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吹き替え




テレビで放映される外国映画って、何で吹き替えが基本なんだろう?



劇場で公開される場合は確実に字幕なのにね。いち視聴者として、どう考えても映画は生の声で聞いた方が面白いと思うのだ。俳優が役になり切って演じる立ち振る舞いはもちろんだけど、台詞の言い回しも当然映画の大きな要素。それを誰かの意図で、勝手に違う何かに置き換えられてしまっては、作品の醍醐味が半減してしまいかねない。



もちろん何らかの正当な理由があって「吹き替え」という手法が取られているはず。もしかしたらテレビの人もジレンマに感じているのかもしれない。同じ何かを作り出す立場として、俳優の努力を無駄にするのは非常に残念なはずだ。吹き替えられる立場はどう思うのだろう。台詞は俳優として、実力をアピールする大きな要素。その自分の声が他人に成りすまされてしまうのは、決して良い感情を抱かないはずだ。



そう思ったのは、昨日久しぶりにテレビで映画を見たから。ブラッド・ピッド主演の「Fight Club」。スタイリッシュな映像と、メッセージ性の強いこの作品。普段はテレビを付けても音は消す僕だが、この映画は割と好きなので、思わずテレビを凝視してしまった。外見的にブラッド・ピッドは確かに良い男。しかし僕が思う彼の真骨頂は、そのイイ男ぶりを完全に無視したキレた演技なのだ。この映画に関して書くと、僕は彼の演技が声を上げて笑うほど、おかしくてたまらない。当然その理由は台詞の言い回しに起因する部分も大きい。にも関わらずテレビで彼の生の声は抹殺され、日本語の吹き替えが。とても残念だ。



ところで僕はこの文章で「英語がちゃんと理解できるよ」って主張してるのではありません。やっぱり理解できない台詞も沢山あります。



もっとも副音声で英語だけを聞けばそれで済まされる。しかし悪いことに、自宅のテレビ単体にはその機能が付いていない。それが付いているビデオデッキは壊れてる。ステレオ類は引越しの時に実家に置いてきた。つまり僕は日本語で映画を観る意外にオプションが無かった。しばらく前からそれは不便に感じていたので、余裕ができたら機材をそろえるつもりだ。



まぁ本職の声優さんがやってる訳だから、彼らも上手なことは上手。昨晩は問題なく聞けた。でも昔あった石田純一のリチャード・ギア、浅野優子のジュリア・ロバーツによる「Pretty Woman」の日本語吹き替えは本当に最悪だった。織田裕二のマーティと、三宅裕司のドクによる「Back to the Future」よりも悪かった。石田はもう耳を塞ぎたくなる出来。どうすればあそこまで抑揚のない吹き替えができるのか、疑問にさえ思ったほど。彼らを抜擢したテレビ局の真意を疑ってしまう。



あーDVDが欲しい。


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