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総武線

▼2003年 3月31日 (Mon) -- No.[481]

午前8時18分、JR中野駅5番ホーム、総武線西船橋行き。もはやルーティーンになりつつある、「満員電車」という名の戦いが始まろうとしている。ここから会社のある山手線五反田まで凡そ25分。10ラウンドにまたがる短期戦だ。

この勝負の良い部分は、階級制であるところに尽きるだろう。総武線は中野からも始発が出ている。しかしバンタム級の俺にとって、ひと気の少ないミニマム級(始発電車)じゃぁパンチの差は歴然で勝負にならない。満員電車というルールのある戦争に身を置く俺にとっては気が引けるってもんだ。その為俺は、敢えて強者どもが目を血走らせて乗り込んでいる、三鷹始発の車両に身をゆだねる事にしている。義理と人情。正義と悪。法学部出身の俺はこういうところで律儀深いんだ。

ところでこの総武線がバンタム級なら、埼京線、あれこそヘビー級だ。ベルトを統一してやっても良い。さすが「サイキョウ」の名に恥じることはない。百戦錬磨の猛者どもがワンサカいやがる。無策な女などが乗り込んだら、3秒後にはケツにアッパーが飛んでくる無法地帯ときている。ウム、これじゃぁタチが悪いのも頷けざるを得ないな。俺は過去に一度だけ栄光のベルトを返上し、朝の埼京線に立ち向かった事があった。しかしアレには参ったぜ。背骨がポックリ折れるかと思ったあの衝撃は、今ではトラウマと化しているほどだ。情けねぇったらありゃしねぇ。背後からの強烈なバッティングに、俺は思わずシートに並ぶヒザに突っ伏す寸前だった。その時は俺の鍛え上げられた背筋が勝利を収めたとは言え、ダウンしたら二度と立ち上がれないのがこの世界。その後に待ち受ける灰のような人生などまっぴらだ。しかし!いつまでもそんな記憶に苦虫を噛み潰している暇など元々持ち合わせていない。俺は常に人生を行き急いで来た。これからもそれは変わらない。いや、変われないのだ…。

強化策その1、俺はまず、このバンタム級で自信を取り戻すと同時にスピードを倍増させる。その2、ミドル級(山手線)でパワーを付ける。その3、スタミナは毎日のロードワークだ。そして体脂肪率5%の肉体を作りあげた時こそ、再びあの忌々しい統一ヘビー級に挑んでやろうって寸法よ。目指すベルトは視界に入っている。ひとまず俺の課題はこの「中野ラウンド」から道のりで基礎を徹底させる事だ。え?何だと…?

出直して来やがれ!「ラウンド」=「駅」に決まってるじゃねぇかヴォゲー!俺は高円寺ラウンド方向に視線を送った。朝の日差しで照らされ立ち上る熱気の中で、太陽よりも光り輝く黄金の車両が見えてきた。体温が0.2度上昇する。揺らめく空気の中で、その姿は除々に大きくなって行く。俺は数秒間目を閉じて「勝ち」をイメージした。いよいよだ。黄色い線の内側に立つ俺が目を開けるのと、電車がホームに滑り込んできたのはほぼ同時。そして気づかぬ間に力が入った首筋をポクポク鳴らして解し、腹式呼吸で息を整える。
リングアナの絶叫。「5番線電車がトウチャク!」、狂ったように響くその声がゴングだ。ファイッ!(続く)

応援

▼2003年 3月27日 (Thu) -- No.[480]

うぁぁぁぇぁぁああぁぁぁああーー!

ドクター中松氏、都知事選堂々の再出馬!サインまでもらって握手までしてもらった僕は当たり前だけど応援します。最近なんちゃって都民になった僕は投票するしかないっしょ。石原なんて相手じゃない!

不思議な光景

▼2003年 3月25日 (Tue) -- No.[479]

帰宅途中の出来事。チャラチャラしたスーツを着た若い男が、花屋の親父に説教を食らっていました。すごく不思議な光景。一体何があったのか…。

マルチ

▼2003年 3月23日 (Sun) -- No.[478]

数週間ほど前、友人の誘いでとある「商品」についての説明会に出かけてきた。"Multi Level Marketing"いわゆるマルチ商法。長野オリンピックの公式スポンサーにも、この類の会社が含まれていた記憶があるから、世間でもある程度は認知されていると思う。僕は過去にやはり人から誘われた事はあったが、そういうのを実践する事に関しては縁が無かったし、何回か彼にその話を聞いても興味が沸くことも無かった。しかしながら彼の熱心な誘いで、折角だから話を聞いてみようと思った訳だ。僕は彼とその考え方を熟知しているつもり。それもあって、一体何に対して熱を上げているのか純粋に興味があったし、またこの手の商法もどういう仕組みになってるのか、この目と耳と頭で確かめる意味合いも強かった。結論を先に書く。体への有効性を中心とする商品の説明の前半と、ビジネスの可能性について説く後半。休日の午後、4時間近く及んだセミナーに参加したが、その内容(商品とビジネス)は僕を揺さぶるほど強烈では無かった。「騙されたと思って」やってみようとも思わなかった。

その健康商品は目に良いとされているもので、セミナー会場には盲目の人も訪れていた。丁度彼女が子供の肩に手を乗せ、白い杖を付きながら僕の横の階段を上っていってからすぐにセミナーが始まった。前半は商品を定期的に取っている人たちが、いかに体調が良くなったのかという体験談や、成分の詳しい説明と共に何がどう効くのか、イラストを使用した解り易い説明が続いた。目だけでなく、ダイエット、花粉症、糖尿病、神経不随、頭痛、生理痛、便秘などなど、誰でも思い当てはまる事に対しても効果はあるそうだ。壇上のスピーカーはテンポの良い話の運びで、時にシリアスに、また時に笑いを誘い、聞いていて面白かった。10分の休憩を挟んで後半のビジネス部門へ突入。休み中に盲目の女性は再び子供に手を取られて会場を後にする。彼女にとっては金儲けの事など関係ない、純粋に視力が戻れば。マルチ商法を規制する法律は確かにある。が、実際に良く行われている商法は、条文の内容と少しだけ違ったりして、厳密には法に当てはまらない形で慣行されている。この商品に関しても、同様の仕組みが組まれているようだ。前半と同じスピーカーが、今度は頑張ればいくら儲けられるのか熱心に語っている。周りを見渡すと、真剣な眼差しの出席者は彼の一言一言に対してウンウンと頷いている。僕はそれが無性におかしく笑いそうになってしまった。そんなこんなで午後1 時から始まったセミナーは、夕方5時前に終了。

確かに効果がある「かもしれない」というのは良くわかったし、金儲けができる「かもしれない」というのも良くわかった。でも僕は結局そのスピーカーが信じられなかった。世界中には目が見えなくて、体が悪くて、本当に困っている人たちが沢山存在している。彼とその会社が絶対的にその商品の効力に自信があるのであれば、なぜ「口コミ」みたいに小さなセミナー会場でコソコソ説明せず、マスコミ媒体を経由して世間に知らしめないのか?自社の製品で人を沢山助けられる喜びを得ようと思わないのか。それにそんなに効力のある商品は、どうして薬事法を経由した本来の「薬品」ではないのか。盲目の女性が帰った後、後半のビジネスに関する説明の時、「ビジネスを本気でやろうとする人」に商品を紹介しなさい、と言ったスピーカー。目の見えない人はここでは関係ない、体で困ってる人はその次だと言い切ったスピーカー。視力に障害があって本当に困ってる人はきっと藁にもすがる気持ちで、彼の話を聞いていたのだろうに。僕は実際に会場にいた盲目の女性の事を考えたら、とても悲しくなってきた。このセミナーを紹介してくれた友人には悪いが、むしろ怒りさえ覚えた。もしかしたら僕はここで大きなチャンスを逃したのかもしれない。確かに僕は目が悪くて、めがねやコンタクトを使用している。もしかしたらそのコンタクトもいらなくなったかもしれない。それでも僕はスピーカーの人間性が信じられなかった。

その商品を出している会社のウェブページから引用する。
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私たちがいう健康とは、身体的兼行(肉体的健康)に留まらず、精神的健康(心の健康)、社会的健康(社会性)、家族的健康、経済的健康、も含めて意味するものであり、その目的を理解する愛用者と一体となつた流通システムの構築により、多くの人々への普及と社会への還元をする事を第一義とします。
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僕がその友人と知り合ってから4年ほど経過している。彼もその商品の愛用者だが、「自分にはまだ効果が出ていない」と言っていた。しかし僕は彼に大きな効果が既に出ていると思う。僕の知っているつい最近までの彼は、決して活発とは言えない性格の持ち主だった。言葉を変えると「暗い」とも言えた。しかし彼がこの商品に出会い、ビジネスに関しても本気で取り組んでから、彼は見違えるほど活発になっていた。それは話していても良くわかるし、彼の行動を見ていてそう感じる事が出来る。彼は変わった。それならそれで良いんじゃないか。

ウェブページの引用通り、彼にとってはとても良い商品であったと僕は思う。

アメリカとイラク

▼2003年 3月21日 (Fri) -- No.[475]

誰でも良いんです。誰か僕にアメリカとイラク、それぞれの主張を説明してください。僕が小学1年生の子供だと仮定して、それでも理解できるように出来るだけ解りやすい言葉で説明してください。

僕に出来る事はナンなんだろう。そう考えてもすぐには答えが見つかりません。でも僕は何かをしたくてしょうがないのです。

僕は戦争で失われる命の尊さを実感したい。だから僕は、生きてる実感を得るため、明日一日を費やして山手線を1周この足で歩いてきます。

そんな事をしても意味がないと思われるかもしれない。でも少なくとも、自分が生きてる喜びを得られると思う。それと同時につらさも味わえると思う。

僕らはその両方を糧に、生きているんだ。

中野パペラ(その4)

▼2003年 3月20日 (Thu) -- No.[477]

2003/03/15(土)「中野パペラ」続き

コーヒーのアロマを楽しんでいると、意外なモノまで刺激してしまった事にふと気が付いた。俺は異様にウンコの出が良い。そう、大量のスパイスにより胃だけでなく大腸まで刺激を与えてしまったのだ。俺の下腹部が悲鳴を上げつつある。俺はスポットライトの当たる華やかなステージで歌うアイドルさえする、例の行為に席を立とうとしたが、思うところがあって留まった。いやダメだ。まだ「練り」が足りないぞ。下から出すなら上から爆発させた方がまだマシだ。

その波が収まった俺は静かに、しかし威厳あふれる足取りでみたびカレーを取りに向かう。何時の間にか店内に流れていたBGMが終わっていた。あまりにカレーに集中していたせいか、俺はもはやランチタイムが終わりに近づいている事をようやく悟ったのだった。壷に残されたカレーは底が覗けるほど少なく、それまで幾重にも積み上げられていたナンも見当たらない。

ホホゥ…敵は「品切れデス作戦」と来たか。どうやらアチラさんの持ち駒が無くなったようだな。顔の濃いスタッフは、残されたサフランライスとカレーをありったけ食おうとする俺に対して怪訝な視線を送っていた。さらに俺はミルクティーにまで手を出すしまいだ。「まだ食うのか(怒/驚)」、そんな心の雄たけびが今にも野郎の喉から飛び出してきそうだ。いかにも早く店内から客を出して休憩をしたい、という魂胆が見え見えなんだよ。この時点で勝負は付いたと言える。そんなスタッフに対し、俺は最後のとどめをさす。「すみません、ナンが食べたいのであと2枚ほど焼いて頂けますか?」丁寧な言い回し。コレでどうだ。

そう言ってからヤツの反応を注意深く探ってみた。凝縮された緊張があたりを包む。…もう彼の目には、俺に対するギラギラした敵意の眼差しは含まれていなかった。「ショショウお待ちくださヒ」。最後は奇妙な日本語を使い、同時に目はどこか泳いでいるように中空を漂っていた。俺の言いなりに為らざるを得ないという認めたくない事実を、ヤツはプライドを殴り捨てて消化しようとしているのだ。

俺は「お前のせいじゃないんだぜ…」という武士の情けが込められた視線を送った。するとヤツは「(ウルドゥ語で)アリガトウ…」と言ってきた。こういう世界に住んでいる俺たちは、言わば似た物同士なのだ。経験を積めば積むほど互いに感じる部分は似通ってくる。俺たちの心が通じた一瞬だった。

しばらくしてヤツは優雅に最後のカレーを楽しんでいる俺の席まで、そして俺だけの為に、焼きたての香ばしいナンをサーブしにやってきた。彼はどこかほっとした表情をしている。そのプロ魂には敵ながらアッパレだ。俺は猛烈に感動したぜ。その安らかな笑顔を見ただけで、ここまで足を運んだ甲斐があったというもんだ。俺はそのスタッフ、そして手に汗握る時間をプレゼントしてくれたこのレストランに敬意を払うため、米粒一つ、キーマのひき肉一粒まで残さず皿を片付けてやった。腹も心も大満足だ。

コーヒーで腹を収めてから席を立つ。再び流暢な日本語に戻ったスタッフが「お忘れ物はございませんか?」という暖かい一言をかけてくれた。「忘れ物?思い出だけだよ…。」と俺は言い残し、彼の視線を背に、それまでの1時間半を思い出しながら外へと続く階段を上がる。「88点。」俺が静かにそう呟くと、まだ日が高い中野の雑踏は、少しだけ春が近づいたように感じられた。(終わり)

後書き
実話が90%のフィクションです。いつの間にかとても長くなってしまった文章ですが、これは最近BBSにも書き込んでくれているカトー君が創り出すテキストに触発されたものです。彼のウェブページにはこんな感じの文章が沢山あるので、ぜひ行ってみてください。個人的にかなり好きな文体です。でもこういうのって書いてて難しいね。アドレスはこちら。ついでにここで扱った「中野パペラ」のウェブページはこちらなので、興味のある人は是非どうぞ。

中野パペラ(その3)

▼2003年 3月18日 (Tue) -- No.[476]

2003/03/15(土)続き

チキンカレーの舌触りが微かに口の中に漂っている。しかしこれまで4種類のカレーを味わっている途中では、まだ辛さを抑えるヨーグルトに俺の手は伸びなかった。チキンの刺激に対して本能的に左腕がピクリとしたとは言え、俺は無意識の内に動いていた左腕を、右腕の理性で押さえ込んでいたのだ。オーケェィ、一度ここで仕切り直すのも悪くないアイデアだ。俺はここで初めて自らの意思と共にヨーグルトドリンクを手に取った。

完全に落ち着きを取り戻した俺は、続いてナッツが入ったような米(サフランライス)とカレーを、フックの効いた絶妙な手さばきでサジに乗せる。一流の職人が量ったように2:3の割合だ。え?何だと…?

カレーが「3」に決まってるじゃねえかボゲー!予想していたとは言え、ライスと共にほお張ると辛さは半減するぜ。2種類あるサラダにも順に手を伸ばしたが、一般的なグリーンサラダの他にある、生の玉ねぎがカットされたこのサラダは何なのだろう。これはパキスタンでは伝統的なカレーとの盛り合わせなのか。さながら日本でいう副腎漬け、あるいは井出らっきょだな。しかし俺を納得させるには10年早い。悔しかったら理詰めで来い。理詰めで。

一見無造作だが、計算され尽くした上で配置されている皿たち(ここでも自らの持つ審美的な側面が見られる)を一通り味わった俺にとって、次は男の根性を見せる番だ。テーブルに添えられているブラックペッパーとチリペッパーを色が変わるほど降りかけた。しかしこれだけじゃオワンネェ。実は入り口に偉そうに掲げられていた「食べ放題」という看板。これが俺に火を付け、カレーという名のガソリンを含んだ俺の血潮は、もう誰にも抑えきれない程熱く煮えたぎっていた。消防車だ!ついでに救急車も呼んどけ!俺を挑発しやがったこのカレー屋。俺は「最低3回往復」という報復活動に出た。

ここまで来たら食いまくるしかない。俺は羞恥心さえ無くしてバク食いした。時には周囲の視線を気にしない勇気も、何かを成し遂げる過程には必要なのだ。軽く1度目、2度目のカレー壷往復作戦を終える。言うまでも無くその度にサフランライスとナンも追加していた。一度テーブルに運んだものをきれいに片付けてから、次なるターゲットへ流し目を送るのが俺の流儀だ。

既に大粒の汗が噴出している。駅前でサラ金のポケットティッシュを数個ふんだくって来た甲斐があった。そして俺はこのタイミングを計り、コーヒーで口を濡らす。カフェインを注入して胃の活動を助けるのだ。この様な戦いでは外から攻めるのも大切だが、実は内から攻める効果が絶大。フフ、「敵の前に味方を騙す」、先人たちも賢く言ったものだ。(続く)

中野パペラ(その2)

▼2003年 3月17日 (Mon) -- No.[474]

3/15(土)「中野パペラ」続き

軽く握ったスプーンで、俺はまずはカレーのみ全種類を試す事にした。この日のカレーはチキン、ベジタブル、豆、キーマの4つ。種類は日によって異なるらしい。毒々しい原色たちの彩が目にチクチクする。最初は無難にベジタブルからだ。おそらく日本人が想像するカレーに一番近いはず。ちなみに「次期」日本の象徴は山菜カレーを好んで口にするそうだ。しかし!ここは東京砂漠にあるパキスタン。何があるかわからない。そのスプーンに乗ったベジタブルカレーを口運んだ俺は思わず唸りをあげた。こっ…このネバネバ感は一体!?

程よく落とされた照明のせいか、俺はうかつにも何かを見失っていたようだ。目の前の皿に視線を落とす。納豆とカレーの取り合わせは経験済みだったが、まさかオクラが来るとは予想外な展開だ。舌に突き刺さるスパイスと、それを包んで和ませる不思議な粘り気。認めたくはないが絶妙の取り合わせに違いない。おっとヨーグルトに目がくらんで基本中の基本、ウァーラァー(water)を取りに行くのを忘れていた。皿の上で味が混じらなくても、口の中で混在しては全く意味が無い。俺の土俵際での踏ん張りは若乃花ゆずりなんだヨ。

水で口をゆすいだ次は、ひき肉たっぷりのキーマ。男の原点は肉だ。ミート君じゃない。肉だ。コレ最強。しかしながら一口大に切りそろえられた肉ではなく、赤茶色のソースにグチャグチャしたひき肉という取り合わせは目におどろおどろしい。この日常を逸した異様なスペクタクルにより、審美的な一面を持つ俺は自らの弱さを垣間見た気がした。己の弱点を知るのは強くなる第一歩だ。これでまた敵が減ったかと思い、カレーのことなど忘れ俺はニヒルにほくそえむ。

およそ0.3秒の間にそんな事を考えた俺は、ようやくキーマを味わった。ムム…、これは辛いぞ。続けてもう一口。やはり瞬間的に頭のテッペンに血が上るような辛さだ。その辛さの出る方向は、まるでアクセル・ローズがシャウトする時、後頭部から金切り声を搾り出す時にも似たオリジナルティだ。でも待て。辛さにコダワル最近の俺、こんなモノの敵である訳がない。自宅でブラックペッパー、チリペッパー、唐辛子の3羽ガラスを2ヶ月に一度空にする俺にとってはションベン同然だ。

店内は永遠のように向こうのビデオが流されている。彼女は一体何を歌っているのだろうか。パキスタンカレーの店だが、インド映画のような気がするのは俺だけだろうか。永遠と流されているのであろうビデオに気を取られないよう、俺は再び集中して皿に向かう。

ここで俺はムン!とチキンカレーを勢い良く喉に流し込んだ。しかし英語のスラングで「チキン=臆病者」という知識があったアメリカ帰りの俺。キーマの呪縛から解かれ、知らず知らずの間に油断も芽生えていたのだろう。俺は正直この辛さに度肝を抜かれてしまった。俺としたことが…。基本的に数種類のカレーを出す店では、メニューの中でチキンが一番辛いという暗黙の了解を完全に忘れていたのだ。不覚にも額に汗が噴出してくる。落ち着け!すぐに波は収まるぞ!と自分に言い聞かせ、挙動不審に見られないかサッと店内を見渡した。視線が切れるあたりで人影が動いた。俺をこの店に迎え入れた男だ。何か見られたか?

動揺を紛らわすよう、立て続けに豆カレーを口に運ぶ。今思うとここで水で口をすすぐのを忘れていたのも、この俺様がテンパっていた証拠かもしれない。俺は落ち着きを取り戻すため、あえてゆったりした動作で黙々と豆カレーを味わった。チキンの辛さを解くのに丁度良いスパイス加減だ。豆独特のふんわりした食感が俺の舌を潤していく。リズム良く顎を動かし、そのリズムで自分自身を立て直していく。自分の尻は自分で拭う、これが戦いの掟だ。(続く)

中野パペラ(その1)

▼2003年 3月15日 (Sat) -- No.[473]

中野にあるレストラン「パペラ」へ。ここは「パキスタンカレー」という、非常に興味をそそられるメニューを持つ店である。「パキスタン」と「カレー」という、俺の人生でありそうで無かった究極的融合を想像しただけで、思わず武者震いでフルフルきたほどだ。「パキスタン」と謳ってるだけって、スタッフはAllパキスタン人なのであろうか?店内は遥かインド洋をドンブラ超え、現地から直輸入されたスパイスの香りが充満しているのだろうか?本物のインド人はスプーンを使わずにカレーを食らうと聞くが、パキスタン人はどうなのだろうか?俺の想像は勝手に膨らんでいく…。

ランチタイムに行くと数種類あるカレーを全てテイストできる。俺はあえてこの時間を狙い(実は夜より安いから)、道に迷いながら中野のカオスを彷徨った。ようやく見つけた地下へと進む階段へ足を踏み入れる。この時の緊張感は毎回たまらないナ。薄暗い店内。この隠れ家的雰囲気は、男が存在的に持つ冒険心を満たしてくれるに違いない。上々のスタートだ。少し緊張気味の俺を迎え入れたのは、パキスタン人なのか区別はつかないが顔の濃い中東風の男。店内には想像通りのスパイスの匂いだ。俺の胃液が音を出すように分泌されてきた。

「いらっしゃいませ。奥へどうぞ。」濃い顔の先制パンチだった。たどたどしい日本語を予想していたのに反し、予想外の流暢な日本語だった。ここは侮れない!俺の戸惑った様子を感じ取ったのか、不適に笑みを浮かべる男。俺は何も無かったかのように装い、言われたままカウンターの奥へと進んでいく。進むに連れて聞こえてくるエスニック調の BGM。フッ…、出かけた冷や汗が引いていくぜ。突き当たりは割りと広いスペースが広がり、大きな丸テーブルとイスが6セットほど置かれていた。先客は二組ほどだが、その内の一組は見るからにインド/パキスタン系の顔立ちグループ。こういう店は安心できる。

俺は通されたテーブルには着かず、そのままカレーを取りに早足で歩く。ここからが本当の勝負の始まりだ。ナッツのような物が混じってる米を皿に盛る。4種類あるカレーをそれぞれ小鉢に。一つの皿に4種類のカレーを同時に置いたら肝心のカレーの味が混じってしまう。こうなったら土俵に上がる前に負けも同じだ。土壇場での冷静な判断力は我ながら大したものだな。両手がふさがった俺は一度テーブルに戻る。目の前が一気に華やいだようだ。さらに辛さを紛らわすヨーグルトジュースをコップに注ぎ、大盛りのサラダと焼きたてのナンを数枚携えた俺はようやくイスに腰を降ろした。そしておもむろにスプーンを右手に…(続く)

ウコン

▼2003年 3月14日 (Fri) -- No.[472]

いまだに良くわからないナゾの物体として「ウコン」というのがある。そんな訳で「ウコン」の文字列を目にすると「ウンコ」と読み違えてドキリとする。

改めてそう思ったのは、先日電車に乗ってる時、「再発見ウコンの効き目!」というような中吊り広告が目に飛び込んできたから。「やっぱりウンコはすごいのか!」と理由もなく納得したのは良いのだが、よく見たらそれは「ウコンの効き目」であり、「ウンコの効き目」では無く、僕はとてもがっかりしたのだ。

同じような事が過去にも多々ある。「無農薬沖縄産ウコン」というのを見た時は「沖縄の人のウンコは農薬が入っていないので良い肥料になるのか!」と思ったし、「便秘解消・ダイエットに効くウコン」というのには、「まさに毒をもって毒を制すだな!」などと思わずウナル理屈をつけ、「ウコンによるガン予防」というのには「もしかしたらエイズにも効くのかな!?」などなど、「ウコン」と「ウンコ」を読み替えた上で、自分なりに妙な納得をしてしまうのだ。

汚い言葉を連発してすみません。そこでちょっと調べてみたのです。何でもウコンとはインド原産の草の一種。ショウガの兄弟分みたいなものらしく、とても体に良いそうです。なのでみなさんもこれからは「ウンコ」と読み違えないでね!

五月病

▼2003年 3月11日 (Tue) -- No.[471]

5月病と言う言葉がある。大辞林によると「四月に入った大学新入生や新人社員などに、一か月を経た五月頃に見られる、新環境に対する不適応病状の総称」となるのだが、では2月から入った僕はどうなるのだろう。

早いもので社会人になって1ヶ月が経過。生活のリズムに確かに慣れてきたように思う。朝目が覚める時間、乗る電車、昼食のメニュー、オフィスでの息抜き、帰宅途中の寄り道、夕食、そして自分の時間などなど。入社した当時は土日と言えども朝早く目が覚め、「休みだった」事に気づく事が多々あった。でも最近は割りとぐっすり眠れるようになったのも、それまで無意識に横たわっていた緊張感が解れた証拠なのかもしれない。

4月に新しい環境に入った場合、そういう時期が訪れるのが5月。緊張感で動かしていた体に軋みを感じるのが5月。それなら会社に入ってから一ヶ月が経った僕も、5月病ならぬ「3月病」を感じる事があってもおかしくはないのだ。

本格的にストレスを感じる出来事に対峙してないだけかもしれないが、幸い気分が鬱になるような症状は出ていないし、これからも出そうな雰囲気はない。そんな 3月中旬。外はまだ風が冷たいけど、今は少しずつ暖かくなるのを心待ちにしている。僕の近い将来像もそれに重ねて考えてみる。

五月病

▼2003年 3月11日 (Tue) -- No.[471]

5月病と言う言葉がある。大辞林によると「四月に入った大学新入生や新人社員などに、一か月を経た五月頃に見られる、新環境に対する不適応病状の総称」となるのだが、では2月から入った僕はどうなるのだろう。

早いもので社会人になって1ヶ月が経過。生活のリズムに確かに慣れてきたように思う。朝目が覚める時間、乗る電車、昼食のメニュー、オフィスでの息抜き、帰宅途中の寄り道、夕食、そして自分の時間などなど。入社した当時は土日と言えども朝早く目が覚め、「休みだった」事に気づく事が多々あった。でも最近は割りとぐっすり眠れるようになったのも、それまで無意識に横たわっていた緊張感が解れた証拠なのかもしれない。

4月に新しい環境に入った場合、そういう時期が訪れるのが5月。緊張感で動かしていた体に軋みを感じるのが5月。それなら会社に入ってから一ヶ月が経った僕も、5月病ならぬ「3月病」を感じる事があってもおかしくはないのだ。

本格的にストレスを感じる出来事に対峙してないだけかもしれないが、幸い気分が鬱になるような症状は出ていないし、これからも出そうな雰囲気はない。そんな 3月中旬。外はまだ風が冷たいけど、今は少しずつ暖かくなるのを心待ちにしている。僕の近い将来像もそれに重ねて考えてみる。

やっと

▼2003年 3月 5日 (Wed) -- No.[470]

やっと自宅でのインターネット生活スタート。でもPCの調子が悪いなー。

転んだ

▼2003年 3月 1日 (Sat) -- No.[469]

大雨。数年ぶりに転んだ。転んだ先は深さ5cmの水溜りだった。

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