« どうでも良いこと第二弾 | Home | テーマソング »

現代日本の男性

▼2002年 9月 6日 (Fri) -- No.[17]

料理について書いてた時ふと思った事。現代日本の男性が中性的になったと言われるのは、一人暮らしする独身男性が増えたのと関係あるような気がしてならない。

過去の日本においては独特の家制度により、男は外に糧を得るために出かけ、家で雑務をこなす必要は一切なかった。その時代の残影が色濃い60年代、70年代でも、実家から離れて生活する場合に例えば下宿制度などの存在があったため、家事の負担は遥かに少なかったであろう。今現在、地方から仕事で出てきた場合一人暮らしが多いと思う。同じように大学へ通うような時にも一人暮らしを選ぶ学生が多い。寮などに入る事があったとしても、結婚し自らの所帯を構える前には、何らかの形で必ず一度は一人暮らしを経験するだろう。

そんな一人暮らしでは生活に余裕がない限り、何から何まで当然一人でやらなければならない。炊事、洗濯を含めた家事全般に及ぶそれらを、僕ら男は必要に駆られながら一通り身に着けて行く。慎ましく生活するためだ。僕が都内で一人暮らしをしてた時は、たまに裁縫などもした記憶がある。そんな一人暮らしを経験した僕らは、その後結婚して家庭を持った時、一人暮らしで培った家事の経験が自然と反復されてしまう。仮にパートナーが家事を専門としていたとしても、僕らは気付かずに洗濯物を畳んだり食器を洗おうと体が動くのだ。

一般論としてこのように片付けられるとは思わないが、少なくとも僕自身はこのケースに当てはまると思う。同じような男性も世の中には沢山いるだろう。独身男性全体が、過去には女性の仕事とされていた家事に抵抗なく時間を割けるようになる。男性の家事に対する理解が増したとも言えるかもしれない。女性の社会的地位が向上し男性化していくのと同じ歩調をとって、同じように男性が女性的になる。そんな家事をする父親を見て男の子は育ち、昔の世代が抱えていた先入観なしに家事を進んでするようになる。その結果両性ともより中性的に変化していく。

「男は外、女は中」的な考えはやはり理不尽な考え方だと思う。でも個人的に「男らしさ」「女らしさ」はあってしかるべきだとも思う。女性には力仕事などやりにくいだろうし、男性では人が集まる場所を華やかに飾る事は難しい。男女の区別ではなく、人間として得意不得意分野があるのは当たり前でもある。人間とは自分に無いものを持つ人に自然と惹かれていくもの。自分から見て一番欠けているものを内包しているのは、昔から変らず常に対となる性だった。だから男と女はお互いの欠点を補うため、生活を共にしてきたのだ。

ところで「女々しい」って、近い将来差別用語に該当するようになるかもしれませんね。

Trackback

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.shotarowatanabe.com/cgi-bin/mt3/mt-tb.cgi/391

コメントを投稿

Search Word Cloud