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あどまち

先週末、とあるテレビ番組で僕が今住んでいる「中野」の特集が組まれていた。街の人気スポットなどを1時間でカウンドダウン。前半を見逃したとは言え、プログラムでは僕が知ってる所が何箇所も紹介されていた。それでも前を通るけどいまだに一度も足を踏み入れたことのないレストランや、僕が全く知らないお店、とかもあり、とても新鮮だった。機会があったら是非行こう。

僕が中野に住むのは今回が初めてではない。理由があって過去にも数年間、同じ街に住んでいた事がある。今から半年ほど前、かなり急ぎで新たな住まいを探す必要が発生。以前の住み心地と思い出に何の不満も見出せないという理由から、僕は再び中野を選んだ。もう少し時間に余裕があったら別だったと思うが。

前に住んでいた場所にまた戻ってくる、というのは不思議な感覚だった。確実に存在する時間の流れ、それでいて欠如している違和感と新鮮味。僕は最初、そんな奇妙な心境が混じり合った数週間を過ごさざるを得なかった。5年ほど前、よくビールを買っていた酒屋の夫婦は相変わらず仲が良さそうだったし、弁当屋のオヤジが商店街を歩く人に向かって大声を張り上げて客を呼び込む姿も同じだった。暑い日によく本を読みに行ってた喫茶店のコーヒーも同じ味がした。

忘れていたと思っていたのに、僕は彼らのことを頭の片隅に確かに記憶していた。記憶していたというよりも、思い出したという方が正確な表現なのかもしれない。過去に住んでいた時は全く意識しなかったが、彼らは確かに僕の中で中野という街を形成する大事な何かだったのだ。細々として気づかないようなモノの集合体が僕の中で風景と化し、立派に街を作り上げていた。僕が今回「帰ってきた」と感じることが出来たのも、そんな彼らのおかげなのだろう。

恐らく彼らは僕の存在など覚えてないだろうし、そもそも気が付いてはいないだろう。でもこれこそ大事なんじゃないか。彼らはそこでずっと同じ生活を営んできただけ。僕が懐かしい感覚で彼らを目にすることができたのも、過去に彼らと同じ空気を吸っていた紛れもない証拠だ。そして僕も今、誰かにとって大切なこの街を作る一部なのか。



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