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ドリエル

月曜の夜というのは眠れない確率が非常に高い。週末を過ごした後の微妙な時差ぼけと、新たな週が明けた気分の高まりが、僕の体と脳みそを引き離す。そして部分的に脳が覚醒していく。この「部分的に」というのがポイントである。結果的に脳と体、そしてそれとは全く別の力が僕の体を支配していく。

この夜もその例にもれず、横になってからも一向に眠りへと落ちる気配がない。夜中の3時までダラダラ過ごす。そしてついにドリエル(睡眠導入剤)を飲んでしまった。電気をつけずに2錠を口に含み、水道の蛇口をひねる。

説明とかを読まずに飲んだんだけど、これってすぐに効かないものなのね。それでも4時過ぎには寝られたと思うので、前の週、さらにその前の週のようにほとんど眠れないとかよりは良かった。自分はどうなっちゃうの!?と妙な期待も高まって逆に目が覚めた感が否めないのだが、それでも効いた事は確かだ。しかし本当の問題は翌朝であった。朝は必ずやってきて、僕は目を覚まさなければならない。しかし薬の影響なのか、普段の不眠の日より瞼が重たい。この日は一日中頭が重たかった。

感想。薬を飲むのであれば早い時間に飲む事が大切なのではと感じた。その方が睡眠時間も多く、恐らく効果が早く抜けるから体にも良いはず。この夜のように中途半端に飲んで中途半端に寝た場合、翌日以降の体調を崩してしまいそうで良くない。それならいっそうの事寝ないで体を休めるだけの方が良いくらいだ。それからやはり薬には頼らない方が良い。精神衛生上良くないし、何より癖になるのがイヤだ。

ドリエルって6錠で\1,000くらいします。こういうのってそこそこ高いから、飲むのであればもとを取りましょうね。

本質

本来ならば美味いと感じるものは体に良いものであると思う。しかし現代、それらが容易く摂取できるようになり、供給過になってしまったため、逆に体に悪いものになってしまったんじゃないかと僕は思う。

これは必然だ。生命体を維持するのに必要な物を美味いと感じる事で、僕らは進んでそれらを摂取するように自らを仕向けてきたのだ。その昔から人類は効率的に体力を維持する食物(糖分とか油分)を摂取するため、死に物狂いな努力をしてきた。気の遠くなる年月、僕らはそんな食生活を送ってきた。そして僕らはいつの間にか体に良い物を美味いと感じるようになってしまったのだ。

あらゆる生命体は本能的に種を残す願望がある。外敵や自然などの環境から身を守るのに体力は必要不可欠である。要するにそれを培う栄養素は種を残す最大の力なのであーる。糖分や油分、それを美味いと思えたからこそ、僕らは発展できたんじゃないか。しかし近年になって体に必要なモノ(美味いもの)が簡単に手に入るようになってしまった。僕らは欲望に任せ、必要としていた容器からこぼれてしまうほど食べまくる。結果的に冒頭に書いた矛盾が生じてしまったのではないか。

それはセックスが気持ちよいのと同じだ。気持ちよくなければ進んですることはない(種を残そうとしない)。

いやー、人間ってほんっとに良く出来ていますね。だから必然なんですね。

2000年 2月27日 (Sun)

「趣味は何ですか。」と質問されてみなさんはどう答えますか?

“Do you have a hobby?” 
(直訳:あなたは趣味を持っていますか?)

中学校の英語のクラスで男女ペアになり、他の生徒の前で頬を赤らめながら受け答えするアレですね。そこで小学校にはない英語に興味を持ち始めた少年は思い切ってこう答えるでしょう。
「私の趣味はボーリングです。もちろん投げる方ですよ。」、ペアになっている少女は、
「私の母は、元さわやかリツコさんかもしれません。」、とその事実をひた隠しにしていた彼女にとって、千載一遇のチャンスに胸をときめかせながら答え、赤ちゃんはコウノトリが運んでくる、と今だ信じて疑わない純朴な少年を驚かせたりします。この年代では女の子に比べて男の子の方が精神的、肉体的に発育が未熟だと言われています。そして彼は自分よりちょっぴり大人びて見えるその少女に淡い恋心を抱くのです。

中学を卒業し、高校にあがると同じ質問をこんな風に聞かれます。
“What is your favorite pastime?”
(直訳:あなたが気晴らしにする好きな事は何ですか? )

少しだけ英語が高等になりましたね。するとボーリングにおける「究極のこすり」を、なんちゃってリツコさんから伝授された今、数年前まで胸を焦がして眠れない夜を過ごした情熱を、もはや同じようには感じられなくなった男子生徒は、
「私の趣味は、お菓子作りです。」、と女子生徒を気遣う余裕を見せ始めます。彼は新たな自分探しの旅にでようと自分自身を奮い立たせたのです。ただし深遠なアメリカンジョークの本質を理解するにはまだまだ程遠いですね。彼はこの後しばらく、誰もが経験する思春期特有の苦悶を経たのち、自らがその時犯した過ちに気がつくのです。この辺りは村上春樹がその読者に行間を読ませる「青春の光と影」ですね。

さらに大学生になった彼はこう聞かれます。
“In which illusionary world do you find truth?”
(直訳:あなたはどんな幻想の世界で真実を探し出しますか?)

必殺の「ロゴス」を用いて思わず小林秀雄が評論したくなるようなこの哲学的問いに、いつの間にか図らずもレシピを見ずに美味しいキッシュが作れるようになり、少しずつ大人へと近づいてきた青年は、何のためらいもなくこう答えるのです。
「オレ様はヘビーメタル、略してヘビメタの邪悪な世界に住んでるぜ。」しかしクールに答えたにも関わらず、ここへ来て高校時代の過ちにようやく気づいた自分がいます。そうだ・・・、キッシュをシーフードテイストにする時、生の海藻ミックスを使う場合は、塩分の強いものがあるので塩抜きしてから使うのだ・・・。


僕の趣味は音楽鑑賞です。

続く

良くわからない言葉

エンタメ
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ところで僕は最近電車の中吊り広告、特に女性誌のものに目が留まる。くだらないキャッチコピーを見つけると嬉しくなる。ちょっと幸せな気持ちになる。今日見つけたので特にくだらなかったのが、「おはきあそばせ!小悪魔サンダル」というやつ。でも結構腹の出たオッサンが考えてるんだろうなー。

四天王

勝手に決めた中華四天王というのがある。

1. ラーメン
2. チャーハン
3. ギョーザ
4. 瓶ビール

具体的なイメージで説明する。季節は秋に移り冷たい風がほほを打ち始める頃。小汚い中華料理屋のカウンターに腰を下ろし、上の4品をまるで独り言のようにつぶやく。もちろんメニューなど見ないままである。手酌で黄金水をグラスに注ぐ俺。天井近くの高い場所にテレビが置かれている。店のオヤジに急ぎで作らせたギョーザをつまみながら、既に消化試合となった良い巨人戦をぼんやり眺める。最後にこのチームが優勝したのはいつだったのだ。しばらくして無愛想な店員が(恐らく中国人であろう)、湯気をのぼらせるラーメンと半チャーハンを運んでくる。そしてふと視線をあげると、無骨さの影に繊細さを滲ませるオヤジの背中が俺の視線にとまった・・・。

みたいな感じ?

しかし書いてて「アッ!」と思ったのだが、よく考えたらビールは中華料理じゃなかったな。それは良いとして今日はラーメン、チャーハン、ギョーザをつくり瓶ビールで食ってしまった。あー何て僕はゼイタクなんだ。あー美味しかった。満足満足。これで今日はちゃんと寝られるぞ。

弱さへの憧れというのは誰でもある。

って

書いたから今日はグッスリ眠れるって思うでしょ?

それが眠れないから不眠症なんだよ。何かね、計算速度が鈍って自分がバカになっていく感じが怖くて怖くてたまらない。

セキララ

とはこういう漢字を書くのか。

せきらら 【赤裸裸】
(名・形動)[文]ナリ
(1)からだに何もつけていない・こと(さま)。まるはだか。「一は衣冠した醜骸で、一は―の醜骸だ/社会百面相(魯庵)」
(2)包み隠しのない・こと(さま)。あからさま。「―な告白」「―に言う」
goo 辞書より

赤裸裸に書くと、今日は会社をズル休みしました。だって昨日は薬を飲んでも眠れなかったから。過去に何度も、何度も、何度も、何度も、どうやっても、どうやっても、どうやっても、どうやっても眠れずに一晩中思いを巡らし、夜が白むのを待つ苦しみをそこの君は経験した事ある?

ところで「弱さに対する憧れ」と言うのがあると思う。ここで特に僕が意味したいのは、自分があるべき繊細さ、現代人として持ち合わせてしまった複雑さを、自虐的に世界に誇りたい意思である。「自分は弱いんだ」というところを、マゾヒスティックに誇示したいと言う不思議な感覚。自分で自分を複雑化しているまさしくMの悲劇だ。

何て弱いんだ、何て不幸なんだ、と浸っているそこのアナタ。かわいそうだね。僕もかわいそうだけど。

黒澤作品

黒澤作品を立て続けに4本。これらの作品を僕は意識して観たことがない(と思う)。しかし鑑賞中、あるいは鑑賞後、それが嘘のような親しみを覚えている自分に気が付く。それほど僕らはリメイクされた作品、インスパイアされた後続、あるいは低俗な模倣など、何らかの形で黒澤の世界観に触れてきてる証なのだ。

全体を通しての感想。計算されつくされたストーリー展開、緊張感溢れるアクションシーン、それらを増幅させる効果音。全てが超一級のエンターテイメントとしか言いようがない。三船敏郎を超える存在感を持つ役者がこれからの日本映画界に出てくるのか。モノクロなのに色が見える。自虐的に残念さを感じるほど完成度が高い。

■隠し砦の三悪人
スターウォーズIVを製作したジョージ・ルーカスが、いかにこの作品に影響を受けていたのかマジマジと理解できた。太平:又七=C3PO:R2D2。最近の北野武の映画もこれが現点。ロードムービーっぽいのも僕の好みだ。

総評:
じわじわくる。4.5(5点満点)


■椿三十郎
良くわからないんだけどこれは「用心棒」の続きなのかな。三船敏郎の役どころが同じだった。この二作品の三船の立ち振る舞いは、男らしく、色気に溢れ、乱暴で、本当に素晴らしい。最後に来る仲代達矢との決闘シーン。緊張感と派手な演出にゾクゾクする。少し笑いもあるぞ。田中邦衛の脇役ぶりは良いが加山雄三はどうなんだろうか。

総評:
あのすり足っぽいところが良い。4.3(5点満点)


■赤ひげ
僕なんかがコメントするのが申し訳ないほど完成度が高い社会派ドラマ。作品としてはちょっと長いが、そこに黒澤の映画造りへのこだわりを感じる。鬼気迫る山崎努の演技に比べると、キャプテン加山は一体何なんだろう。でもそれが加山の良いところなのだと勝手に自分を納得させながら観た。

総評:
おそらく加山は計算されたダイコンなのだ。4.3(5点満点)

■天国と地獄
現代劇。アクションシーンがない分、全編にみなぎる緊張感がたまらない。その緊張感は観終わった後に脱力感として形を変え一気に僕を襲ってきた。新幹線からの有名な身代金授受シーンが観られて幸せだ。

総評:
4.2(5点満点)

太陽の季節

■太陽の季節(石原慎太郎)

1955年(昭和30年)、言わずと知れた現東京都知事の手による作品。「衝撃的」と評されるが、それだけにはとどまらない前衛的青春群像である。伝説の「障子破り」シーンを読みたくて手に取ってしまった。

丁度50年前の作品だが、今読んでも全く色あせていないのはさすがである。初版当時の世間の驚きが容易に想像できる。表題作はまだ良いのだが、全体的に挑戦的で攻撃的で暴力的。個人的な趣向だが僕にはちょっと合わず、あまりページが進まなかった。

総評:2.8
刹那だ。

勘違い

Sさんの送別会だと思ってたのに、実はそれが来月だったのに気が付きショックだった。それにやっと気が付いたのが午後3時。そうかそうか、2月と3月は同じ曜日の並びなのか。どうりで連絡がこないはずだ。というか、ちゃんと人の話を聞いてない自分も悪いんだ。

週末に天気が悪いと本当に気分が悪い。掃除とか洗濯とかする気にならないから部屋が散らかったままだし。夜はタイカレーを作って寂しく食べた。週末になると必ず何とかカレーを食ってるのは気のせいだけじゃない。それにしてもシマリのない週末だったな。

どうしてもここの見た目がしっくりこない。しっくりこないと書く気が失せるからイヤなんだよ俺は。

ベルヴィル・ランデブー

■Triplettes de Belleville, Les

2003年製作。フランスを中心にベルギー、カナダ、イギリスによる合作。現代社会への痛烈な風刺を含んだアニメーション映画。

僕にとっては生まれて初めてお金を支払って観たアニメだったりする。ついでに書くとお金を払って劇場で観たフランス映画は二度目で、これは「アメリ」以来だ。誘拐された自転車乗りの孫を探す老婆の話。

宮崎駿をはじめとする日本のアニメは哲学ともいえるテーマで世界的に評価が高いが、この「ベルヴィル・ランデブー」はそれと正反対かもしれない。アニメらしい無茶な世界と無茶な展開と無茶な映像がとっても良かった。台詞が要らないほど見た目のみでストーリーが追えて楽しめる。ただし観方によっては考えさせられるし不気味だ。一部の金持ちに支配される物質的な現代社会で、(愚鈍とさえ言えるほど)ひたむきに生きる人々の哀れさと強さが描かれた良作。

総評:3.0(5点満点)
アートでもある  

高円寺と阿佐ヶ谷

【祝】今日で禁煙(絶煙)三週間!
調査によると、三週間で体内からニコチンの99%が抜けるそうです。
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僕は杉並区の高円寺という街に住んナいる。隣は阿佐ヶ谷と言う街。区役所とかがあるので、こっちの方が中心なんだと思う。電車でたった数分、走って5分、歩いて10分の阿佐ヶ谷。だけど高円寺と比べると、駅前とか雰囲気が全然違って驚いてしまう。

駅の南口を考えてみる(僕んちのある方ね)。実感として高円寺は暗い。阿佐ヶ谷は明るい。朝方に高円寺は乾きかけのビールの匂いがして、阿佐ヶ谷は焼きたてのパンの匂いがする。高円寺にはパル、阿佐ヶ谷にはパールセンターというアーケードがある。高円寺はパチンコ屋が軒を連ねるが、阿佐ヶ谷にはその類のプレイスポットが文字通り一軒もない。夏場は高円寺は威勢のいい踊りがあるが、阿佐ヶ谷はかわいらしい飾りがある。要するに高円寺はガラが悪く、阿佐ヶ谷は品が良いのだ。

当然住んでる人も違うんだろう・・・。

睡眠改善薬

♪ドリームウェール ドリエル♪

眠れないのがイヤなので、先日 ドリエルを買ってみた。まだ一度も試してはいない。良いのか悪いのかここひと月くらいの度重なる不眠で、感覚的に今日は絶対に眠れないなどがわかるようになってきた。脳と体の断絶。互いが互いへの影響力をなくし、違う力が介在している感覚。そんな日に飲んでみよう。感想は記録として残す。

医学的な確証により効果が期待できるに違いないんだろうけど、そういう後ろ盾を得た安心感だけで不眠の症状が和らぐのもあるはず。やっぱり精神的なものが多いんだろうな。癖にならなきゃいいけど。

眠れない夜がわかるように、眠れる夜もわかる。単純だが運動をした日は眠れる。週末など横になったとたん心地よく眠りに落ちていけるのは、明るい時間に運動をしている結果なのだ。平日も体を動かせれば。

おしゃれ

昨日借りたDVDを観終わった後に走りに行って午後6時半。普段だったら夕食を採り、ゆったり時間を過ごす週末だが、今日は何故か突然外に出たくなってワザワザ電車に乗って出かける。

デパートで春モノのシャツとか眺めてたら、もう少し服にお金を使っても良いのではないかと突然思った。この冬どんな服を買ったか?セーターとジーンズだけ!と気が付いてしまった。これじゃさすがにダメだ。いまだに留学中に買った$3のダウンジャケットとか、近所の古着屋で売ってる¥1,900のTシャツなどを着てる場合じゃないのだ。まずは足元からだな。

ところで今日は卒業した大学のキャンパス付近を走ってビックリ。10年前は芝生だったところにでかいビルが建っていた。まだ建設途中みたいだけど、ピカピカした近代的な建物だった。学生時代にやっておけば良かったと思うことがある。あの時にああすればって。冷静に考える。それは今でもやれない事はないのだ。要するにやる気の問題だ。

新宿 南

この季節良く見かけるけど、腰をおろす事がなかった屋台である。「おでんとラーメン」という豪華組み合わせの屋台。新宿南口。

生まれて初めて行ってた屋台の正直で当たり前な感想。寒いという事実が一番料理を引き立てた調味料であり、スパイスであり、そして屋台を構成する一番大きな要素であった。おでんは不味くはないと思う。でも普通の料理屋の方がどう考えても美味い。屋台のおでんは「外が寒いから」美味く感じるだけだった。最後にラーメンも食べたが、味は自分で作った方がマシと言い切れる。同じように「外が寒いから」食べられた。ビールは屋台で飲むには冷たかった。ここは日本酒を注文するべきだったな。

今回は外れただけなのかも。多分他には美味しい屋台があるんだろう。それでも街の喧騒を感じながら食べる食事は格別。

総評:2.0(5点満点)

結局不眠

めざましテレビで早い時間にやる占いで、山羊座が11位だったのを確認。それから少しだけ記憶がない。7時前にはベッドから出てしまったけど。

お天気お姉さんの千佳ちゃん(この書き方はオヤジくさいか)が番組を卒業するそうです。「チカの傘はどっちか」とか結構好きだったんだけどなー。これからも応援してます。

やっぱり不眠

寝られないのでベッドから出てしまった。いつも週の半ばあたり、僕は不眠に悩んでいるような気がします。ストレスとかためてるように思わないんだけどな・・・。でもとにかく目が冴えてしかたがない。無理に眠る必要もないとは思うけど、それでもね。

パーククライフ(吉田修一)


映画は基本的に受身であり、気楽に楽しめる娯楽であるB言葉を変えると頭を使わない娯楽である。絵、音、動き、時間、全てが僕の思考をおぎなってくれる。むしろ強制される。

本は基本的に能動であり、確固とした意思を伴う娯楽である。言葉を変えると頭を使う娯楽である。モノクロ文字と紙の手触り。僕の思考を構成するのはそれだけだ。むしろ全てだ。

書評は難しそうだ。でもずっとやりたかった。そんなわけでヒトコトコメントから。

2.6(5点満点):僕が本を書くとこんな文体になりそう。

(アスパラXキュウリ) + (カレーXウィンナー)

それにしても今日作ったサンドイッチはイマイチだったな。これまでの人生で作ったサンドイッチで一番の失敗作。インターネットで調べたレシピからアスパラとキュウリのサンドイッチ、それからカレー風味のホットドック。

休みを最大限に楽しもうと二日酔いをもろともせずにジョギングに行き、その後に開いたばかりのスーパーで買い物をし、家に戻ってから仕込み、そしてワザワザ片道一時間を費やして外出して食べたのに。ついでに予想してたより外が寒く、まるで天気にまで見放された感じだ。しょうがないので家に戻ってからひたすらビールを・・・。アル中っぽいです。でもウィスキーとかウォトカとかよりましだ。そんな僕の頭で流れるのは"Che Vuole Questa Musica Stasera"(Peppino Gagliardi)。

今日は寒かったけど、土曜日は春の匂いを感じました。

入れ替わり

タバコはすぱっと止めたけど、お酒の量は減らない。アルコールの方が比較的自己調整できそうな気がしていたが、減らした方が良いとは思いつつも、どうのこうのいって毎日飲んでいる。ビールばっかり飲んでいる。本当に僕はいつからこんなにビールを飲むようになってしまったんだろうか。

最近のマイブームは本を読みながら湯船に浸かり、ビールを飲む事だったりする。夏場などシャワーで済ます場合が多いが、この寒い季節はちゃんと温まらないとね。休日などは夕方の明るい時間からお湯を張り、ゆったりとした時間を過ごしている。他に幸せはないのかと思いつつ、これはこれで良いのだと思う。最近つくづく思うんだけど、やっぱり本を読まなきゃダメだね。本を読まないと絶対にバカになる。

ところで先週末、新しいイスと机が我が家にやってきた。さっそく組み立てて今までのと置き換える。僕のセンスが良かったのか、部屋にとっても馴染んでて良い感じである。この日は近所の公園で木製の踏み台に色まで塗ってしまった。部屋に赤い色がない、という理由で真っ赤に塗られたそれも、最初からその姿だったかのようにぴったりはまった。

逆に今日は今まで使っていた机とイスを捨ててしまった。ワザワザ会社を休んで捨ててしまった。今までどうもご苦労様でした。

鈴木爛々

久しぶりに鈴木爛々をテレビで見た。彼女と言えばクリクリした瞳で「ポンキッキーズ」に出てた印象しかないが、大人になった今(多分僕と年齢的に変わらないと思う)、いい意味で経験を得てる感じで好感を持った。嫌いじゃないかも!

土曜の朝のお楽しみ

あーよく寝た。21:00に寝て10:00に起きた。健康だ。一時的とは言え不眠はやっぱりイヤだ。しばらく前に禁煙と不眠の因果関係はあるのか、とちょろっと書いたけど、調査によるとタバコを止めてから不眠を訴える人も確かにいるらしいです。僕もその一人だったのか。もうちょっとでタバコを止めて2週間。今日は無意識にタバコに火をつけて一口吸うが、自分のその行動にふと気が付き、煙を肺に入れずにそのまま吐き出した上でタバコの火を消す、という夢を見た。

土曜の朝にやってる「渡辺篤史の建もの探訪」は長年続く名物番組で、僕はこの番組によくチャンネルを合わせたりしてる。快適そうな空間や窓からのぞく風景は、僕の想像力を大いに刺激してくれて楽しいのだが、それ以上に渡辺篤史のコメントが良い。彼はとにかくほめ上手なのである。

建物の造りはもちろん、環境、ペット、家族構成など、とにかくその場に存在する、ありとあらゆるものを彼はほめる。一般人には見えないものまでほめる。彼のコメントはとても親身な響きがある。酸いも甘いも経験した人生の先輩がつむぎだす穏やかな言葉である。行間を読ませ含蓄があふれている。

先日渡辺は「海外に住む娘夫婦の設計による家」、に住む老夫婦を訪問していた。「細かいデザインに気を配った完成度の高い家。」画面の奥にいる渡辺の落ち着いたコメントに、画面の前の渡辺(僕の事ね)もなるほど・・・、と相槌を打たずにいられない。2階にある夫の書斎に移る。3畳の狭いスペースに机、本棚、パソコン、小さな窓。誰もが憧れそうな隠れ家的なスペース。しかしこの部屋の一番の特徴は、何といっても中に便器があるのだ。

もちろん渡辺はほめる。「年が行くと何といっても近い方がいいですよね。」頷ける。そしてここが渡辺の真骨頂。「欧米では当たり前ですね。」凄い返しである。書斎でもありバスルームでもあるという、誰がどう見てもとぼけた部屋に対してこのコメント。うんこのにおいがする書斎で手紙をしたためる気持ちにはなりません。

僕はうんこをしながらタバコを吸うのが好きだったけど、今はできません。

快眠日記

昨日はやっとよく寝た。途中一度目を覚ましたのは別として、朝までぐっすり寝ることが出来た。ちゃんと睡眠が取れるのって素晴らしい。

ところで今更なんだが、自分の苦手なタイプがはっきりしてきた。自分を(僕の事)、自分に(相閧フ事)巻き込もうとする人。ペースに乗せようとする人。例えが陳腐だが、訳も解らず飲み会とかで飲まされそうになるとそいつを殴り倒したくなる。反面、そういう人の誘いをうまく断れないのが自分だったりする。つまりそういう自分の性格を見るのがイヤなのだ。

自分がしたい、したくない、だけで意思決定のほとんどはOKなはず。もちろん社会でそんな理想が通じないのは十分わかってる。僕だって意思に反して行動する場合だって事実として多い。

同じような理由から、人に流されてそうな雰囲気を持つ人を見るととてもじれったくなる。これまた陳腐な例だが、流行の服装とかしてて一見それなりに見えるが、実は自分は何も考えずにしてて「流行を追いかける」のが自分の求める道なのだとも言い切る術を知らない人。飲み会が終わったあとにお店の前でみんなでワラワラする中にまじってる人。二次会に行くとか家に帰るとか、誰かが言い出すのを待ってる人。お昼休みになっていつもの誰かが声をかけるのを当たり前のように待ってる人。決して一人で動けずに、常に周りをうかがってる人。こういう人が周囲に多い、という意味では決してないです。

くどいようだけど自分がしたい、したくない、という意思決定の基準はとても合理的だと思うな。

今日の不眠

行為としては24時くらいには横になり、7時に身を起こした。これだけ書くととっても健康的な睡眠が取れてるけど、実はこの間5回ほど目を覚ましているのだ。最初は2時間半寝て目を覚ました。次には1時間、その次は30分など・・・。

目が覚めて眠れない地獄に落ち始める、頭の中でありとあらゆることが考え出される。その考えに夢中になり、益々目がさえて困ってしまう。ここでの回避策はテレビをつけることである。目を閉じて深夜のどうでもよいテレビを聞くと、僕の思考は中断され、散断され、よい意味で集中力が切れるのだ。そして僕はまた浅い眠りに落ちていく。

せっかくだから睡眠改善薬とか試してみよう。

不眠と禁煙

結局昨日から今朝にかけて僕は再び眠りにつく事はなかったと思う。「と思う」と書いたのは、6時くらいになって完全に睡眠を諦めてテレビのスイッチを入れた後、ブラウン管の中で何をしゃべってるのか良く覚えていないから。ウトウトくらいはしてたんだと思う。

僕はもう少し正々堂々と日常生活をつづっても良いと思う

不眠と禁煙に因果関係はないはず、みたいな事を眠れずに書いた。実は今日でタバコを吸うのをやめて一週間が経っているのだが、確かにその間の睡眠量は少ない。タバコが僕の眠りのスイッチとなっていたとは思いたくない。

(まだ一週間だが)僕がタバコをやめられたのは、今思うと完全にタイミングの問題だった。やめたい気持ちとやめるきっかけがうまい具合にシンクロした。よほどの事がない限り僕は再びタバコを吸おうとして火をつけはしないだろう。逆に何も考えずにタバコを吸えそうな自分も怖いのだが。

とにかく僕は日常的な生活を、もう少し書いても良いような気がする。偽りをつづってきたとは思わないが、最近は人の目を気にしすぎていたように思う。そもそもこの日記は僕自身のためだ。人に見せる意識は限りなく少ない。

これからは読むのがイヤになるような偏見や、誹謗中傷があるかもしれない。逆に賞賛や羨望などもあるはず。正直でいいんじゃないか。

2月だ

タイトルは絶対に入れなきゃいけないんだろうか。

30分だけ寝て起きてしまった。不眠と禁煙に因果関係はないと思けど、本気で僕はどこかおかしいのではないか。

今日もしばらく眠れそうにないので実験的にこんなにしてみました。今度はコメントも書けたりするのだ。

近い将来ここの場所を移します。それまでどうぞよろしくお願いします。

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