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年の終わり

▼2003年12月31日 (Wed) -- No.[14]

何だかんだいって今年も何時の間にかクリスマスが終わって、ついに今日は大晦日。そして年が明ければすぐに僕の誕生日か。

今年は自分の立場とか、取り囲まれている環境とか、生活スタイルとか、去年から想像できないくらい大きく変わった一年だったなー。1月の初旬に僕は中野をイヨイヨ引き払うし、新年早々また新しいスタートだ。遅ればせながら報告すると、先週末くらいに引っ越し先がほぼ確定しました。

(みんなそうだと思うけど)色々と考える事も多い僕の1年でした。来年も色々考えよっと。

良いお年を!

感じ離れ

▼2003年12月30日 (Tue) -- No.[15]

やっぱり人は活字を読まないとダメだな。

僕は年末年始の休みを利用して実家に帰省している。家族の元気な顔を見る。僕の元気な顔を見せる。昨年の12/30と全く同じ光景が繰り広げられた恒例の餅つきを終える。・・・そして特にやる事がなくなった僕は、手当たり次第に本や新聞を読み漁っている。

無理やり押し付けられる映像や音と違って、活字には想像の余地が含まれて解釈に幅がもてるのが良い。人によって考え方は違うと思うが、文芸作品は作者の手を離れた時から、その解釈は、それを体験した人だけに委ねられると僕は強く信じている。もちろん最初に意思が働くとは言え、映像や音楽はこちらが受動的に鑑賞するもの。しかし絵とか文章はこちらが能動的にならない限り、誰もが持ち合わせる核心的な琴線に触れる事はないのだ。その意味で本を読む行為は、単語の意味を噛み締め、慣用句を咀嚼して、文字列から行間を読むのは、普段置き去りにされている感覚を取り戻すのに最適なのかもしれない。

ちょっと文化人みたいな事を書いたが、それ以上に活字を読まなきゃいけないと思うことがある。

僕は最近本当に漢字が書けなくなって困っている!こうやってローマ字変換でスペースキーを叩いているのも大いに問題だとも思うが、文章を読まないのも大いに問題なのだ。まぁ一番の問題は直筆の機会が極端に減った事だと思うけどね。

やる事がないので文章を書いてみた。でもまとまりが悪いな。

ラップトップ欲しい

▼2003年12月18日 (Thu) -- No.[13]

誰かボーナスとか出て新しいPCを買うので、古いラップトップとかが要らなくなった人とかいないかなー!もしくは家で眠って使われていないPCとか持ってる人いないかなー!

安く譲ってくれないかなー!

強風の日は

▼2003年12月16日 (Tue) -- No.[12]

風が強い日は鳥も大変です。鳩も大変です。

あと2週間で年末年始のお休みに

▼2003年12月15日 (Mon) -- No.[11]

気が付いたらあと2週間で年末年始のお休みに入るのだ。来週の火曜日は国民の休日だから、今日を除いてあと8日出社すれば今年も終わり。

一年を振り返るのはチト早いが去年の今頃から考えると、今年は僕にとって大きな変化の年だったんだろうな。ただし本人からしてみると、中身に変化が生じたとかの実感が全くない。

でもそれはきっと変化を目の当たりにしている毎日を送っている本人だからこそ、そう感じられるだけなのかもしれない。数年後、冷静に自分を振り返って考えたら、やっぱりそれはそれで大きな事なんだろうな。それから僕はある程度人より年齢を重ねてから、大きな変化を経験している。もしかしたら変化にあまり動じない心になってしまってから、環境の移ろいに身を委ねただけなのかも。

人は常に少しづつ変化を重ねている。間近に存在し過ぎていると、それが第3者であっても変貌に気付くことは難かしい。ましてや毎日イヤでも顔を見なきゃいけない自分の内面的、外面的変化など、本人が現在進行形で認識するのは困難を極めるのではないか。

で、僕は変わったのか?

また家探し

▼2003年12月14日 (Sun) -- No.[10]

先週末、今週末と引越し先の選定作業を続けていた。要するに家探しね。その4日間で内件した物件が計12。

これ以上時間をかけても僕の要望に合う物件はココ以外にない!と思えるものが先週見た物件のひとつ。色々と総合的に考えた結果もう決めてしまおうと決意し、今日の午後物件を紹介してくれた不動産屋さんに行ってきた。

だがしかし!管理会社に問い合わせてもらうと「もう終わっちゃった」という冷たいひとことが帰ってきた。昨日不動産屋が確認した時点ではまだ空いていたそうで、どうやら本当にタッチの差だったみたい。貴重な4日間の休みを費やして歩き回って納得できた結果だったのに。これは本当に悔しい。その場で他の物件も紹介されたが、とてもじゃないけど見る気になれなかった。

しょうがないといえばしょうがない。でもおかげで自分の好みが良くわかったし、これからの基準にもなるに違いない。ここまできたら悔いのない部屋選びをすると硬く決意した夕方だった。それにしてもショックだ…。

妙に横浜

▼2003年12月11日 (Thu) -- No.[9]

最近妙に横浜付いている。

先週の水曜日、とあるセミナー参加のために桜木町へ。先週末、横浜で結婚式を挙げる従兄弟に会う為に関内へ。そしてまた今日、仕事で水曜と同じ展示会場へ。先週6年ぶりにに横浜に行ったと思ったら、直近の8日間で3回も行ってしまった。明日もやはり横浜に行くことを入れたら9日間で4回。

とは言うものの横浜に行ってそれらしい事はせず、全て用件だけ済ませて帰宅していた。でも今日は違ったぞ。会社の偉い人と横浜へ同行したので仕事が終わった後、中華街での夕食をご馳走になったのだ。

やっとそれらしい事が出来て嬉しいなー。明日は金曜日だし、今日よりもっとウキウキ楽しい事があるかもね。ずっとモニターと睨めっこの一日より、たまの外出は楽しいです。

犬好きに対する偏見

▼2003年12月10日 (Wed) -- No.[8]

これは多分偏見です。

僕は今までの人生でペットを積極的に飼った記憶がない。基本的に僕の母親がペットを好まなかったので、一般的な犬とか猫などのペットが家にいることは一度もなかった。僕の祖母は大の犬嫌いだし。愛玩用としての動物は確かに愛くるしい。最近は心の病を患う人が動物と接し問題解決を図るペットセラピーも、積極的に導入されていると聞く。ペットが僕ら人間の心を癒すことは科学的にも証明されてきているのだ。

ところで最近ペットを連れてる人って多くないか?比較的若い世代も休日など、街を一緒に歩いている姿を良く目にする。しかし僕はその風潮で気になる部分が・・・。

最近本当に多い、バカみたいな服を犬とかに着せて散歩してる人。あれってどう考えても飼い主の自己満足なんじゃないの?着飾ったペットを連れている自分ってイケて見える、とかアホな勘違いしてないか?

一体彼らは何を思ってペットを飼っているのだろう。僕には彼らが自分を引き立てる装飾品のひとつとして、動物を扱っているとしか思えてならないのだ。必ず廃れる運命であるファッションとしてのペット。で、それを連れ歩くことで(無意識を装った上で)結果的に他者と差別化を図ってるの?君と同じ事をしてるヤツって結構多いよ。それじゃ結局自己を一部集団に同化させ、そこに埋没してるだけだよ。そんなヤツらに対し、僕は哀れみすら感じる。

僕らと同じ生き物ペットにしゃべらせてみたい。あんな服着て楽しいのかな。

JR中央線のオレンジ色に感じる郷愁について

▼2003年12月 8日 (Mon) -- No.[7]

小学校に上がる前後だと思う。扁桃腺に異常が見られた僕は、その治療のため定期的に都内にある病院に通っていた。僕が中央線を好み、今も沿線に住んでいるのは、そんな幼少時からの記憶に起因しているに違いない。

幼い僕が都内に出る時、現地までの交通機関は主にJR中央線だった。僕の記憶にある不安、躍動、その風景。それらと電車の中で父親の手を握り締めている感覚は常にオーバーラップする。当時の僕はカレーライスが大好物で、僕は途中のお店で食べられるそのメニューを楽しみに、訳も判らず親に手を取られていた。自分の体に不調が見られていたとはいざ知らず、(よく言うと緑豊かな)日常から少しだけ離れたその時間を、僕はとても楽しみにしていたのだ。

そして僕は大人になった。最近は朝晩の混雑を理由として中央線に乗る事は少ない。しかし隣のプラットホームにオレンジの車両が滑り込むのを見るだけで、何となく落ち着いてしまう。無意識に胸を躍らせていた記憶がよみがえってくる。僕は幸せな気持ちになる。僕が中央線に親しみを抱くのはそんな理由からだ。

書き出さないと思い出せない記憶がある。整理できない記憶がある。理由付けできない記憶がある。でもそんなかすかな記憶を、僕らは心のどこかに必ず留めている。見出す糸口は、日常生活で遭遇する小さな選択肢だ。

部屋探しなど

▼2003年12月 7日 (Sun) -- No.[6]

今日までの7日間は感覚的に長かった。先週の日曜が友達の結婚式だったわけで、それがずいぶん昔のように感じられてしまう。直前の1週間は平日のうち3日しか会社に行かなかったこともあって、そのギャップからも長く感じられたのかもしれない。それに今週末、めったにしない事もしたしね。

6日(土)。僕は久しぶりにプールで泳いでやろうと計画し、会社で入ってる保険で利用できるスポーツクラブへ足を運んできた。過去に中野駅の反対側にあるジムへ行った事はあったが、あまりの混雑ぶりにその時は見学しただけ。実際にこのような施設で体を動かしてみるのは、アメリカ以外で今回が初めてだった。しかし!せっかく自宅から水泳パンツをスタンバって行ったのに(友達の結婚式でも着用)、本来の目的だったプールが利用できず終い。衛生上の理由から、僕が用意していなかったスイミングキャップがどうしても必要だったのだ。残念…。まぁプールに向かう前に、同施設内で別の形で体を動かしたのでとりあえずは良しとしよう。それにジャグジーにもつかれたし、サウナとかも使えたし。来週末に再挑戦します。

7日(日)。引越し予定に伴い、部屋探しをしてしまった。高円寺と阿佐ヶ谷エリア。中央線沿いが大好きな僕。今住んでる中野から、そこは目と鼻の先だったりする。実は前日ジムに行った後高円寺の不動産屋に行き、物件の下見をお願いしていたのだ。午後中を使ってその内の6軒を内見。僕の判断基準はその場所に足を踏み入れた瞬間、生活が頭の中で想像出来るか否かだ。6軒で住んでも良いかなと思えたのは2つ。ただし前回は急いで決めて失敗してるので、今回はきっちり選ぶ覚悟でいる。この作業は難しいがとても楽しい。時間をかけて悔いのない部屋探しをしよう。

初めての事や、経験済みだが不慣れな事をすると、経過している時間が長く感じれられる。知らず知らずの間に体も頭も疲れるし、場合によっては屈辱さえも受ける。でもこの緊張がない限り人は決して経験を積めないし、それを基に人間として大きくはなれないのだ。良くも悪くも、人生は経験だと僕は信じている。何事にでも挑戦する勇気を持ち、僕はこれからも人生を歩んでいのだ。

横浜に行く

▼2003年12月 5日 (Fri) -- No.[5]

今週はめったに行かない横浜にも関わらず、一週間で二回も行ってしまった。一度は仕事で、もう一度はプライベートで。

今週末、僕の従兄弟が横浜で結婚式を挙げる。その為にうちの親戚という親戚が前泊し、この日横浜に大集合していた。僕は会社が早くはけたので顔を出しに行ってきた訳だ。

親戚とは言え、知らない人だらけだった…。そこにいる人の3/4は初対面。でも知らない人と話すのが嫌いじゃないので、全員に挨拶して回ってしまったよ。おかげで顔も覚えたし、覚えられた。

二週連続で僕のつながりにおめでたい事があった。僕にもおめでたい事があれば良いな!

過去の日記について

▼2003年12月 4日 (Thu) -- No.[3]

気が付いている人がどれだけいるのか疑問だが、何気にこの日記ページには僕が過去に残した記録で、手元にあったものを全て載せてあったりする。過去に利用していた無料のサーバが突如不調に陥り、復元できなかったデータを除いてだ。このような試みは僕がウェブページを管理するようになってから初めてでもある。大きな更新を繰り返す度、CGIプログラムが作るログは常に0バイトからのスタートだった。

そんな過去の日記をビジターが遡って読む事を、僕は全く想定していない。むしろ全て自分自身のためである。2000年1月からの記憶と記録。過去を振り返る努力の手立てとしての記述体。その手がかりがあれば今の僕はまだ、鮮明とまでは言えないにしろ、当時の自分を思い出すことができる。しかしこれ以上年月が経てばどうだろう。色がついていたはずの何かが色あせ、白黒になり、最後にはブラックアウトしてしまうだろう。それは僕が常に恐れてやまない不幸だ。

僕は2002年の12月5日にアメリカ留学を終え、日本に戻ったと記憶していた。過去の日記で確認してみる。すると実際に帰国したのは12月3日だった。これは大した事ではないのかもしれない。しかし同じように僕の中で過去の認識が少しずつずれ始めているとすれば、恐れていることが既に身近に迫っている紛れもない事実なのだ。

僕は今まで過去の日記を振り返ることなどなかった。常に前だけを見て生きてきた。しかし過去と現在の自分を重ねて考えたい時が来ようとしている。そしてそれもまた、考えようによっては不幸だ。

久しぶりに横浜に

▼2003年12月 3日 (Wed) -- No.[2]

久しぶりに横浜に行ってきた。桜木町で電車を降りる。

駅を出るとほぼ正面に巨大な観覧車と、少し左にやはり巨大な建造物がそびえ立っている。何かが違っているようにも思うが、確かに見覚えのある風景。

僕が最後にこの場所に立ったのは何時だったんだ?記憶を辿る。

6年前。今と同じ季節だったな。

デフレ

▼2003年12月 2日 (Tue) -- No.[4]

「デフレ」とか言われてしばらく経つけど、僕はいまだかつて物価が下がったと実感した事などなかった。

しかし最近これこそデフレか!と雄たけびを上げたくなる風景を目にしてしまった。近所にオープンしたラーメン屋、何とそこのラーメンは一杯180円なのだ。カップラーメンとかじゃなくて、普通のお店のラーメンだよ。あまりにも安過ぎるのではないか!

僕は5年ほど前、居ても立っても居られずに、450円の牛丼屋を二件はしごしたことがある。小学生でもできる計算をすると合計900円。それと同じお金を払うと、今ではラーメンが5杯食えるのだ。これってよくよく考えるとすごくないか?あまり関係ないかもしれないが、僕は良くお店で売ってる「チャルメラ」みたいなラーメンを、一度に5袋食って吐きそうになったことがある。あまり関係ないが。

しかしながらそのラーメン屋は、僕んちからだと中途半端な場所にある。なので今までに一度も足を運んだことがない。頻繁に行くような場所ではないが、とにかく非常に味が気になるぞ。今度5杯と半ライスを食ってきます。押忍。

アントニオ渡辺

▼2003年12月 1日 (Mon) -- No.[1]

11月30日(日)は大学時代に知り合った友人の結婚式、披露宴、二次会に出席。

僕は友人から余興を頼まれていた。結構ギリギリになって準備開始。1週間前にはズラとか赤いタオルとかの「俺は格闘技家」セットを購入。披露宴前日(土)にアントニオ猪木の入場テーマをCDに焼く。当日持参するためだ。そして自分の部屋でパンツだけになってズラを被り、赤いタオルを巻きながら練習してしまった(すっごいバカっぽかった)。

式は13時半から。神妙な顔つきをしてる友人と、外国人神父を見ただけで僕は笑ってしまった。でも途中から不思議と感動してしまったのはどうしてだろう。結婚してもたまには飲みに付き合えよ。

15時から披露宴。写真は余興の最中に撮ったもの。前日に作ったCDをかけてもらい、スポットライトを浴びて颯爽と登場!そして僕は彼にメッセージを送ったのだ。迷わず行けよ。行けばわかるさ。

18 時半から二次会に突入。二人ももちろん同席したが、主役たちはあっちこっちに引っ張りだこであまりゆっくりしゃべれなかったなー。翌日から出発する新婚旅行のパッキングのため、お開きの後あっけなく帰った新婚の二人。旅行から帰ってきたら改めて色々聞かせてね。改めてお幸せに。

ところでアントニオに関してはもうちょっとうまくやれた気がする…。今回の反省を踏まえ、次回こそ(?)がんばるぞ!

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