もしない時間が過ぎていく、春休みなんだなぁと実感。

11時半頃チェックアウト。ラスベガス観光2日目に突入する。19日は色々と市内を見てまわって、どこをどう行ったのかよく覚えていない。覚えている範囲で書く。午後にとあるホテル内(確かトロピカーナ)でやってるマジックショーを見に行く予定だったので、そこに車を停めその周りを歩いてみる。MGMのカジノ内で本物ライオン(こちら)を見てからNYNYでローラーコースター(こちら)に乗った。M&M'sワールド(こちら)でやる気の無さそうなスタッフと無料の3Dアトラクションを見てから、ワールド・オブ・コカコーラ(こちら) でコーラを飲む。時間は午後2時前、事前にチケットは購入していなかったがマジックショーを見に行く。この類の出し物を見るのは初めて。本当は他に見たいショーがあったがチケットが高かったので諦めていた。それよりも遥かに安いこのマジックだったが、ビールを片手に楽しんで見られた。ステージ上にホワイトタイガーが2匹出てきてちょっとびっくりした。

ショーを見た後この日のホテルにチェックイン。空港近く、ハードロックホテルの向かいにあるホテル。名前は忘れたがカジノは付いていなかった。その分いかにもリゾートといった雰囲気でよかったと思う。部屋の中にバスタブが付いていた(バスルームとは別に)。チェックインしてから再び出かける。

ルクソー(こちら)でお茶を飲んだ後、ベネチアンにあるモール(こちら)。あくまで個人的な感想だが、ここのモールが一番「しっくり」感じられた。理由はよく分からない。ホテル内は天井が高くてそこには壁画が描かれていた。その後トレジャーアイランド前で90分おきにやってる海賊ショー(こちら)。離れていたが大きな炎が上がると熱気が伝わってきた。あれをいつも無料でやってて、ホテルは採算が取れてるのかと余計な心配してしまった。確かに客寄せにはなってると思うけど。ミラージの火山の噴火(こちら)を横目に夕食バフェへ向かう。リオスイート(こちら)。着いたらタイミング良く、ちょうどカジノでショー(こちら)が始まった。しばらく並んでから夕食。世界中の食事が色々あってどれを取ってよいか困ってしまったが、総じて味は悪くないと思った。のり巻きは言われてるほど不味くはなかった。

ハードロックカフェでビールを飲みながら翌日の予定を立ててからホテルに戻ったのが午前1時。この日は歩き回ってめちゃくちゃ疲れた。部屋のなかにあるバスタブにお湯を溜め、ゆっくりと体を漬ける。それで疲れが取れたのか良く分からないが、ベッドに横になった瞬間に寝た。あー疲れた。

SLCから

▼2001年 3月18日 (Sun) -- No.[246]

3月18日(日),SLCのモーテルを7時に出発。インターステートの入り口近くにいあるレストランで朝食。フリーウェイの封鎖を心配していたが、市内だけが通れないだけで問題はなかった。結局SLCを出たのは午前8時くらい。そのまま真っ直ぐラスベガスへ向かう。

前日までは空に雲が多かったが、南へ向かうにつれ晴天に。外の温度も上がってきてこの日は半袖でちょうど良いくらいだった。車窓から見えた山頂近くに残っていた雪も何時の間にかなくなっていた。

午後2時くらいにベガスに到着。去年の夏に来た時は恐ろく暑かったが今はまだ3月下旬、ちょうど良いくらいの気候だった。Tシャツ1枚で十分。カラッとして風が心地よい。着いてからハードロックカフェで昼食の予定だったが、間違えてハードロックホテルに行ってしまい、(カフェはすぐ横だった・・・。)ホテル内をウロウロ見てからすぐに出る。3時になってから泊まる予定のトレジャーアイランドにチェックイン。26階の眺めの良い部屋だった。

少し休んで予定を立ててからホテルの外へ。お腹が空いていたいたのでラスベガスで一番デカイと言われるホットドックを食べに行く。こちら(勝手に写真にリンク)。ビールと一緒に食べたが写真通りめちゃくちゃでかくて気持ち悪くなるくらいだった。

それからCAESARS PALACE(こちら)の中にあるTHE FORUM SHOPS(こちら)へ。毎時間ごとに無料で行われるショーを2個所で見た。

後になって感じた事。ラスベガスの最近の流行なのかわからないが、各ホテルにあるショッピングモールの天井はかなりの割合でここフォーラムショップスと同じ感じだった。天井に青空が描かれていて、時間が経過するのにつれて夕日になったりする。僕はどこが最初に始めたのか知らない。きっと他のモールと差別化を図るためにこのデザインにしたのだと思う。しかし今となってみればみんなそれを模倣してしまい、あくまで僕の意見だけど、結果的にラスベガスではありきたりで画一的なものに成り下がってしまったように思う。変化が激しいこの街だからすぐにまた新しいのに変わると思うけど。

この後色々なホテルを見てまわったが、はっきり言ってどこに行ったか忘れた。夜になってからストラトスフィアタワーの頂上にあるライドに乗る。こちら。タワーのてっぺんにあるこのライド、恐かったけど面白かった。ラスベガスが180度見渡せて夜景がとてもきれいだった。

この日の最後はダウンタウンにあるフリーモントエクスペリエンス(こちら)。ビールを飲みながらアーケードを眺めた。よくこんな物作ったなとあっけにとられながら。その後ホテルに戻って寝る。歩き回って疲れた。

春休みスタート

▼2001年 3月17日 (Sat) -- No.[245]

3月17日(土),春休みスタート。朝の6時にラスベガスへ向けて出発。この日はアイダホの州都Boiseを経由してから南下、ソルレイクシティー(SLC)でストップの予定。宿は予約済み。前日までにインターネットを使って情報収集。必要な情報はほぼ網羅できた。

HP に使えないかと思ってデジカメを持っていったのは良いが、実はメディアを忘れていて肝心の写真が取れない事に出発してから気がついた。いつもながらツメが甘い。お昼過ぎにBoiseに着き、そこで昼食を採る。美味しい寿司屋があるらしく街の中を歩いて探すが結局見つからず。代わりに入った韓国料理屋はあまり美味しくなかった。事前に確かめてくれば良かったと少しだけ後悔。

2時ごろにBoiseを後にする。ひたすらインターステートを南下。良い調子で走り、のこり数十マイルでSLCに到着といった所で大渋滞で車がストップ。現地のラジオを聞いていたらハイウェイの南北両方面で事故が起こり、一時的に交通が完全に麻痺してしまったとDJが言っていた。45分くらいほとんど前に進めず時間をロス。他のドライバーもイライラしているみたいでちょっと恐かった。

しばらくしてからようやく前に進む。SLCの手前でフリーウェイから強制的に降ろされた。後で分かった事だが、それから数日間はSLCを貫通している道が全面通行禁止になったらしい。午後8時過ぎにSLCに到着。予約してあったモーテルを探すのに手間取り、結局車を止めたのは 9時くらいだった。

遅目の夕食を採ってモーテルに戻り、テレビをつけたらブラッド・ピット主演の"Fight Club"がやっていた。僕はこの映画を観たことが無かったのでそれなりに疲れていたがそのまま映画鑑賞。面白くないと聞いていたが、実際はすごく僕好みの話だった。ブラッド・ピットのキレタ演技が素晴らしい。彼は確かにイイ男だが、それ以上に演技力の裏付けがしっかりしている。ちょっと外れた役をやらせたら彼の右に出る役者はいないと思う。午前2時ころ就寝。

先週末に

▼2001年 3月 7日 (Wed) -- No.[238]

3月7日(水),先週末にまとめたIBCのペーパーは結局Matt君の頑張りによって無事完成した。出来上がったと言っても実はまだラフドラフトの段階。ファイナルドラフトの提出は来週の月曜。問題のトラはやっぱり納得がいっていないようだが、彼の意見はファイナルに反映されると思う。今度は何事もスムーズに事が進むことを願う。

7日はそのIBCのテストが夜の7時からあった。もちろん講義内容の根本的な理解は必要だが、基本的には暗記が勝負。前の日からそのテストが始まる瞬間までノートに目を通す。出来は何とも言えない。テストが終了すると回答例を渡された。最初の問題でいきなりしくじっていたのが判明したのでそれ以降の答えは恐くなって見ていない。結果が返ってくるのは多分来週だろう。

この日のテストが終わって、春休み前のテストは無くなった。本来ならば他のクラスでテストが予定されていたが、休み明けに延期されていた。この日はそんな理由で気分が良かったので、帰ろうとしてた時に会ったS君と軽く飲みにいった。平日だというのに店内は割と込んでいたと思う。とりあえず終わって良かった良かった。後は春休みに何をするか考えるだけ。

いよいよもうすぐ

▼2001年 3月14日 (Wed) -- No.[244]

3月14日(水),いよいよもうすぐ春休み。結局のところ僕はラスベガスへ行く事になった。したがってオーロラツアーは残念だがキャンセル。ラスベガスには17日(土)に出発する予定。現地でする2泊分のホテルは予約が完了している。暖かかったらいいなー。

そのホテルを予約した時に、IBCのクラスでリサーチしているPricelineを利用してみた。この会社の売り"Name Your Own Price"は結構面白くてまたやってみてくなってしまった。

リバース・オークション、自分でホテルの値段を決められる。それをホテル側が了承してくれれば取り引きが成立。そしてすぐにクレジットカードにチャージされるという仕組み。具体的にPricelineがやってるのは、僕が「何月何日」に「これくらいの金額」で「この辺り」にある「このくらいの格式」のホテルに泊りたがっている、という情報を、該当する全ホテルにまず流す。借りに僕が$50で泊りたいとした場合、$50以下で最も安くオファーを出したホテルが勝ち。つまり「僕を宿泊させる権利」をホテルが競い合う訳で、リバースオークションと呼ばれるのもそのため。結果は15分以内にメールで届けられる。もしホテルAが$45を提示し、そこに決まった場合、$50との差額$5をPricelineが持っていく。その外にも手数料が$5くらいPriceline へ。

ここで問題なのはホテル名を指定できない事。リバースオークションにかける時は泊りたいホテルのランク、場所、金額だけが指定可能。しかも一度交渉が成立した場合キャンセルは絶対にできない。Pricelineの問題点はまさにここにある。グループの話し合いでもそう結論付けられていた。

しかし僕には逆にこれが楽しくてたまらなかった。相場からかけ離れた安い金額を入力。もちろんランクが高いホテルを希望。それで仮に交渉が成立したらお得。実際には僕が安すぎた金額を入力したため当然のようにはじかれた。金額を上げて再びチャレンジ。条件も少し考え直す。こうやって同じ事を何回か繰り返してホテルを見つけた。そこそこのホテルだと思う。

それと僕が楽しかったのは「どのホテルが当たるか」という不確定要素。小さいころ夜店でやったくじの感覚で何だかドキドキした。ラスベガスに行くんだからホテルもギャンブル気分で選べて面白かった。

もっともPricelineが得意としてる飛行機のチケットと、僕が実際にやったホテルの予約とは趣きが違う。提出するペーパーをチケットを重点的に扱っているのだ。でも実際に使ってみた経験が後のプレゼンに活かせればいいなと思う。

ところでPricelineはYahoo、AOL、Amazonに次いで4番目に知名度の高いDot-Com企業らしい。このプロジェクトに取り組むまでPricelineなんてほとんど知らなかったのに。

Columbia

▼2001年 3月14日 (Wed) -- No.[243]

3月14日(水),今日のクラスに来たColumbiaの人の話はあまり面白くなかった。途中部屋の照明を落としてビデオを流した時など、僕は眠たくてしょうがなかった。それは他の学生も同じだったらしい。僕は気がつかなかったけど、前の席のやつなど先生に起こされていたそうだ。(T君情報)

6時からミーティング。金曜の提出に間に合わせるよう作業を進める。多分もうちょっとで完成のはず。僕がやることはとりあえずやった。早く終って欲しい。

やらなければ

▼2001年 3月12日 (Mon) -- No.[242]

3月12日(火),スプリングブレイクまでにやらなければいけない事はIBCのグループで書いているペーパーを仕上げること。すでにラフドラフトは提出済み、それを読んだ先生の感想を踏まえて金曜日までにファイナルドラフトを完成させる。

月曜午後6時からチームミーティング。議題はこのファイナルドラフト。先週末に先生からコメントをもらっていたのでそれをみんなで話し合った。基本的にラフドラフトは問題無し。僕はその路線で良いんじゃないかと思っていたが・・・。

ペーパーにもう少しクラスで学んだ事を反映させられないかという話になった。提出するペーパーを基に後日プレゼンが組まれている。ペーパーに学んだ事を加える事でプレゼンを優位に進められるかもしれないのだ。しかし初めはペーパーの枠組みを整えるだけで良いと思っていたが、考え出したら実は面倒な事に気がついた。授業の内容を正確に理解し、取り組んでいる内容に当てはめなければならない。

今日の午後にチーム全員で先生と会って話し、水曜の夜までにそれぞれがアイデアを持ちよる事になったが、僕は全然良い考えが出てこなくて困っている。何かないかなー。グループワークは変にプレッシャーがかかる。場合によっては一人でやった方が効率が良い時もあるし。

ところで明日のクラスにはColumbia Sports Wearのお偉いさんが来て特別講義。学生側は失礼に当たらないよう、普段より良い格好をしなければならない。具体的にはジーンズ、Tシャツの類はダメ。最低限襟付きのシャツを着て来なさいと言われた。普段は出席を取らないこのクラス、明日に限って偉い人が来る10分前に出席を確かめる事にもなっている。遅れてきた奴は絶対にクラスに入るなとも。そんなにすごい人が来るのかな。レジュメでもばらまこうか。

Viva!

▼2001年 3月11日 (Sun) -- No.[241]

3月11日(月),Viva! Las Vegas!?

Viva!

▼2001年 3月11日 (Sun) -- No.[241]

3月11日(月),Viva! Las Vegas!?

来週が終わると

▼2001年 3月10日 (Sat) -- No.[240]

3月10日(土),来週が終わると春休み。再来週は丸々学校がない。終末を入れると17日 (土曜)から25日(日曜)まで9日間、学校を休めることになる。去年の感謝祭、同じ9日間の休みではシアトル、バンクーバー、バンフ、カルガリーとアメリカとカナダをまたいだ旅行に出た。今回も同じくらいはできるはず。

前々からどこかへ行けないかと思っていたが、頭の中にぼんやりと計画があるだけではっきりとは決めていなかった。クラスに追われて「春休み」に対する現実感が欠けていたのだ。実のところ、あと1週間と迫っていもまだ休みに入る実感がわかない。でもどこかへ行きたい。

最初僕の頭に浮かんでいたのはオーロラ観測ツアー。Moscowから車で30時間ほど北上したカナダの街が有名らしい。僕にとっては最後のチャンスになるかもしれないので本気で行けないかと考えていた。しかし現実的に考えると1週間の休みでは車で現地まで行くのは時間的に厳しいことがわかる。現地にたどり着くまで最低2日。つまり往復に4日。一泊して合計5日。余裕を見て6日。移動時間を短縮するため飛行機で行ってもよいけど途中の景色が楽しめない。しかも現地に着いて確実にオーロラが見られる訳でもない。可能性としては3日に1度くらいらしい。まだオーロラを見に行くのが無くなったわけではないが、多分その計画は頓挫するだろう。

次に考えたのはスキー。アウトドアが満喫できる今の環境で、それをしないのはとてももったいないと思ったからだ。スキーはアメリカに来てから一度も行ったことがない。というより人生で2回しか行ったことないけど。でもスキーに関しては何も春休みを使ってやる事もないと思う。週末を利用すれば十分に行って帰って楽しんでこられる。それに学校のプログラムに参加すれば、移動手段、宿、リフト、スキーのレンタル、全て含んでとても安く参加できるはず。これが春休みにはオファーされてない。

シアトル、ポートランド、バンクーバーなど近場の大きな都市に行くのも考えた。移動時間も1日で何とか足りる。確かに街を歩いているだけでも楽しいが、「どうしてもこれがやりたい!」という物がない。それにどの街も何回か足を運んだことがあり新鮮味に欠けている。僕としてはどこか知らない場所に行きたいのだ。

そんな訳で決定的なプランがない。普段クラスに追われている分、家にこもってぼけーっとするのも魅力だがそれでは絶対に後で後悔しそう。一週間後にはもう休みに入っている。早く決めなければ。

日本のニュースを

▼2001年 3月 8日 (Thu) -- No.[239]

3月8日(木),インターネットで日本のニュースをチェックしていたら気になる記事を発見。こちら。実はこのニュースで問題となっているスーパーマッケット、僕が以前一人暮らしをしていたアパートの近所だった。

歩いて数分の距離。2日に1回は何かしら買いに行っていた記憶がある。道を挟んだ向かいにはコンビニがあってそこにも良く通った。コンビニの隣はアパートの大家さんがやってたお煎餅屋さんだったな。斜め向かいには床屋さんがあって確か1度だけ髪を切ってもらった事も。当時付き合っていた彼女と一緒に食事を作って食べた時なども、そのスーパーで食材を買い求めた。友達が遊びに来た時も良くそこにおつまみを買いに行ったように思う。

この前日本に帰った時、当時住んでいたアパートの周りをウロウロした事があった。その頃していたアルバイト先にも顔をだしたりした。当然そのスーパーの近くも歩いた。すぐ近くに神社と公園があって、暇で天気が良い日などは良く日向ぼっこをしながらぼけーっとしてた事、鳩が恐ろしいほど沢山いてちょっと恐かった事、その公園で花見をしてた時にたけし軍団のグレート義太夫に会った事など、どうでもよい事が自然と思い出された。ほとんど忘れていたと思っていたのに。

懐かしい気分になった。Moscowも段々と暖かくなってきた。季節の変わり目なんだと思う。ルームメイトは風邪をひいた。2001年春まじか、あの頃から何回季節が回ったのかな。

午後から映画を

▼2001年 3月 3日 (Sat) -- No.[237]

3月3日(土),午後から映画を見に行く予定になっていたので、午前中にIBCのペーパーでやらなければいけない残りの仕事を片づける。自分が担当した部分で使ったリファレンスのリストを作る。一度同じ事をやっていたのですぐに終わるかと思ったが、新しい情報を加えたり、作業がややこしかったりしたため思いの他時間を取られた。映画は1時前にスタートの予定だったのでそれまでに終わらせ、最終的なまとめを担当してるメンバーにメールで送る。

終わってさあ出かけるかと思っていたらその担当からメール。どうも引用に不備があったらしいく、そのほとんどは僕のパート。しょうがないので1時前の映画はキャンセル。同じ映画の時間を改めてチェックし、再びリファレンスの作成。しかし集めた資料が割と多く、自分が情報をどこから引っ張ってきたのか訳が分からなくなってしまった。プリントアウトした資料を眺めながら、コツコツと地道に続けるが効率が悪くていらいらした。結局作ったものを全部消して最初からやり直したら午後4時過ぎになっていた。

完成したものを再びメールで送り、5時過ぎの映画スタートに間に合う様すぐに出かけた。観てきた映画はジョージ・クルーニー主演の"O Brother, Where Art Thou?"個人的にかなり期待して行ったのだが、この映画の英語が全然聞き取れなかった。出演者は南部訛りで会話し、話が進められていく。辛うじてストーリーは追えたように思ったけど、残念ながら細かいところが全くと言ってよいほど分からなかった。ビデオが出たらもう一度見直す事にする。でも全体的な雰囲気はとても良かったと思う。

僕は何だか悔しくなってしまって消化不良の状態。このままでは気が収まらないので、本当はいけないけど同じ映画館で上映されている他の映画を続けて観る。ブレンダン・フレイザー主演の"Monkeybone"。公開されてまだ数週のこの映画は、はっきり言って子供向けだった。サイケデリックな映像が観られると思っていたのに、実際の映画は変なキャラクターだらけ。見終わっても特に思う部分もない。何も考えずに観るのには良い。ただそれだけ。

映画を2つ続けて観ても僕はまだ満足できなかった。ここまできたら・・・、本当はやっぱりダメだけどついでだからもう一本観る事にした。次の映画はジュリエット・ビシェ主演"Chocolat"。ジョニー・デップも出ている。この映画が始まるまでは前に観た"Cast Away"で時間を潰した。午後9時50分にChocolatスタート。タイトル通り映画にはチョコレートが沢山出てくる。映画を観ながら食べたくなった。ホットチョコレートも美味しそうだった。とても保守的な南フランスの街でお店を開く主人公と街の人々の話。中々よい映画だったと思う。観て正解の部類に入るだろう。見終わった余韻も残った。疑問に思ったのは映画に出ていた俳優たちは普段の会話では英語を喋り、挨拶だけフランス語だった。何かおかしくないか?

この日はちょっと悪い事をしたが映画を3つも観た。しかも払ったお金はたった4ドル(500円位かな)。日本だったら一回1800円。3つも観れば5400円。日本の物価って一体何々だろ。

グループミーティング

▼2001年 3月 2日 (Fri) -- No.[236]

3月2日(金),午後6時からIBCのグループミーティング。月曜に提出するペーパーの仕上げ。ところが問題が・・・。

前もって行われた話し合いで、金曜の午後までにメンバーは各自が担当している部分について書き上げ、それを持参しミーティングに参加。その場で集め完成させる、という事になっていた。しかしメンバーの一人Travisは自分のペーパーを仕上げて来なかった。彼はいい奴だが仕事が遅い。ある意味普段どおり。そんな訳で彼はミーティングの最中にラップトップを広げ、自分のパートを書き上げていった。そんな彼を横目に残りの3人はバラバラなペーパーを一つにまとめる。先に提出したアウトラインに沿うように作業を進めた。

最大で9枚に抑えなければならないペーパー。3人分を集めてすでに12枚。文章を削るの時間を割く。ミーティングが始まって1時間半、Travisが自分のパートを終えたのと、それを除いた3人の部分を集合させ終えたのはほぼ同じ時刻。僕らは残りの30分(基本的に会議は2時間未満)を使い、全てを完成させるはずだった。ところでTravisが割り当てられたのはチームが取り組んでいる会社の財務関係について。アウトラインでは会社が設立されて今にいたるまでのタイムライン上に、Travisの書いた部分を当てはめることになっていた。

しかしここで問題が発生。彼は与えられた仕事を一つのペーパーとして終えてしまった。つまり長いペーパーに散りばめられる部分部分としてでなく、それ自体で完結するように文章を書き上げた。当初の予定では、会社の歴史上で段階的に財務関係の出来事、問題点が並べられるはずだったが、彼はそれを一つの問題として捉え、独立した「段落」として書いてしまったのだ。

当然話が違うということでミーティングは紛糾。彼が取った方法は、僕を含めた残り3人が仕上げたものとは明らかに違っていた。でもTravisは「これは1つのまとまりであり、いくつかに別けられるものではない」と主張。しかし手元には既に提出してしまい、先生からゴーサインが出たアウトラインがある。もし彼の言う通りに文字どおり全体を付け足したとしたらそのアウトラインに背いてしまう事になり、ペーパーの評価が落ちる可能性が高い。

彼はそれでもしばらくの間自分の主張を繰り広げた。確かに彼の言い分もわからないではないが、やっぱり変だと僕は素直に思った。彼を何とかわからせようと3人がそれぞれ意見を述べる。特にチームの一人Mattが頑張るが、それでもTravisは納得がいかない様子。そのまま口論になりMattは怒り出してしまった。殴り合いにはもちろんならなかったが、Mattは「これ以上話して気分を悪くしたくない」と言い、作業は途中で不本意だが結局Travisの書いた部分をそのまま付け足し提出することになった。時間が来てMattは部屋を飛び出すように帰宅。ミーティングは最悪な終わり方。どうしよう・・・。

午後9時から

▼2001年 3月 1日 (Thu) -- No.[1]

3月1日(木),午後9時からオレゴンで仕事を見つけたA君(日本人)の送別会。何でも国定公園でのポジション。しかしそこはアメリカ政府が管理している公園で、外国人が正式に仕事につくことは出来ないらしい。しょうがないので彼は学生の身分のままTrainingに近い形で現地へ。夏まではそこにいるそうなので出来れば一度行ってみたい。彼の裸踊りは結局見られなかった。

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