中野パペラ(その2)
▼2003年 3月17日 (Mon) -- No.[474]
3/15(土)「中野パペラ」続き
軽く握ったスプーンで、俺はまずはカレーのみ全種類を試す事にした。この日のカレーはチキン、ベジタブル、豆、キーマの4つ。種類は日によって異なるらしい。毒々しい原色たちの彩が目にチクチクする。最初は無難にベジタブルからだ。おそらく日本人が想像するカレーに一番近いはず。ちなみに「次期」日本の象徴は山菜カレーを好んで口にするそうだ。しかし!ここは東京砂漠にあるパキスタン。何があるかわからない。そのスプーンに乗ったベジタブルカレーを口運んだ俺は思わず唸りをあげた。こっ…このネバネバ感は一体!?
程よく落とされた照明のせいか、俺はうかつにも何かを見失っていたようだ。目の前の皿に視線を落とす。納豆とカレーの取り合わせは経験済みだったが、まさかオクラが来るとは予想外な展開だ。舌に突き刺さるスパイスと、それを包んで和ませる不思議な粘り気。認めたくはないが絶妙の取り合わせに違いない。おっとヨーグルトに目がくらんで基本中の基本、ウァーラァー(water)を取りに行くのを忘れていた。皿の上で味が混じらなくても、口の中で混在しては全く意味が無い。俺の土俵際での踏ん張りは若乃花ゆずりなんだヨ。
水で口をゆすいだ次は、ひき肉たっぷりのキーマ。男の原点は肉だ。ミート君じゃない。肉だ。コレ最強。しかしながら一口大に切りそろえられた肉ではなく、赤茶色のソースにグチャグチャしたひき肉という取り合わせは目におどろおどろしい。この日常を逸した異様なスペクタクルにより、審美的な一面を持つ俺は自らの弱さを垣間見た気がした。己の弱点を知るのは強くなる第一歩だ。これでまた敵が減ったかと思い、カレーのことなど忘れ俺はニヒルにほくそえむ。
およそ0.3秒の間にそんな事を考えた俺は、ようやくキーマを味わった。ムム…、これは辛いぞ。続けてもう一口。やはり瞬間的に頭のテッペンに血が上るような辛さだ。その辛さの出る方向は、まるでアクセル・ローズがシャウトする時、後頭部から金切り声を搾り出す時にも似たオリジナルティだ。でも待て。辛さにコダワル最近の俺、こんなモノの敵である訳がない。自宅でブラックペッパー、チリペッパー、唐辛子の3羽ガラスを2ヶ月に一度空にする俺にとってはションベン同然だ。
店内は永遠のように向こうのビデオが流されている。彼女は一体何を歌っているのだろうか。パキスタンカレーの店だが、インド映画のような気がするのは俺だけだろうか。永遠と流されているのであろうビデオに気を取られないよう、俺は再び集中して皿に向かう。
ここで俺はムン!とチキンカレーを勢い良く喉に流し込んだ。しかし英語のスラングで「チキン=臆病者」という知識があったアメリカ帰りの俺。キーマの呪縛から解かれ、知らず知らずの間に油断も芽生えていたのだろう。俺は正直この辛さに度肝を抜かれてしまった。俺としたことが…。基本的に数種類のカレーを出す店では、メニューの中でチキンが一番辛いという暗黙の了解を完全に忘れていたのだ。不覚にも額に汗が噴出してくる。落ち着け!すぐに波は収まるぞ!と自分に言い聞かせ、挙動不審に見られないかサッと店内を見渡した。視線が切れるあたりで人影が動いた。俺をこの店に迎え入れた男だ。何か見られたか?
動揺を紛らわすよう、立て続けに豆カレーを口に運ぶ。今思うとここで水で口をすすぐのを忘れていたのも、この俺様がテンパっていた証拠かもしれない。俺は落ち着きを取り戻すため、あえてゆったりした動作で黙々と豆カレーを味わった。チキンの辛さを解くのに丁度良いスパイス加減だ。豆独特のふんわりした食感が俺の舌を潤していく。リズム良く顎を動かし、そのリズムで自分自身を立て直していく。自分の尻は自分で拭う、これが戦いの掟だ。(続く)