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8年前

しばらく前のこと。以前参加した国際交流活動で知り合ったメンバー達と、僕は久しぶりに再会する事になった。数ヶ月ぶりに会う人もいれば、5年ぶりくらいに会った人いる。その中の一人が半年ほど前に結婚。そしてその祝福というのが今回の趣旨だった。

僕が最初に彼らと出会ったのは、今から8年前にまでさかのぼる。僕はまだ二十歳そこそこの学生で、図らずもその中では最年少に分類されていた。一番年齢の離れた参加者は僕より9つ上。当然そのほとんどは社会人で、僕の視界から彼らはとても大人に映ったと記憶している。

彼らとは1996年が明けて直後の2ヶ月間、非常に密度の濃い思い出を共有している。それ以降僕らは決して頻繁に会うことは無かったが、それでも何かの機会に顔を会わせたら、当時の仲間(同士)へと瞬間的に戻ることができた。共有している鮮烈な記憶もまた、隔てられた時間や日常生活での立場などを超越し、僕らを再び精神的に結びつける大きな手立てとなるのであろう。

久しぶりの再会と、結婚して苗字が変わったメンバーのお祝いにグラスを傾ける。彼女のパートナーはとても聡明な人で、自分の考えを的確に表現できる人だった。そんな彼に僕はとても好感を持てた。彼の隣に座る直接の友人である彼女も、とても幸せそうに見えた。末永くお幸せに、心からそう思えた。

再会した彼らの中には社会的に出世した者もいたし、それぞれを取り巻く環境に大きな変化があった者もいた。それでも結婚した彼女を含め、僕が知ってる彼ら全員は、良い意味で当時とほとんど何も変わっていない。相変わらずイタリティ溢れる友人たちである。逆に僕もあまり変わりがないと言われてとても安心した。奇妙な恥ずかしさは残ったが、これからも僕らの精神的構造に大きな変化はありえないだろう。

しかしその反面、僕の内面で強烈に感じた変化があった。僕が思ってたほど、決して彼らは大人ではなかった。8年前、確固たる自信と共に物事をテキパキ処理してるように見えた彼らの姿。でも今の彼らは僕と同じように悩み、もがき、小さな幸せを噛み締めてる普通の人たちだった。彼らからすれば、それは以前から確かに存在していた側面に違いない。でも僕にはそんな「普通な」彼らが、とても新鮮に思えたのだ。

それはやはり僕自身の成長が大きく寄与してるのだろう。8年の間に僕は学生を卒業して就職した。生活のスタイルは同じだが、今は当時と違う責任ある立場で毎日を送っている。誰でも経験しなきゃいけない大きな変化を、僕もようやく一通り経験し、その意味で彼らに追いついたのだ。

それでも彼らから見れば今回もまた、僕はまだ子供みたいなものに過ぎないのかもしれない。永遠に彼らは年上である。僕が年齢を重ねるのと同じだけ、彼らもまた同じように年齢を重ねていく。でもその相対的な距離は、尺度を変えると着実に近づいていくのだ。また少しだけ大人になった。

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