Starwarsについて
▼2002年 5月22日 (Wed) -- No.[401]
僕の手元に過去に公開された全映画の興行成績ランキングというのがある。Starwarsシリーズはそのベスト15の中に、シリーズ全4作品がランクイン。前の日記を書いてて、この映画が、ここまで人々を引きつける理由は一体何なんだろうと考えるようになった。スターウォーズシリーズは全作品を通じ、日常からかけ離れた壮大な世界観が確立されているからだ。僕がたどり着いた結論がこれ。
映画は一般的にこの世界と日常生活を基礎とした作品がそのほとんどを占めている。例えば今年のアカデミー作品賞を取った"A Beatiful Mind"は、現代に実在する数学者の数奇な人生を追ったもの。栄光の興行成績第一位、"Titanic"は過去の事件の映像化。また只今公開中の "Spider-Man"は、主人公が非現実的な能力を持ち合わせているとは言え、普段はその辺にいそうな青年で舞台はニューヨークという実在する大都市だ。
それらの映画は基本的に僕らの日常とどこかで繋がってる。僕ら観客はスクリーンを眺めながら、自然と劇中の登場人物に自己を投影し彼らに感情移入する。そうする事でストーリーを身近なものとして感じて楽しんでいる訳だ。ただし、映し出される映像は自分自身が住む環境とは少しだけちがう。僕らはそうした「非日常」を疑似体験するために、貴重な時間とお金を払って映画館に足を運んでいるのだろう。
その反面、スターウォーズは"A long time ago in a galaxy far, far away..."で始まる銀河帝国という全く想像の世界が舞台となる。この世には存在しない「フォース」を駆使し、ジェダイというこれもまた架空のヒーロー達が主人公。
観客はもちろんスターウォーズに登場するキャラクター間のやり取りに、自分自身の姿を重ねる事はできるだろう。"II" に関して言うと、アナキンとアミダラのラブストーリーがそれに当てはまる。しかし全体として、この映画が構築してきた世界観はあまりに現実離れしている。その結果、他の映画を観る時のようなキャラクターへの自己投影、または舞台設定への同化が機能し得ないのではないか。でもそれとは逆に、僕らは「非日常」を超えた「非現実」を見出す事が可能になる。ここにはドラック中毒患者や、環境問題、あるいはテロリストなど、僕らが送っている日常生活と繋がるものは何もない。
映画で経験できる非日常だが、「非日常」と言っている時点で、それはすでに日常と連鎖している。しかしスターウォーズの非現実性を経験する事は、日常の範疇から抜け出す事を意味している。そしてその結果、観客達は「日常生活」そのものを忘れる事ができるのではないか。高度に複雑化した社会で、僕らは実は大事なのかそうでないのか、それさえわからない事に気を揉んで生活している。でも思い出して欲しい。スターウォーズのような 100%が空想で固められている映画を観てると、普段感じるている面倒な問題は頭の片隅からも消え去っているはずだ。僕らはそうやって、日常生活を抜け出して頭をからっぽにする数時間を、気がつかないところで欲しているのだろう。
第一作が公開されたのは実に25年前。その間にスターウォーズは独自の世界観を築きあげてきた。ノベライズされたものを手にする事も可能で、映画以上の情報を知りたくなったら、さらにその世界にどっぷりと浸ることもできる。この映画がそこまで人々を魅了して止まないのは、実に四半世紀もの間、非現実を超えたしっかりとした別世界を作り上げた事がその理由だろう。昨年相次いで公開された"Harry Potter"と "The Lord of the Rings"も独特の世界観を基にストーリーが展開されている。しかし両作品とも、スターウォーズと比べると、その世界が確立しきれていない。もっとも 25年かけて築き上げてきたものと比べるのは酷かもしれない。そう思うと、これからこの作品群を超えるSFシリーズが果たして生まれるのか、僕は大きな疑問に思えてならない。