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ボブ・サップ




ボブ・サップってWSUじゃなくてUWだったのね。紛らわしいなー。

Matrix Reloaded

僕は以前から鑑賞した映画評を日記に残している。外部に向けて自分が下す判断に責任を持つため、映画の総評も5点満点で点数化してきた。かなり個人的な見解を伴うので、必ずしも皆さんの意見とは一致しないだろう。むしろその可能性が高い。今回もそれにならって映画"Matrix Reloaded"の感想を書く。以下に書くことはあくまで僕自身が持った印象。なので軽く読み流してください。もし今からこの映画を見に行く予定があって、余計なバイアスを叩き込まれたくない人は、ここから先へ進まないように。

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"Matrix Reloaded"を渋谷で。僕は第一作がとても好きだった。その世界観、プロット、映像美、衣装、音楽などなど。特に全体を支配する思想に痛く共感した。同じようなことを僕も中学生くらいの頃から考えていた、全ては何かにコントロールされているのではって。僕は前作を映画館では見なかったが、ビデオとDVDで何度も観た。今でもPCのスクリーンセーバーは、あのコードが上から流れ落ちてくるのを真似たものだ。ここ何年もそうやって緑の文字が落ちてくるのを眺めながら、僕はずっと続編を楽しみにしていた。それを踏まえて・・・。



"Reloaded"は面白くない。



@全体的な緊張感の欠如

確かに緊張はする。でもそれは弛緩があって浮き立つもの。あれだけ連続であってもね…。それに僕はこの映画に笑いを求めている訳ではない。トーンを落とした映像は踏襲していただけに、物語もあくまでシリアスに、切なく進んで欲しかったのが本音。セックスを感じさせるシーンは不要。何だか俗物的にさえ思えた。



A話が過度に飛躍

前回はネオが力に目覚めるまでの成長を描き、段階を踏んで話しが進められていたのでとても理解しやすかった。しかし今回はいきなり力をバリバリ発揮し、大きな敵と戦っていた。その背景を掴みきれないまま、ストーリーが展開されていたのは残念。わざとらしくても構わないので、もう少し外堀を埋める説明が欲しかった。前作をよく覚えてなかったり、見ていない人にとっては非常に判りにくい作りだと言わざるを得ない。



B多すぎる登場人物

前作に登場した主要な人物は、ほぼ主人公のチームとエージェント・スミスだけだった。今回もキーになる人物はそう多くはないが、それへのツナギのキャラクターが多かった。単純にスクリーンに映し出される人物が多すぎとも言える。スミスは蟻のように沢山いたし、加えて群集の存在もあった。それぞれのキャラがぼやけてしまい、僕は誰を観て良いのか迷ってしまった。その分感情移入しにくい。



C格好悪いローレンス・フィッシュボーン

前から僕は彼が醸し出す雰囲気がとても好きだった。ああやって愁いを漂わせながら、目で演技できる役者はそういないと思う。しかし今回はその反対でマッチョなところが多く、彼の役者としての魅力を感じなかった。ちょっと太って見えたし、群集に向かって大声を張り上げるシーンがあったり、なんだか大雑把に見えた。



Dくどい映像

確かにCGを駆使した映像自体はスゴイと思うし、見える価値は十分にある。でもあれだけドカドカ続けられると、それだけでお腹がいっぱいになってしまう。前作はありそうでなかったワイヤーアクションを大々的にフィーチャー。後の流行になる程衝撃的だったのに。



Eその他

「2作目は面白くない」というジンクスがそのまま当てはまるとは言え、個人的に物語自体は嫌いではない。やはり何でもコントロールされていた。終わり方はある意味前作に近いので、次へ期待も当然残った。彼らが着てる服とか、派手なシーン以外での落ち着いた映像は良かった。細部へのこだわりは、センスの無い僕でさえ良くわかった。キアヌは「ビルとテッド」以来、どんな役でも本質的な知性が不足して見えるが、ある意味この未熟な部分がネオ役には必要なのか。



総評:2.3(5点満点)

前作で築き上げられた世界観が台無し。

中高年のためのパソコン教室

別に僕はPCを操れない中高年層をバカにしてる訳じゃないです。

さっきNHK教育テレビに何気なくチャンネルを合わせていたら、「中高年のためのパソコン教室」みたいなプログラムが放映されていた。中高年はパソコンを使って一体何をするのだ?と興味が沸いてしまい、思わず見入ってしまった。

いかにもありがちな「引越しの挨拶状」の作成をしていた。こういった趣向の番組で、必ずと言って良いほど取り上げられるのは「Emailの書き方」か「インターネットの検索」である。「引越しの挨拶状」は「年賀状の作成」の亜流か。

この番組は「今日の復習」というミニコーナーで番組を終えるのがきまりのようだ。今晩の復習は「ソフトのインストールの仕方」。その3分ほどのVTRが終わり、最後に先生とアシスタント、生徒である老紳士と初老の女性が登場してお別れの挨拶。

「今回の放送をもちまして…」。実は今日初めて番組を見たにも関わらず、いきなり最終回にぶち当たってしまったようだ。でも最終回の最後に「インストールの方法」を復習するってのはどうなんだろう…。僕の知り合いでその中高年向けのPCインストラクターをしていた者がいる。彼女の話によると、ずっと年齢の離れた生徒たちは、本当にダブルクリックができないそうだ。

ところでこの番組のアシスタントには見覚えがあった。マジマジとブラウン管を眺めると…。あの「おしん」の子役で一世を風靡した小林綾子だったのだ。まだちゃんとテレビに出てるんだね、って変に感動してしまった。確か彼女は年齢が僕と同じ、もしくはひとつしか変わらないはず。なぜそう記憶してるかと言うと、僕が日本で大学受験した時、彼女が関西の大学に入ったってニュースを聞いたからだ。立派な大人になったんだね。

ヒトゴトではない。自問自答しなきゃ。僕は立派な大人なのか?

米がない。

ひと月以上自宅に米がない。



でも食事にはまったくこだわらない僕。その間は色々なパスタにチャレンジしている。ミートソース、トマトソース、ペペロンチーノなどの初歩的なレシピはすぐに制覇。ボンゴレ、ペスカトーレなどに手を伸ばした後、白ワインを使ってシーフードを適当に組み合わせる。パスタの良い点はカルボナーラなど一部を除いて味が大きく崩れない点だ。



それでも飽き足りない僕は、ここからいよいよ創造力を発揮する。ミソ、醤油、サラダドレッシングなどの調味料を絶妙にフューチャーさせ、次々と食材を取り入れてみた。中濃ソースを使った焼きソバ風パスタは、まさに中途半端な日本を象徴する東西の融合であった。さらに今度はカレーとかキムチまで使用。沢山残っていた各種フリカケ、並びにお茶漬けのモトなども活用。気のせいか、しかもそれらは総じて美味いのだ。僕は何気に天才なのではないか!?今晩は焼肉のタレでパスタを食ってしまったよ。



米くらい買え。

自宅サーバの初歩

週末を使ってLinuxをインストール。ちょっと前の日記にも記した、常時接続を利用した自宅PCサーバー化計画の初歩の初歩である。Linuxに関しては、実を言うと過去に一度だけ試したことがある。その時はできた事はできたが上手くブートされず、それ以来の再挑戦だった。



Redhat9をインストール。過去に試した8ではチップセットとの相性が悪かったのが失敗の原因。インストール時にはテキストベースで進行せざるを得ず、結果的に事が上手く運ばなかった。9にバージョンアップされた今回のチャレンジではGUI環境でセットアップ。それだけでだいぶ楽だ。



でもやっぱりすんなりと入ってくれない。HDの一番先頭あたりにある30MBのスペースに、製造元の意図でユーティリティプログラムが入っている。それがないと出荷時のリストアが出来ない仕掛けなので、絶対に消去はできない設計である。でもその僅かな領域のおかげで、普通なら自動的にパーティション設定を行ってくれる、インストーラーの働きが邪魔されてしまうのだ。よって手動でHDの領域設定。利用するいくつかの領域がWindowsに比べてややこしいのも難点である。自分で形式を指定してフォーマット。



とりあえずプログラムを突っ込んでみるが、期待通りの動きをしてくれない。エラーメッセージが出るが、それ自体文字化けしているので、何が悪いのか判断を下すまでに相当の時間を要してしまった。設定を変えて何度もトライ。



何とか入った。この間Linuxだけで5回以上のインストールを慣行。当初はフルインストール(5Gくらい)していたが、あまりに時間がかかるので途中から最小構成に戦略を変える。加えてWindowsまで誤って消してしまい、Windowsまで入れ直す。また一部のデータが破損した。



しかし入ったは良いが、前回同様チップセットとの相性が悪い。具体的にはオンボードのグラフィックカードが合わない。結果的に表示が乱れる。しょうがないので最新のドライバを外し、古いバージョンで入れ直す。ウェブで調べると、どうやら今回もRedhatは僕のPCを完全にはサポートしていないようだ。Intelのチップセットなのに…。



今は640×400という非効率なモニター設定しか利用できない。そこでIntelのサポートにアクセスすると、Linux用のドライバが配布されていた。それを早速ダウンロード。しかし、今度はどうやって入れれば良いのか良くわからない。Windowsなら簡単なのに。でもなんとなくやり方は理解できたので、もうすぐちゃんと動くようになるでしょう。



こういう作業って手間と暇がかかって本当に面倒。最終的にはRedhatだけで10回以上、Windowsも3回くらい入れ直した。でも基本的に嫌いではない。むかつくが楽しい。週末の間にRedhat以外ではVine LinuxとKnoppixというOS環境にも触ってみた。Vine Linuxは初心者向きだがRedhatがベースなので同様に入らなかったが。でもこうやって知識を吸収していくんだなーって実感する。僕の格闘はまだまだ続く予感。

吹き替え




テレビで放映される外国映画って、何で吹き替えが基本なんだろう?



劇場で公開される場合は確実に字幕なのにね。いち視聴者として、どう考えても映画は生の声で聞いた方が面白いと思うのだ。俳優が役になり切って演じる立ち振る舞いはもちろんだけど、台詞の言い回しも当然映画の大きな要素。それを誰かの意図で、勝手に違う何かに置き換えられてしまっては、作品の醍醐味が半減してしまいかねない。



もちろん何らかの正当な理由があって「吹き替え」という手法が取られているはず。もしかしたらテレビの人もジレンマに感じているのかもしれない。同じ何かを作り出す立場として、俳優の努力を無駄にするのは非常に残念なはずだ。吹き替えられる立場はどう思うのだろう。台詞は俳優として、実力をアピールする大きな要素。その自分の声が他人に成りすまされてしまうのは、決して良い感情を抱かないはずだ。



そう思ったのは、昨日久しぶりにテレビで映画を見たから。ブラッド・ピッド主演の「Fight Club」。スタイリッシュな映像と、メッセージ性の強いこの作品。普段はテレビを付けても音は消す僕だが、この映画は割と好きなので、思わずテレビを凝視してしまった。外見的にブラッド・ピッドは確かに良い男。しかし僕が思う彼の真骨頂は、そのイイ男ぶりを完全に無視したキレた演技なのだ。この映画に関して書くと、僕は彼の演技が声を上げて笑うほど、おかしくてたまらない。当然その理由は台詞の言い回しに起因する部分も大きい。にも関わらずテレビで彼の生の声は抹殺され、日本語の吹き替えが。とても残念だ。



ところで僕はこの文章で「英語がちゃんと理解できるよ」って主張してるのではありません。やっぱり理解できない台詞も沢山あります。



もっとも副音声で英語だけを聞けばそれで済まされる。しかし悪いことに、自宅のテレビ単体にはその機能が付いていない。それが付いているビデオデッキは壊れてる。ステレオ類は引越しの時に実家に置いてきた。つまり僕は日本語で映画を観る意外にオプションが無かった。しばらく前からそれは不便に感じていたので、余裕ができたら機材をそろえるつもりだ。



まぁ本職の声優さんがやってる訳だから、彼らも上手なことは上手。昨晩は問題なく聞けた。でも昔あった石田純一のリチャード・ギア、浅野優子のジュリア・ロバーツによる「Pretty Woman」の日本語吹き替えは本当に最悪だった。織田裕二のマーティと、三宅裕司のドクによる「Back to the Future」よりも悪かった。石田はもう耳を塞ぎたくなる出来。どうすればあそこまで抑揚のない吹き替えができるのか、疑問にさえ思ったほど。彼らを抜擢したテレビ局の真意を疑ってしまう。



あーDVDが欲しい。


理由があって




理由があって1週間くらいは日記を書きません。しばらくしたらまた見にきてね。

14日の土曜日




今朝になって気が付いたんだけど、昨日は「13日の金曜日」だったんだねー。暇な僕は他にも13日の金曜日があるのかって確かめてみたけど、今年に関しては何気に該当するのが昨日だけでした。今更気が付いて何だか損した気がするよ。



何かが起こった気もするし、何も起こらなかったようにも思う。何かが始まったのかもしれないし、何かが終わったのかもしれない。そもそも何も無かったのかもしれない。あまり考えないようしよう。



そう言えば昔「14日の土曜日」って映画もあったな。

梅雨入り

梅雨入り。指を折って数えてみると、この季節僕が日本国内にいるのは実に5年ぶりだ。自分の中では僅かな期間だが、実際には随分長い事、このジメジメ感を味わっていなかった訳だ。



しかしながら、過去の記憶ほどイヤな感じはしない。以前通っていた大学のジムでは、併設されているサウナを頻繁に利用していた僕。ヒーターに水を大量にぶっかけて蒸気を発生させ、その中で腹筋を鍛えていた僕。その修羅場を潜り抜けてきた今の僕は、この時期特有であるメガトン級湿度を、むしろ懐かしむ余裕さえあるのだ。今日も雨が降ってたし、湿度はかなり高かった。



雨と言えば先日、ありそうだけど実際にはなさそうな光景を目にした。傘の柄でゴルフのスイングをする、スーツ姿のサラリーンマンである。「まさか」と思った。でも実は今日、もっとすごいのを見てしまった。駅のホームで相撲のシコを踏むサラリーマンである。「ほんとか」と思った。



他にも見てみたい光景がある。居酒屋でネクタイを額に巻くサラリーマン。仮にそんな酔っ払いを見られたなら、「ほんきか」と思うに違いない。でも自分がそうなったらどうしよう。

今月で



リニューアル早々だけど、今月で僕の日記コーナーはおしまいです。



S君がこだわって作ったホームのデザイン。ここへのリンクを消すことで微妙なズレが生じるのは忍びないけど、すぐに直してくれるでしょう!S君よろしくお願いします。今までどうもありがとう。



実は数ヶ月前にも「今月で…」とかコソコソ書いた記憶がある。しかし結果的に今も僕の日記は存続してるし、さらにこれからもダラダラ続きそうだからねー。なのできっぱり宣言します。





12月以降ここは更新されません。






一応個人的なウェブページを用意し、そこで何らかの記述を残していく予定。予定は未定とは言え、URLなどはきっちりアナウンスするのでその時はどうぞよろしく。

レス機能










一番最初に書いた日記で、僕はとてつもない強固な意志を持って「レス機能」を排除したように書いてしまったけど、アレって要するに「レスが無かったら寂しいかも!?」という大人気ない理由だったりするのね。確かに僕はあまり読む人を考えずに書いてる。でも本当にそう思ってるなら、そもそもレス機能があっても無くても関係ないんじゃないか!



ではレスがあった場合はどうなるのか。僕の性格上、どうしても「あるのかないのか」それだけで気になる!で、無かったら寂しくなって僕はやる気を失くす!あったらあったで書いてくれた内容はさらに気になる!そうすると読者を意識せざるを得ない!すると文章が書き難い!結局書かない!このような完璧な六段論法が成立しそうな予感がしたのだ。



でも「やっぱりレスは必要なんじゃねぇの?」って勝手に思ったりもしてる。何故なら僕が読者の立場に立ったら、パブロフの犬もビックリするくらい、思わずピクリと反応してしまう話題が確かにあるのだ。実際にMさんの所には僕もレスとかしてるしね。余談だが最寄駅から自宅へ戻る途中に「ビビ」という名のキャバクラがある。そこの客引きの兄ちゃんが持つ殺し文句は「ビビっときたらビビ!」である。僕はいまだビビっと来たことは無いが。



話題が逸れたナリ。



どうなんだろうなー。あったら誰か書いてくれるのかなー。不安だなー。確かに前のウェブページでは別にBBSがあって、そっちに観想を書いてもらってた。それを考え出したら急にレス機能があっても良い気がしてきたぞ。ウーーーーン。最初にS君に言い切った手前、方針を変えたらカッコ悪いしなー。そんな訳で意見大募集!swatanabe@mail.comまでお願いします。反応によっては、多忙なS君に頼んで機能をオンにしてもらいます。でも反応が少なかったらやっぱり今まで通りレス機能は無いです。で、その時は自分のウェブページを復活させた時に改めてBBSを立ち上げます。でも「レス機能賛成」ってメールくれるそこのアナタ、機能がオンになった場合は少なくとも一度は何か書いてね。



目標!




目標!



次に自分のウェブページを復活させる時には、常時インターネットに接続できる環境をフル活用し、自宅PCをLinuxでサーバー化させます。ドメインとかも自分で取ろう。セキュリティとかも当然配慮しなきゃいけないだろうし、ネットワーク全体に関するインフラ系の知識と技術が一気に深まるでしょう。OSは既に最新版を取得済みです。



今僕が携わってる仕事は、まさにそのようなIT系なんだな。会社全体としては全然違うんだけど、実際に所属してる部署では上に書いたような事をもっともっと大きな規模で実現させたりしてます。それを踏まえて今回の目標です。プログラミングもやってるし、これって趣味と実益を兼ねた良い目標だなー。



今はちょっと他の案件でバタバタしてるけど、もうちょっとしたら落ち着きそうなので、時間を見つけて取り組みます。突然楽しくなってきたぞ!でもその前に今の仕事でしっかり成果をあげなきゃね。

留学生を

僕の会社で英語の出来る理工系の学生を募集してます。先日人事の人から「留学生を引っ張ってこい!」と直接言われました。外資系クライアントとの折衝に当たる役目です。化学系でも良いです。興味のある人は僕まで連絡してね。

夢と白昼夢

僕が過去に管理していたウェブサイトでは、「夢日記」を公開していた。日常での現実的な思考(日記)の他に、非日常での非現実的な思考(夢)も同時に記録していたのだ。脳が覚醒すると直後にその内容を忘れてしまうという夢の特性上、頻繁に更新されることはなかったので、どれだけのビジターが目を通していたのか疑問であったが。

僕が夢を記述体系で残していたのには理由が2つあった。

1つは「デジャブ」の存在を、実体験として確認したかったから。誰でも記憶があると思う。普通に生活していて、突然以前にも同じ場所で同じ経験をしたように感じる現象だ。僕が以前大学で履修した心理学の老教授は、デジャブを含む全ての超常現象は、脳内で起こる突発的なシナプス結合に過ぎないと断言していた。それでもあの感覚は不思議と言えば不思議。僕は数年前からその事実を確かめたかったのだ。しかし結果的に、僕が記録した夢日記に該当する実体験というはいまだ発現していない。やはり脳内で起こる小さな電気信号の悪戯に過ぎないのか。

もう1つの理由。それは僕が近い将来作家になる時に備え、創作の原案を積み上げるための作業だった。時として夢に見る光景や物語というのは、本人が驚く程芸術的であり、そして創造的である。僕はそこから多くの事を発見し、探し出し、そして学んできた。それは毎晩目を閉じるのを心待ちにする程感動的な風景だったり、再び照明を落とすのを戸惑う程の恐怖だったりした。決して瞳に映し出せない何かを、僕の瞼に植え付けてくれた。

僕にとって夢とは、自分が持つ本質的な可能性を文字通り「見て」確かめることに他ならない。時々僕は、いつか夢を見られない日が来てしまうような気がして不安に駆られてしまう。それでも今のところ、僕はまだ頻繁に夢を見ている。ぼんやりと残る記憶と共に目を覚ました時、僕はそれだけでとても安心する。今朝もまた無意識のうちに何かを作り上げたって。超現実。夢から得られる特殊な産出物を、日常で生み出すことは容易いことではない。でももし不本意にも覚醒されられた日中に、それを可能せしめるとするならば?

その時はきっと、白昼夢に浸るしかない。

消えた

前のウェブページが消えて、同時にそれまでの日記も消えてしまったのは確かに残念な気がする。でも実はデータが完全に消えた訳ではない。

部分的にバックアップを取っていたりした。少なくともここ1年以内の文章は、多分自宅にあるPCのどこかに眠っているはず。加えてアメリカから帰ってくる時、PC内のデータをCDに焼いて持ち帰ってきた。その中にはさらに1年以上前の日記も入ってるんじゃなかったかなー。実際にあるかどうかは確かめてないけどね。

旅行してその記録をウェブで公開とかもしてた。その時は膨大なテキスト(MSワード:10ptプロポーショナルで80ページ)を一気に書き上げた。これは一過性の日記として流れていくのはあまりにもったいない、そう思ったので当然残してある。でもこれも存在を確かめてないなー。

しかしながら消えて良かったとも言える。同じことを書いてもばれにくいのだ。こうやって場所を変えたのも手伝って、さらにばれにくい。まぁ同じ事を書いても、その時自分が置かれた状況で微妙にニュアンスは変わるとも言えるし、そもそも僕は読者をあまり気にしてない。

それに表現したい事は沢山ある。にも関わらず同じことを何度も書いてる気がする。それに書いたような気がしたけど、実際には書いてない事も沢山ある気がする。

こんな内容の日記も書いたような・・・。

「夢をみている人間が現在だと思っている未来は、不壊の願望によって、かの過去の模像として作りあげられるものである」 (ジークムント・フロイト)

今朝覚えていた僕の夢より
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その1

僕はその環境に移ってまだ間もない。
新しく知り合いが4人出来た。
男が3人、女が1人。

その内の一人の男は、飲むととても元気になるそうだ。
彼らを家に呼んで小さなパーティを主催した。

彼は聞いていた通り元気な男だった。
彼のアルコールを飲むペースがどんどん上がってくる。
そして部屋にあったギターをかき鳴らし、
彼は深夜にもかかわらず大声で歌い始めた。

僕も負けじと彼以上に飲む。
しかし不思議と一向に酔いが回らない。

僕にとってその彼は少々うるさすぎたのだ。
そのため彼と話していているだけで僕の頭に血が登る。
その感情が先立ち、素直にアルコールに身を委ねられないのだ。

彼はもう手がつけられないほど酔っ払っていた。
そんな彼に対し、最終的にキレてしまった僕は殴りかかる。
首根っこをつかんで外につまみ出そうとした。
すると彼は急に威勢が無くなり、
力が抜けてヨロヨロになってしまった。
よく見ると彼の顔面には大粒の脂汗が滴っている。

急に気分が悪くなった彼は、
僕の部屋の中で胃の中身を戻してしまった。
それにつられて同席していた女の子も戻し始めた。
ただでさえ混沌とした僕の部屋が、
さらにその度合いを増していく。
僕は嘔吐物を受け止めようと、咄嗟に床にあったボール
(キッチン用具)
を彼らの口元に当てた。

夢その2

自転車で会社から帰宅する途中にTさんに会った。
交差点で信号待ちをしている彼女も、
僕と同じように自転車通勤をしているのだ。

彼女は僕に気がついていない。
僕は彼女を無視し、自転車で追い越していった。
しかし彼女は僕より走るスピードが勝っていた。
自転車専用道路をママチャリですっ飛ばす。

競技用自転車に乗る僕だったが、一瞬で抜き去られた。
そして僕は道の角で彼女を見失ってしまった。

あとになって直接彼女に話を聞いたら、
その付近で英会話スクールに通っているらしい。
真剣に語学を覚えたいと、熱いまなざしで僕に訴えた。

そして話は転がる転がる・・・

前回から話がつながる。「電車から見える風景」を考えたら、僕には書かずにいられない風景がある!実は良く覚えてないのだが、恵比寿←→目黒←→五反田間あたりに、目にしただけで思わずフルフル震撼してしまう謎の光景が・・・。

状況を説明する。そこは車窓から見えるごく普通の民家、白い車がガレージに納まっている。でも頭が半分くらいはみ出して、シャッターが完全に閉まっていない。ここまではまぁ別に普通だ。

しっかし!そのガレージは地面から天井まで、何故か「ビックカメラ」の紙袋で溢れかえっているのだ。細々とした何かでキュウキュウの狭い空間に、力技で異質の物体が押し込まれた風景を想像して欲しい。車がガレージに格納されずにはみ出ているのは、そのビックカメラ袋で満載のスペースに駐車しきれなかったため。あるいは、車が既に停まっている状態で、ビックカメラ袋をガレージ内に積み上げていったのか。

いずれにしろこの光景は圧巻である。黒地に七色で輝くビックカメラ袋に埋もれる純白の車。その奇跡的融合と破滅的コントラスト。にも関わらずかもし出される絶妙な一体感と、周囲の風景との見事な調和。まるでイチゴ大福だ。イチロー並みの動体視力を要し、ほんの一瞬にこれらを体感できるスペクタクルは、本物のアートでさえある。

そんなにビックカメラで買い物したあなたは、相当な物欲大王ですね!

↑の写真

これ撮影したのっていつ頃だったのかなー。確かS君が写真のクラスを取ってて、僕はギャラのないモデルとして狩り出されたはずだ。場所はMoscow市内の公園だったような。2001年の秋セメか?

だとしたら、僕が学生時代に一番テンパってた頃だよオイ。7クラス=21単位というアメリカ人でもきっつい殺人的スケジュールをこなしてたな。1日で授業以外のグループミーティングが5つあった日も。あーあの頃を思い出すとなつかしい。別にノスタルジーに浸ってるのでは全然ないが。

写真と言えば、僕は会社の机の中にこっそり忍ばせてる写真がある。それがこの写真。ニューメキシコ州にあるホワイトサンズ国定公園に行った時のもの。真ん中のが僕ね(N君勝手に写真を引っ張らせていただきました)。

僕は新宿から品川方面へ向かう電車で通勤している。毎朝大体同じ車両に乗り込むので、駅に停車した時も目に入る風景は同じ。そして原宿駅で目の前に来るのが、このホワイトサンズで撮影された「無印良品」の看板広告なのだ。当然毎朝この風景が目に入る事になった。「またこんな場所に行きたいなー」って僕はボンヤリと思う。すると気が付いたら「自分が写ったその風景を会社で密かに眺める」、という暗い行動に出てしまっていた!あぁいかにも哀れだ。

でもね、会社でこの写真を時々眺めているのは、何気に自分をモチベートする手段だったりする。「絶対に長い休暇を取ってまた旅行に出てやるぞ」って。「誰にも指図されず、行きたい所に行ってやるぞ」って。同時にこの時こそ、僕がノスタルジーを感じる瞬間だったりする。

今の生活に不満はない。でも今となっては不可能に近い、あんな生活をしていた頃が確かにあった。1日に車を15時間以上走らせ、野宿に近い状態で毎晩夢を見ていたあの頃が。

はじめるにあたり

▼管理人による追記(2006/7/19)▼
しばらく日記を公開するのをストップしていた僕は、2006年6月〜11月の間、留学時代に知り合ったS君の好意により、彼の管理するウェブページの一部を借りて、再び(三度?)日記を書き綴っていた。これらはその時の記録です。
▲管理人による追記(2006/7/19)▲


最初にこのスペースを用意してくれたS君に感謝する。どうもありがとう。

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暫定的にではあるが、この場をかりてキーボードを叩かせてもらう。

僕のプロフィールはこのiloveidahoのどこかに掲載されているエッセーにあるので、そちらを参照してもらいたい。少し補足すると、下にもあるようにUniversity of Idahoを卒業したのは2002年の5月、丁度一年ほど前だ。専攻はInformation Systems。卒業して半年以上ブラブラしてMoscowを離れ、今年の2月から社会人生活を送っている。東京都中野区在住、現在28歳、独身、ガールフレンドとは少し前に別れた。

iloveidaho.comが本格的に稼動する前、やはりS君が中心になって構築されたryugakulife.netというプロトタイプがあった。ごく一部の関係者が目にしただけで、実際にウェブページは公開されなかったのではないか。そして僕はその幻となったアカウントの一部を借り、個人的にウェブページを管理していた。しかし先月のアカウント消滅に伴い、当然僕のディレクトリも消滅。消えて無くなったものはもう帰ってこない。出来ればアカウントを取得して、また一から作成したいと考えている。冒頭で「暫定的にではあるが」と書いたのは、ここで日記を書くのはそれまでのツナギだからだ。

僕が日記をウェブ上で公開し始めてから、早くも3年以上が経過している。その経験を踏まえ、ここで日記を復活させるにあたってS君にワガママを聞いてもらった。その間僕が続けてきたスタイルを踏襲するため、他の執筆者のページにあるレス機能を排除してもらった。ウェブを作り上げる時、ビジターからフィードバックの場として何らかの手段を用意しなければならない、というのは鉄則中の鉄則である。にも関わらず、その製作側が持つ絶対的な方針から乖離した僕の判断だった。

過去に僕の日記を読んだ事がある人なら理解してもらえるかもしれない。僕の日記は完全に「自己満足」。そのスタンスを守り、ここではある意味ビジターを無視して自由気ままに書かせてもらう。結果的に読む人によっては不愉快な感情を抱くかもしれないが、あらかじめ了承して頂きたい。どうしても僕に何かを伝えたいのなら直接メールで連絡をして欲しい。アドレスはswatanabe@mail.com。建設的な意見は大歓迎する。しかしその際は真剣に意見を述べて欲しい。僕も本気で返信する。中途半端に中傷などされた場合、僕は無視するか、あるいは言葉で徹底的に攻撃する。

芸術や文芸作品は、作者の手から離れた瞬間、その解釈はそれを体験した者だけに委ねられるべきだ、と僕は強く信じている。僕の文章から何かを感じ取ってくれる人がいたとすれば、それは僕にとって些細な幸せだ。

以上簡単な挨拶とする。どれだけ頻繁に更新できるかわからないが、これからどうぞよろしく。みんなのメールを心待ちにしている。

2003年6月

http://www.shotarowatanabe.com/cgi-bin/tackynotesp/iloveidaho/200306.html

(こっそり個人的な恋愛について書く)

語弊があるかもしれないが、僕には今まで本当に好きになった人が二人いる。この世に生を受けて30年、二人というのが多いのか少ないのかは良くわからないけれど、僕は彼女らが本当に好きだった。恋愛とは宗教と同義であると強く思う。僕が「本当に好きになった」と断言できるのは、彼女のためなら何でもできるんじゃないかと心から思えたからだった。中島みゆきではないけれど、僕は彼女のために悪にでもなれた。

最初の人と出会ったのは今から10年ほど前の学生時代。僕らは同じ国際交流活動に参加し、その後付き合う事になった。彼女は僕より年上で、当時の僕は彼女に甘えていたようにも思う。時より彼女が僕にだけに見せてくれる表情を、僕はとても愛しく感じていた。言葉を交わさずとも、共有できる時間を持てるだけで幸せだと思えた最初の人だった。僕らは4年間パートナーであったけれど、後半の2年間は世間一般で言う遠距離恋愛だった。手紙が届くのに2週間かかる南太平洋の孤島で生活していた最初の2ヶ月、僕は7通の手紙を書いた。彼女がインターネットを使える環境になってからは、400通以上のメールを書いた。今思うと当時の僕は若すぎた。

2年前の2003年6月13日。本当に人を好きになった13日の金曜日だった。直感的に好きになった最初の人。黄色のセーターを着ていた彼女の姿を、今でも僕は鮮烈に思いだすことができる。その気持ちに襲われた時は何かの間違いなんじゃないかと正直思ったけれど、時間を重ねれば重ねるほど、僕の直感は正しかったと強く信じることができた。僕らはモノの捉え方が近く、お互いがどう感じているのか肌で会話することができた。一緒に過ごせる限られた時間を作り出せた時、僕らとても幸せで、僕は彼女の笑顔がとても好きだった。彼女が本当に苦しんでいる時、僕が彼女の力になれなかったのはとても残念だと思う。詳細すぎる地図が時に役に立たないのと同じで、僕はまだ彼女のことをぼんやりと思い描くことができないでいる。

僕が次に人を本気で好きになることなんてあるんだろうか。それでも結局"LIFE GOES
ON"。人生は続いていく。

2005年6月13日(月)

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っと書いたけどフっきりました。
どうもありがとう。

2005年6月16日(木)

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