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資料集め

▼2001年 9月30日 (Sun) -- No.[378]

9月30日(日),午後からプロジェクトの資料集め。最近アメリカでも携帯電話が普及してきている。プロジェクトは色々なサービスを比較研究、そしてアパートで使っている普通の電話サービスと照らし合わせ、携帯に乗り換えるべきか、そうではないか、というもの。

Moscow ではAT&TとSprintが使用できる。他にもプリペイドの携帯も。でもこのリサーチの結果は目に見えている。僕の家に関しては、今の電話をキープした方が絶対に安上がり。僕ら3人はあまり長距離電話をしないし、そもそも基本料金も3人で割っているのでそっちの方が絶対に安いのだ。DSLを含めても一人あたり$20ちょっと。

それでもリサーチペーパーを仕上げなければいけないのでしょうがない。今週は他にも宿題が沢山あってテストもあるので急がしそう。

フットボール

▼2001年 9月29日 (Sat) -- No.[377]

9月29日(土),フットボールの試合を観に行った。うちの大学とBSU(Boise State University)のゲーム。何気にアメリカに来てからフットボールを観るのは初めて。今まで何回か観戦するチャンスはあったが、実際に足を運んだのはこれが最初だった。

試合は7時からで場所は隣のWSU。どうしてうちの大学で試合をしないかというと、Vandals(チームの愛称) のホーム、Kibbie Domeはキャパシティに問題があるから。客席が足りず観客を収容しきれないのだ。せっかく屋根付きのドームなのに、どうして建設時にもう少し考えなかったのか疑問に思う。そのKibbie Domeの収容人数は12000人ちょっと。対してWSUのMartin Stadiumは25000人(多分)。ちなみにチームの成績は別として、収容人数の関係でNCAAにも入れないらしい。今年Kibbie Domeを使うのはたったの2回の予定・・・。

我がVandalsはこのシーズン3試合やって勝ちがない。ひと月ほど前、フットボールの季節を告げるシーズン最初のゲームではWSUと対戦。テレビで観たがぼろ負け。先週はUW(University of Washington)とのゲーム。この試合は今までで最悪の記録で負けた。

そんな訳であまり期待しないでBSUとの試合にも行ったが、予想通りこの試合でもやられっぱなし。半分終わった時点で20対0くらいで負けてた。ハーフタイムショーを見てから僕はここでスタジアムを後にした。最後まで観ても良かったが、ゲームの展開はあらかた予想できたし、マーチングバンドやチアリーダーも見られたのでもう満足してしまったのだ。太陽が落ちきって寒くなったし、帰りの渋滞に巻き込まれるのが嫌だったのも含めてこの判断。

とりあえず試合の雰囲気を楽しめたし良かったと思う。チームの調子は別として。日本で僕が卒業した大学はラグビーが強いところだった。今回フットボールを観戦して、日本にいる頃には良く大学ラグビーの試合を見に行っていたのを思い出した。社会人のゲームにも何回か行ったな。僕が実感したのは、やっぱり強いチームを応援した方が断然面白い。僕は阪神ファンには絶対になれない。

"Rock The World"

▼2001年 9月28日 (Fri) -- No.[376]

9月28日(金),前の夜に何気なくテレビを見てたらマイケル・ジャクソンの新曲"Rock The World"のプロモーションビデオが流れてきた。クリス・タッカーやマーロン・ブランドも出てていかにもお金がかかってるっていう感じ。今度彼は新しいアルバムを出すらしいが、シングルを除くと9年ぶりなんだって。映画風のビデオ。いつもながらに気合を入れて制作されたに違いない。

マイケル少し太ったか?気のせいかもしれないが、お腹のあたりに余計な肉がついてるように思う。ダンスも激しいものではなく、かといって新曲もそんなに素晴らしいとは思わない。しかしながらあの独特で人間とは思えない首の動きは健在で、ぱっと見てもそれが誰かは一目瞭然だった。

彼は白かった。冒頭でクリス・タッカーと並んぶ場面が続くが、同じ黒人とは全く思えない。彼の前のアルバムに収録されていた"Black And White"では「肌の色なんて関係ない」って歌ってたけど、一番気にしてるのは結局マイケル本人なのではないか。そう言えば前にはナオミ・キャンベルもプロモに出ていた。自分は白くなっても共演に黒人の役者を選ぶ彼。一体黒人としてのアイデンティティーはどうなってるのか、一度彼に会ったらぜひ聞いてみたい。

同じくテレビをぼけーと見てたら、別のチャンネルで日本の番組が紹介されていた。タイトルは忘れた。日本のTBS(アメリカにも TBSはある)の番組制作を取材したもので、テレビ局の内側が取材されていた。そこで取りあえげられてたのは明石家さんまの番組。セイン・カミュがインタビューを受けてた。受け答えはもちろん英語。日本の酔っ払いの映像も映し出され、TBSのアナウンサーが解説していた。「この番組はお笑いなのではなく、日本人が持つノスタルジックな文化を確認するものだ」そうです。

日本の番組制作がいかに厳しいものかも紹介されていた。スタッフは不眠不休で働き、スケジュールの隙間を見て仮眠室で休憩を取る、といった日本のテレビ局の裏側。これは異常だと僕も思った。どうもご苦労様です。

関係ないかもしれないが、日本の番組で以前から気になっていた事がある。それはあのタレントの発言を文字に直してテロップで挿入するやつ。僕はあれが我慢ならないのだ。僕はあれを見る度に、「いい大人である視聴者が出演者の発言を正確に理解できるよう手助けされている」つまり「十分意味を理解してるのにも関わらず、しつこく頭に叩き込まれ」、結果的に小馬鹿にされている気がしてならない。

多分考えすぎだと思う。

Bus378の最初のテスト

▼2001年 9月27日 (Thu) -- No.[375]

9月27日(木),しばらく以前の記憶を遡るようにして日記をつけていた。でも何をしたのか忘れていることも当然多い。本来日記とはその時の気持ちをつづるもの、よって何日も前の記録をつけるのはもう止める。

昨日の夜にテストがあった。Bus378の最初のテスト。午後6時からだったので、午後はほとんど図書館にこもって勉強した。テスト自体はそんなに難しいものではなかったと思う。出来も悪くはないはず。

話しは変わる。僕は以前から図書館などで勉強するのを割と苦手としている。日本での高校、予備校、大学。僕が今まで過ごした学生生活において、図書館とは純粋に本を借りに行く場所でしかなかった。何故か周りが気になって全然集中できない。僕って自意識過剰な人間なのか?そんな訳で今まで僕にとって一番勉強がはかどるのは常に自分の部屋だった。

でも最近はそうでもない。図書館の3、4階にはグループ用の小部屋があり、生徒は自由に使ってよい事になっている。大きめのテーブルがあり、イスが4つから6つの広さ。僕の最近の勉強場所はそこだ。元々静かな図書館。部屋のドアを閉めれば周りの雑音など聞こえてこない。僕は物事をよく理解しようと努める時、書物などを音読する癖がある。そんな時、多少声を出しても音が響かないので良い。部屋が埋まってる時ははしょうがないので大きめの机を確保し、そこにノートを広げている。最近はみんなテストがあるのか、図書館が込んでいてスペースを見つけるのが大変な時もあるが。僕が好きなのは4階。そこにはコンピューターラボもあるので何かと便利。部屋が2つしかないのがイタイけど。

理想としては家で極力教科書を広げたくはない。少しくらい遅くなっても良いので、出来ることは学校で終わらせるのがベター。このセメスターは出来るだけそうするように努めている。あくまで理想だけどね。

今朝のテロ

▼2001年 9月11日 (Tue) -- No.[379]

今朝のテロはかなりヒドイらしい。一ヶ月前の記録をつけるのに飽きてきたので、久しぶりに普通に日記をつける。

"AMERICA UNDER ATTACK"今朝テレビをつけるとこの文字列。何事かとニュースに耳を傾けると同時多発テロ発生。MTV等の専門チャンネルを含むほとんどの放送局はこの話題。急遽番組を差し替え、ほとんどCM抜きで現場から実況中継していた。

学校に行ってからもクラスはその話題で持ち切り。クラスメートのアメリカ人いわく、「マジでやばい」「アメリカは戦争に突入するんじゃないか」等々。さっきテレビを見てたらアナウンサーは今回のテロに関し、「パールハーバー以来の奇襲攻撃」と表現していた。1月前にNYで見たその建物に飛行機が飛び込む映像も、まるで映画を見てるようだ。

何人が犠牲になったのか未だはっきりしないし、早朝テログループによりハイジャックされた飛行機のいくつかは行方不明。本当にこれからどうなるだろう。ただし、少なくとも僕がいるアイダホのMoscowは事件が他人事のように感じられるほど平和。テロとは全く関係ない場所です。心配された方ご心配なく。 ,09/12(Wed) 07:22,,sub40a-16.labs.uidaho.edu

Glacier N.P.

▼2001年 9月 3日 (Mon) -- No.[374]

9月1日(土)〜3日(月),3日は休日。学校が始まってばかりの3連休を利用してモンタナとカナダの国境にあるGlacier N.P.へ。去年の夏に一度現地を訪れたが、ドライブしただけで公園内をゆっくり見ることができなかった。今回はトレイルを歩く事が目標。

あらかじめキャンプサイトを予約。しかし1日の午後現地に到着すると、公園内の火事のため予約した場所がこの日になって閉鎖されていた。しょうがないので違うサイトへ移るが、結果的には行きたかったトレイルが本来予約したサイトから遠かったので、急遽移った場所の方で良かった。1日はほぼそれだけ。トレイルの情報をレンジャーから聞き、後は食事の準備。夕食はパエリア。風が強くて調理するのが大変だったけど、そこそこおいしくできたと思う。山火事が起こるくらいに乾燥してるので焚き火は今年も禁止。

2日。7時半には目を覚まし、車でトレイルヘッドに向かう途中に簡単な朝食。8時半には着いたが結局歩き始めたのは9時だった。歩いたのはグリンネル氷河へのトレイル。往復5時間〜8時間。休憩を挟むとほぼ1日がかり。この日は快晴で景色が素晴らしかった。目的の氷河へたどり着くまでに湖を3つほど通ったが、どれもシンとして神秘的。最後にあったグリンネル・レイクは乳青色の湖面が印象的だった。

基本的には全部上りだが、足場もそう悪くはなくて歩きやすい。結構なお年よりも元気に歩いていた。途中ビックホーンシープがいたが、遠すぎてくるくるした角がよく見えなかったのは残念。雪解け水が流れる滝を過ぎ、昼前には頂上付近に到着してそこで昼食。しばらく休憩してから最後の登り。15分ほどで目指してきた氷河に出た。そこは氷河から解け出た水の溜まりになっている。試しに靴下を脱いで足を入れてみたが、とてもじゃないけどつけて居られない。たまりには氷の塊が浮いているのだ。冷たいのは当たり前。そこで再び休憩。僕は気持ちよくて寝てしまった。

午後2時になり下山開始。帰りはほとんど休憩を取らずに一気に下り降りた。かかった時間は登りの半分くらいだったと思う。トレイルを完歩した瞬間はやっぱり気分が良い。1日使えるならこれくらいのトレイルがちょうど良いな。

帰りがけにビールを買い、キャンプサイトに戻ってから食事の支度。この晩は残りものヌードル。悪くはなかった。前の晩は風が強くてテントに入らざるを得なかったが、この夜は辺りが真っ暗になるまで外に。ビールの空き缶がたまり、ウイスキーの小瓶を空にしてから寝る。焚き火がないのはやっぱり寂しいと思った。

3日。帰る。早い時間に戻るつもりが、結局Moscowに到着したのは12時近く。面白かった。次の日の学校に憂鬱になりながらベッドへ。

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