人とのメールのやり取りで、最近某食品メーカーのCMでも使われている一つの詩が話題に上った。有名な作品だから記憶している人も多いと思う。
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『朝のリレー』 谷川俊太郎
カムチャツカの若者が
きりんの夢を見ているとき
メキシコの娘は
朝もやの中でバスを待っている
ニューヨークの少女が
ほほえみながら寝がえりをうつとき
ローマの少年は
柱頭を染める朝陽にウインクする
この地球では
いつもどこかで朝がはじまっている
ぼくらは朝をリレーするのだ
経度から経度へと
そうしていわば交替で地球を守る
眠る前のひととき耳をすますと
どこか遠くで目覚時計のベルが鳴ってる
それはあなたの送った朝を
誰かがしっかりと受けとめた証拠なのだ
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学校の授業で習ったこの詩を、改めて声に出して読んでみる。昔は解らなかった言葉の組み合わせの意味に、この年齢になって僕はようやく気が付いた。誰がどう考えても、もっともであること。それ故に疑う事さえ忘れてしまう事実。
僕が一日に疲れて目を閉じた瞬間、地球のどこかで目を覚ます人がいる。どこかで誰かが必ず希望に満ちた朝を迎えている。僕にとっては夕焼けでも、誰かにとっては朝焼けなのだ。この詩が心に残るのは、朝という何かが始まる予感と、夜という何かをなし終えた安心感が混在しているからだろう。
何か乗り越えなきゃいけない物があるとき、"Life Goes On"って思うようにしている。結局そういう事なのだ。誰にでも必ず朝は来る。
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■shinya 何か、困難にブチあたったんですか?
..2003/09/15(Mon) 09:56 (11)
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■ワタナベ 季節は人を詩人にするのでR。
..2003/09/15(Mon) 19:18 (12)
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