« 2006年11月 | Home | 2007年01月 »

よいお年を

今年は大変化の年でした。来年も引き続きばたばたが続きそうだ。どんな年になるかな?

みなさんよいお年を。

船橋のIKEA

に、行ってみた。ちょっと前にオープンしてしばらく混雑が続いてたみたいだけど、少しは落ち着いた頃なのかなと思ってね。IKEA店内に入るのは生まれて初めてである。

大きな家具屋さんとしか印象が持てなーい!今まで日本になかったスタイルのお店なんだろうけど、「今までの日本の家具屋」というのを知らないので、何と比較してよいのかわからないのね。でもよく考えてるのかなと思ったのが、まるでテーマパークかのような商品の展示だ。これは僕にディズニーランドにおけるアトラクションに乗る前の行列を思い起こさせた。基本的に店内が一方通行なのである(これは好き嫌いが分かれるところだと思うが)。キッチンやらリビングやらバスルームやら、テーマ別にまとめられ、色鮮やかでスタイリッシュな家具たち。客が実生活をイメージできる一連のセットとして、「シーン」が提供されていた。これは家具というよりはむしろ、その背後にある「センスに溢れるおしゃれ生活」への憧れを刺激するんじゃないか。「北欧の家具」というのが、実際に北欧を知らない人の知的好奇心をくすぐるぞ。


結局売り場では何も買わなかった。「売り場では」と書いたのは、最後の最後にホットドックと炭酸飲料をかったから。総評としては、確かにリーズナブルである。同じ値段で他の店で買うよりも、実際に物は良いのかもしれない。過去に日本から撤退した歴史から何かを学んだんだなきっと。しかしながらやっぱり裏を返すと、若干の安っぽさが目についてしまう。ああやって綺麗にディスプレイされれば、何だって良く見えるのは当たり前なんじゃないか。僕がプロデュースすれば、もっともっとセンス溢れる空間ができあがるかもしれないね。結局肝心なのは、その家具で生活する僕らそのもの。家具は飾るものじゃなくて使うもの。家具に囲まれて住まわされるんじゃなくて住むもの。使い勝手が良く、かつセンスに溢れる家具を選ぶのは、他でもない僕らなのだ(それは無能な政治家を嘆く僕ら自身が、その選挙権を行使して、無能な政治家を選んでいるのと同じだ)。そして生活を実践するのも自分以外の何者でもない。

別にIKEAを否定してるわけじゃない。IKEAで「買うもの」と「買わないもの」を、僕らが見極める必要があると書きたいだけ。実際欲しいのももあったしね。IKEAに行く前から常々欲しいと思っていたのは、本棚に載せる緑の傘のランプ。でもイメージに沿うものが無かったのはしょうがないね。

ららぽーと豊洲

というのに先日行ってきた。最近オープンしたはずである。こういう形態の(大きなショッピングモール)店舗が日本にもあるんだね。話題のキッザニアもこの中にあって、思ったよりも広くてビックリ。

アメリカではよく見かけるこのような店舗。比較してみると、日本版ではやけにレストランの数が多いのに気が付いた。食事する場所に関して、向こうでは大抵の場合は広大なフードコートがひとつあるのみ。しかしららぽーとはフードコートに加え、いたる所にカフェやらレストランやらバーやらで溢れ返っていた。全テナントの1/3くらいは飲食店なんじゃないか。そしてさらに不思議だったのが、どの時間でも、どこの店でも、ほぼ満席状態なのである。日本人はそんなにモノを口に運ぶのが好きな人種だったのか?しかもそのタイミングは考慮されないのか?週末だったので人出自体が多いという事もあったんだろうけど、それでも日本人は基本的に食事が好きなのかもね。

それから匂い。これも不思議だったな。何故かアメリカのモールと同じだったのである(というかアメリカの匂い)。アメリカ系のレストランが多く、かつ使っている素材、シーズニング、調理法が近いんだろうか。どこかの排気口から出てくる匂いは、まるでアメリカそのものだ。歪んだ資本経済の一翼になってしまったようで複雑な気分。

ついでなのでひと言。近所のママさんコーラス隊みたいなのがパイプオルガンの伴奏でクリスマスソングを歌っていたのだが、これがまた「超」がつく位下手クソだった。本当に耳を疑ってしまうくらい。知り合いならまだしも、赤の他人に聞かせるのはどうかと・・・。大きな音が出てるので、とりあえず立ち止まって聞く人も多かった。しかし明らかに外れた音に絶えられないのか、皆すぐにその場を去ってしまっていた。歌っている彼女たちが、もの凄く楽しそうに見えたのは良かったけど。

何を買ったわけではないけど、ちょっと見聞を広めた感じのモールでした。

シルバーとオレンジ

別に僕は「てっちゃん」ではないのであるが、前々から気になっていたこと。首都圏のJR在来線のカラーリングの傾向と、その波から外れている中央線である。

中央線というは東京を東西に横断するJRとしては最もメジャーな路線の一つ。中野-立川間というのは、新幹線以外のJR路線では一番長い直線である(豆知識)。色からしても、首都東京を支える大動脈といっても過言ではない。この中央線のダイヤというのがメチャクチャ複雑だと聞いた事がある。快速、特別快速、通勤快速などの区分けと、さらに長野方面と新宿を結ぶ特急列車が加わる。ただでさえ長い路線のため、たった一箇所の踏み切りで点検作業などが入っただけで、全体の発着予定が大幅に崩れてしまう。いかにその存在感が大きいかという変な指標だけど、いわゆる「人身事故」がダントツで多いのがこの中央線だ。

話を戻すと、シルバーの車体に色がついたラインというのが、JRにおけるカラーリングの基本線である。総武線はシルバーに黄色、山手線はシルバーに明るい緑、埼京線はシルバーに深い緑、京浜東北線はシルバーに青、京葉線はシルバーに赤といった具合。これらの車両は随分前に変更されている(それまでは一色ベタ塗り)。でも中央線だけは昭和を感じる色合い。21世紀を迎えても、昔からのオレンジ一色車体だったのね。はて、これはどうしてなのかと僕は以前から不思議に思ってたのだ。

そんな僕の杞憂を晴らしてくれるのか、2007/12/26(今日)、満を持してシルバーにオレンジというカラーリングの車体が導入された。社内広告によると、新車両は従来に比べ36%の省エネ化を実現し、座席の幅を3センチ増やしたらしい。ついでに重量も軽くなったとのこと。東京-高尾間の所要時間が短縮されるのかな。少しでも通勤が楽になればと僕は思う。まぁそれは良いんだけど、どうして中央線の車体入れ替えが一番最後になったんだろうね。疑問は残る。

Happy Holiday!

近年の風潮として"Merry Christmas"の代わりに、"Happy Holiday"をシーズンの挨拶とする、と今朝のニュースで聞いたばかりだった。宗派に関係なく、Christmas休日を楽しもうという理由からだ。しかし実は時代は更に進んでいた。先週会社に入った帰国子女によると(最近まで外国で生活していた)、最近は"Merry Christmas"が復活してきているというのだ。何でも"Happy Holiday"を意識的に使うのは、キリスト教を逆差別してることにつながる、という一部の意見を反映した流れとのこと。このあたりはもの凄く難しくて、僕など意見できる意見などない。無宗教の僕にとってはどっちでも良い事、とどうしようもない感想しか持てないね。

自分へのクリスマスプレゼントになるのかどうかわからないけど、やっとケータイが復活した。ボストンに忘れてきて、一応宿泊したホテルに連絡してみたんだけど音沙汰なし。どうせアメリカじゃ通信方式が違うので使えない。郵送してもらうのもお金かかりそうだし、もう3年近く使ってて、実はずっと新しいのが欲しかったのだ。今度も結局AUになったけど、今出てる機種で一番薄いヤツを選びました。サブパネルに妙にピカピカした鏡が採用されてて、そこにデジタルの時計とかが浮かび上がる近未来的デザインのヤツである。初代が「らくらくさん」、次が「FM君」、そして今回、思い切って僕は「ミラーマン」と命名した。ちょっとギリギリのネーミングセンスだ。

問題はFM君のデータが全て消えてなくなったこと。でも電話番号とメールアドレスは変わってません。なのでコレを読んでて、僕をコンタクトに入れてる方!電話番号を書いたメールなどを僕に飛ばしてくれたら非常にありがたいんだけどなー。もれなく僕から返信メールが届きます。今回は不幸にもケータイの全データを無くしてしまった。でもこうやって機種を変える度、自身のコンタクトが初期化され、淘汰され、再形成されるのはとても喜ばしいことだと思う。正直ちょっと寂しいけどね。

皆さんちょっと遅いかもしれないけど、Happy Holiday!そしてMerry Christmas!

疲れでダウン

気がつかないところで疲れが溜まってたんだろうか。13日の午前中(午後は前に書いたプレゼンのため出社)と、14日の終日会社をお休み。熱が出てぼけーっとしてしまった。年なのか。。。心はいつでも15の夜なのに・・・。

"You're All I Need" - Motley Crue
この曲を聴くととっても切なくなる。1987年のアルバム"Girls, Girls, Girls "から。時期的には次作"Dr.Feelgood"でLAメタルの覇者としての絶対的なポジションを確立する直前。ぎりぎりでコマーシャライズされずにいた当時の彼ら。そのキャリアでもっとも勢いがあった時かもしれない。このアルバムがファンに指示されたことが、次作の全米No.1につながったのだ。ヴィンス・ニールの声質+楽器本来の音が作り出す生々しい楽曲としての全体像が、最近の作りこみ音楽の寒々さと極を成している。歌詞はありがちなのかもしれないんだけど、それだけに余計生々しさが増幅され、痛々しい。よくわかんないけど、色んな要素が絡まりあって、僕の心の琴線に響くのだ。

米国におけるイチローの評価について

つい最近ボストンで訪ねた会社の人が、今度はこっちの会社に来た。僕はトレーニングのフィードバックということでプレゼン。ボストンにいる時、「こんなのやるから何かスライドで作っといて」と指示されてた訳です。海外で会社メールが送受信できた悪い側面の例だね。帰国後間もなくということで、時差ぼけによりクラクラしてたけど何とかなった。最初は15分だけ、ということだったけど、終わってみたら結構長かったな。

ところでボストンにいる時、ポスティングシステムにアメリカメジャーリーグに移籍したマツザカの事について聞かれた。ボストン市民の一般的な感想はこの2点。
1.ネゴシエートのみに60億円という金額を支払ったレッドソックスはどうしたものか
2.実際のマツザカの実力はどうなんだ

マツザカはまだこれからなので良くわからないのだが、とりあえず一般的なアメリカ東海岸の野球ファンにとって、マツイは確かにスターとのこと。でもさらにアメリカ人に評価されてるのがイチロー。彼の出現により、野球本来のあり方、見方を再確認することが出来たんだって。

僕はイチローの試合をシアトルに見に行って、用意していた横断幕とともに、日本のBSに映ったことがあるよ。

Day9,10:さよならボストン

前夜物凄く中途半端に寝てしまって後悔が残ったのだが、すっきり目が覚めたのが午前4時。フライトは9時。ホテルを出る6時半までは、ダラダラとテレビを見たりインターネットをして時間をつぶす。

8泊もしてしまった。チェックアウト後タクシーで空港へ。帰国のフライトもシカゴ経由の成田行きである。飛行機に乗り込んで直ぐに眠る。トランジットは数時間。シカゴと言えばピザだ!でも当地名物である物凄く厚くて具沢山のピザではなく、何故か全く普通のピザを食べた。これもいたって普通の味だ。シカゴから成田までは約12時間。映画を4本やってたけど、全部見逃して寝た。こんなにフライトで寝たのは今回が初めてである。ボストンから東京まで、8割くらいは寝てたんじゃないか。16時半に成田に着き、結局自宅に戻ったのが19時くらい。ホテルの部屋から自宅まで約24時間の長旅であった。

ボストンベイエリア
総括: 今回のボストン出張は、まず気分的に楽であった。何かを決めて帰る、というタフネゴシエーター的役割は無し(もっとも僕にはできないけど)。現地では不思議なくらいのモテナシを受け、殆どお金を使うことがなかった。毎晩のように食事に連れてってくれて、特にローカルスポットがもの凄くよかった。用意されてたトレーニングメニューは、予想したのよりオーガナイズされてて、いい加減な気持ちでやってきた僕は引け目を感じてしまったくらいだ。できればもう少しくらい裁量を与えられてて、せっかくだから連中にもガツンと言い残して置きたかった。一緒に行ったFさんは同年代。僕と同じく留学経験があってアメリカに慣れてたし、全くと言って良いほど気を使わずに良かった。親戚のJとYさんに会えたのも良かった(S君に会えなかったのは残念だった)。自由な時間がある程度持てたので、仕事および日本での日常生活から離れ、精神的にリフレッシュできたと思う。ボストンを縦横無尽に駆け抜けたことが一番楽しかった。他にも行きたい場所はあった。

終わってみてそう感じられる余裕がある自分。振り返った時そう感じている自分がいることこそ、今回の充実ぶりを表現しているのではないか。8泊10日。お疲れ様でした。

Day8:ボストンマラソン

完全オフ。まる1日自由行動。

仕事が終わってからやっと時差ぼけが取れたみたいだ。それまで夜中とか朝の3時に目を覚ましていたのに、この日は午前7時に丁度良く起床。この日、本当はボストンから車で2時間の距離に住む友人S君と会う約束をしていた。しかし彼の車にトラブルが発生した結果、残念ながら予定はキャンセル。アメリカで車がないのは致命的。これはしょうがない。という訳でいつかと同じく近所のダンキンドーナッツで簡単に朝食(ボストンはダンキンドーナッツで溢れていた)。

ボストンベイエリア
今回の目標は「毎日走る」という事であったので(結局毎日は走れなかったけど)、とりあえず午前中はボストン市内を走ることにした。お腹がこなれた9時過ぎに地図と$20札をポケットに入れて走りに出る。まずは初日に歩いたFreedom Trailを逆走する。歴史的な建造物を横目にしながら、トレイルヘッドのBoston Commonまで1時間半。走ってきた同じ道を引き返しても詰まらないので、それからCharles River沿いを走る。僕のほかにもランナーが沢山いた。川を渡った場所にあるMITのキャンパスでお手洗いを拝借。続いてHarverd Univ.のあるケンブリッジ地区まで足を伸ばす。ハーバード大学構内を走って横切り、そこから15分くらいのロケーションであるホテルまで戻った。合計2時間半。ボストンを縦横無尽に駆け抜けたぞ。車の窓からじゃ決して見えないものがある。午前中が終了。
ボストンベイエリア
午後は電車で市内へ。ランチを取りながら絵葉書を書き、子洒落たショッピングエリア、Newbuy st.をうろつく。年齢を重ねるに連れ、欲しいモノが減ってきたように感じるのは僕だけなんだろうか。続いて近くにあるショッピングモール、Copley placeへ。でもやっぱり欲しいモノがない・・・。そんなこんなで夕方になり、あっと言う間に日が落ちる。歩き疲れた僕はホテルへ戻った。

ビールを飲みながらその日にいった場所を改めて確認。一人反省会をする。そして気が付いた。どうして僕はボストン美術館に行かなかったのか。数ヶ月前、このボストン美術館の特集をテレビで観ていたのに。このページのコメントを読んで初めて知った事が。世界的に有名なジュリアード音楽院は、この日に行ったNewbury st.の近くであった。ハーバードとかMITなどの「観光スポット」より、むしろこっちを訪ねるべきだったな。

同じく丸1日単独行動を取っていたFさんとホテルで合流し、夕食に出る。この日のディナーは適当に入ったブラジル料理屋。残念ながら味はイマイチ。続いて入ったバーも、土曜の夜だというのに客入りが悪くてウラ寂しい雰囲気だった。ボストン最後の夜だったのにとっても損した気分・・・。ホテルに戻ったら例によって猛烈な睡魔。睡眠と恋は落ちるもの。意図してなかったのに寝てしまった。コンタクトを装着したまま、シャワーを浴びないまま、歯磨きをしないまま、キングベッドに横向きで21時に就寝。

Day7:仕事最終日

前日20時に寝た結果、翌日の2時に目を覚ましたのであるが、それきり眠くなる気配がなーい!良いのか悪いのかわからないけど、今回は海外で会社メールが受信可能なマシンを持参。東海岸の深夜というのは日本の夕方。メールを飛ばしても結構レスポンスが良かったりするので、何通かメールを書いたぞ。

この日はトレーニングの最終日なので、一応スーツを着込む。初日もやっぱりスーツだったけど、それ以外はビジネスカジュアルで過ごしていたのだ。この日は8時からデータセンターツアーでスタート。ざっくりとしたトレーニングを既に受けている僕ら。残りの午前中はかなり具体的な内容であった。そしてこの日のAMで全カリキュラムが終了(計4.5日)。最後はまとめを兼ねてお偉いさん達に囲まれてランチ。僕に何かの裁量が与えられてる訳でもないのだが、彼らはそれで満足したのであろうか・・・。いずれにしろこれで予定されてた仕事は無事終了!振り返って考えるととっても早かった。

ホテルに戻ってからだらだらと時間を過ごし、夜は最近親戚になったJとYさん夫婦に会う。二人は市内まで車で10分程度というボストン郊外に住んでいる。せっかくなので食事でもしようかと、ボストンに着いてから連絡を取っていたのだ。20時前に、つい最近購入したというピカピカの新車でホテルまでピックアップしに来てくれた。僕のリクエストは王道のロブスター!この日までにシーフードは食べたけど、実はロブスターは食べてなかった。

仕事もないし残りは遊ぶだけ。もう最初からノーリミットである。まずは"B & G Oyster"というレストランへ。念願だったロブスターと生牡蠣を食べた。この場所は地下鉄の駅からも離れ、観光客がまず来ないのだが、店内はカジュアルでオシャレ。料理ももちろん美味しい・・・。続いて付近にあるバー"Pho republic"へ。天井が高くて気持ちよいぞ。裏通りで製造しているという地ビールで乾杯!何気にベトナム料理屋でもあるとのことで、料理もすごく美味しいんだって。ちなみにこの付近は「夜は絶対に一人で歩くな」と言われるボストンで一番危険なエリア(North End)。会社には仕事でボストンに数年住んでいたという人がいるのだが、事前に彼にも「絶対行くな」と言われていた街。でも今回は地元の人と行くんだから全くもって安心。そんな場所にこられて幸せ。さらにお腹が減ってきたので、今度はチャイナタウンで軽く麺などを食う。これもこれでとっても美味しい。

ボストンのナイトライフを堪能した夜。やっぱり地元の人に連れてってもらうのが一番良いね。

Day6:終盤戦突入

この日あたりが時差ぼけ疲れのピークであった。とにかく変な時間に眠たくなって、変な時間に目が覚めて困る。一番嫌なのは夜眠れないことだね。

創立者と一緒にランチを採る。10年ほど前にマフィアの銃撃戦が起こったという、オフィス近くのレストランで食事。ファウンダーは何だかよくわからないけどオーラが出ていた。ことを成す人ってこういう部分があるもんだ。彼はとってもお金持ち。でも乗っている車は160000マイルも走ったホンダアコードであった。まるで高校生の娘が始めて乗るような車である。しかも彼が所持しているのはその一台のみ。それでもハワイに別荘とボートも所有している。アメリカ人の考えることはよくわからないねー。ところで僕は店でチキンが入ったラップを食べた。普通の味だけど、やや飽食気味の僕にはちょうど良xかった。

バーガーキングで食べた
仕事に関しては特筆することがない。で、ディナーはということだけど、この日は特に予定なし。いつもよりちょっと早く終わったのでホテルには直帰せず、タクシーで近くのお店が集まってるエリアまで。ちょっとお買い物。お腹は空いてなかったけど、何か食ったほうが良いということで、今回の目標としていたバーガーキング(以下BK)で食事。何でわざわざBKなのだと言われてもしょうがない。単純に好きなのである。店内に入ったとたんにBK独特の匂い。そして4年ぶりくらいにワッパーを食べた(ワアパァーと発音するとちゃんと通じるよ)。うん、覚えていたとおりの味だ。パッケージが変わったのと、ポテトの量が減ったのに違和感を覚えたが、基本的には満足。でも全体的にヘルシーになったんじゃないか?僕はあの不健康そうなところが大好きだったのに。

ホテルに戻り、この日までにカバーしたトレーニング内容をまとめようかと思ったのだが、やっぱり殺人的な睡魔で20時に落ちる。

Day5:なか日

1週間のトレーニングの中間日。相変わらず時差ぼけは残っていたが、ペースに慣れてきたので体調はまずまず。この日もひたすら講習を受ける。会社のCEOとランチを取ったが、とてもエネルギッシュな人であった。この日もやっぱり17時までで、その後は例によってディナー。

RedBones
どんなところで何が食べたい?って聞かれて僕が答えたのは、「観光客が行かないローカルな店で、いかにもアメリカンなもの」。という訳で向かったのは、市内から車で10分くらいの場所にある、地元民で賑わうリブの店だ。"Red Bones"というレストランであるが、入ってみて僕はすぐに気に入った。この活気に満ちた雰囲気と、質実剛健なつくり、そしてこなれた接客!僕はまさにこのような店に行きたくてしょうがなかったのね。オーダーしたのは名物のリブであったが、抑えた塩と胡椒に、絶妙なバーベキューソース。肉は柔らかくて絶品。大満足な味である。

RedBones
右の写真の右端はFさん。はさまれた二人のアメリカ人がパートナーシップを結ぶ向こうの会社の人。僕の横にいる人とは、今後直接的にやり取りしなきゃいけなさそうなので、こういうところで人となりを知ることが出来て良かった。ちなみにこの人はちょっと前までビール会社を経営していたとのこと。マネージメントもするのだが、麦やホップを厳選したりする文字通りビール造りも手がけていたそうだ。中々興味深い話が聞けたぞ。彼が勧める地元のビールを飲んだ。お腹が膨れた後はすぐ近くにあるアイリッシュパブへ。こっちのバーとかって天井が高くて僕は好きだ。ご馳走様でした。

ホテルに戻ったのが21時くらいだったけど、この夜もFさんとPaulと一緒にバーで飲み直す。3人でプールをしたが、僕はFさんには勝ち、Paulには負けた。

強烈な睡魔に襲われて就寝。

Day4:ディナートリップ&ドライブ

時差ぼけのせいでAM3時に目が覚める。もう寝られない雰囲気だったので、部屋でネットサーフ。6時を過ぎたあたりでホテルの一室にあるフィットネスセンターへ。すると今回僕らを受け入れてくれてて、何かと世話を焼いてくれるpaulの姿が。彼は5時半から運動してたとの事で、彼と入れ替わりで今度は僕がフィットネスセンターを独占することとなった。30分くらいトレッドミル。

前日同様朝9時から午後5時までみっちりトレーニング。実機を使い、現場の人と話す。やっぱり実際に触ってる人と話すのが一番理解が深まるねー。

夜は技術部門の人3人がディナーに連れてってくれた。最初に向かったのはハーバード大学のあるケンブリッジ地区。現地で有名なピザ屋で食事する。その後寒い中ハーバードのキャンパスを歩いて観光。続いて小洒落た街並みのnewberry street付近にあるバーへ。マルガリータを飲んでとても気分が良いのだが、いかんせん眠いのだ。基本的に夕方になると睡魔が襲ってきて、この時間にピークを迎える。最後には彼らがツアコンと化し、ボストン市内をドライブ。ホリデーシーズン真っ只中だけに、街並みはとてもきれいだった。

ホテルに戻ってからも眠たかったのだが、もう一杯くらい飲みたくて仕事の相棒Fさんとホテルのバーへ。久しぶりにプールをして遊んだ。11時就寝。

Day3:仕事初日

今回の仕事は会社で新たに導入するシステムのトレーニングである。会議に出席する訳ではないので、その意味では気が楽。自分で資料を作ってプレゼンするということもないし、最悪座ってるだけでも時間が過ぎていく。あらかじめ作っておいたリストを元に、不明点を明らかにしていくだけだ。実機を使ったエクササイズもあるから飽きることもなさそう。問題は日本に戻ってからなのだ。

この日は迎え入れてくれる会社の人と朝7時半にホテルロビーで対面。朝食を一緒に取りながら概要を話し、シャトルでその会社に到着したのが8時半過ぎ。9時からトレーニングの開始である。手に入れたアジェンダは、15分、30分刻みでこんなの初めて見るというぐらいの細かさ。昼間のトレーニングだけでなく、ランチ、ディナーまでちゃんとセットアップされてて驚いた。誰と一緒に行くかとかも書かれてる。大雑把な人が多いアメリカ人だけど、これだけ細かい仕事ができるってすごいなと普通に関心。担当はセールスのエグゼクティブの人だから、かなり偉い人に違いない。午前中から入れ替わり立ち代りプレゼンの嵐。少しでも注意散漫になると英語がよく聞き取れず、すぐに何をしゃべっているのかわからなくなる。正直ぼけっとする場面もあったけど、何とか無事終了!

Union Oyster House
お楽しみのディナーはボストン市内にあるUnion Oyster Houseへ。ここは何でも1826年にオープンして、アメリカで現存する最古のレストランだそう。名前の示すとおりにシーフードの店である。自分のデジタルカメラを持ってこなかったのが残念。店内はとても歴史を感じさせる趣で雰囲気がよい。増築に増築を重ねて今に至っているようなので、意外に広くて、意外にきれいなスペースもあったりした(僕らは「歴史ある」方のシートに座ったけど)。僕はチャウダーとサーモンのフィレを食べた。味はしつこくなくて、日本人にも合うのではないか。ここで食べたチャウダーは、おそらく今までの人生で食べた中で一番美味いチャウダーだ。過去にボストンに来た時の印象が「シーフードが美味い街」。その印象をさらに強める夜であった。

ところでこの日は、ボストンで今年初めてという雪だった。そんな寒さなのにホテルに戻ってから、プールで軽く泳いで寝る。

Day2:ボストン市内観光

前日は午前3時に寝たにも関わらず、時差ぼけなのだろうか6時前に起床。毎日ジョギングしようと決めたので、コーヒーを飲んだ後、7時半に走りに行く。とりあえずフロントでボストンの地図をゲット。それを頼りに目標を定めた(約1時間分)。外はとても寒いのです。すでに日本(東京)の真冬より寒いんじゃないかな。当然走り出しても寒い。何がかわいそうかというと、日本から手袋を持ってくるのを忘れたので、しょうがないからビジネス用の黒い靴下をまるでミトンの手袋みたい手に被せて走った自分である。貧乏な家の子供みたいだ。そして道に迷ってしまい、結局1時間半もウロウロとしてしまった。

フリーダムトレイル
フリーダムトレイル
近くのドーナツ屋で朝食を取った後、仕事の相棒と一緒に10時から市内観光に出る。ボストンは過去に数回来たことがあるのだが、実はちゃんと観て回ったことはなかったのです。ここは歩いて観光するのにちょうどよい大きさの街。史跡スポットを効率的に回れる、いかにも観光客向けの"Freedom Trail"を歩く。まぁそこそこ面白かったけど、アメリカの歴史をちゃんと知っている人じゃないと、その価値がわかんないんだろうな。
チャウダー
昼食はクインシーマーケットでクラムチャウダーをブレッドボウルで。そしてちょっとお買い物。あっという間に夕方である。

寒いんだけどのどが渇いたのでアイリッシュパブへ。ボストンはアイルランド人が非常に多い街なのだそうです。ギネスとフィッシュアンドチップスで腹ごしらえをする。その後はPrudential Towerの展望台へ。夜景がきれいでした。そこにはバーもあって本当は行きたかったんだけど、その前のパブでお腹が膨れた結果、殺人的な眠気に襲われてしまったので敢え無く断念。時間があったら別の機会に行きたい。

中途半端な時間に食べた@パブだったけど、そのままだと夜にお腹が空くと判断した僕と相棒は、モールのフードコートで軽く食事。インド料理を食べたけど、しょっぱくて僕の口には合わなかった。もうお腹いっぱいの僕らは帰るしかないのだ。

この時でもやっぱり殺人的な眠気は続いていた。そして地下鉄で座った瞬間に落ちてしまった・・・。それでも何とか乗り越しを避けられた(奇跡的に)。ホテルに辿り着いたのが20時くらい。時差ぼけを治すために22時まで眠らず、さらにビールを飲みながらテレビでJack Black主演"School of Rock"を観て過ごす。久しぶりに飲んだBud Lightはやっぱり薄かった。

文字通り落ちるように寝た。

Day1:ボストン到着

近所の公園で
ボストンに無事到着。自宅を出たのが2日の13時。近くの公園で紅葉を楽しんでから高円寺で食事し、成田到着が16時半くらい。フライトは17時55分で、普通に着いたなと思ったのだが・・・。代理店のカウンターでのチケット交付と、エアラインでのチェックイン、ボーディングパスの取得、両替と出国手続きなどをしてたら結局17時40分。結構ギリギリであった。

仕事で過去に何度か海外に来ているのだが、これまでと違って今回はワクワク感というのがあまりない。慣れてきたのもあるだろうし、仕事の内容がそこそこヘビーであるというのもある。飛行機に乗ってもその空間は日本。現地に到着して、外に出た瞬間に海外に来た実感が湧く。これは前々からの個人的な印象であった。しかし今回は違う。アメリカ系のエアラインだったのに加え、乗客にかの国の人が多かったせいか、搭乗した瞬間にそこはもうアメリカだった。

機内の映画はパイレーツ・オブ・カリビアンと、ダヴィンチ・コードの間は寝て、一番くだらない映画を観て過ごす。アメリカの本土上空に入り、機内に映し出される地図。最初に目が止まったのが"Spokane"という街だった。僕が住んでた街から一番近い大きな街で、ちょくちょく買い物にも行っていた。非常に懐かしく感じる。フライトは一見ボストンへの直通便っぽいのだが、実はシカゴでの乗り換え。成田−シカゴが約10時間半(やっぱり西海岸と東海岸では距離も装備も違うと実感)、トランジットに数時間、シカゴ-ボストンが2時間。現地時間の19時半、日本時間で3日の午前9時に到着。合計15時間の長旅であった。

空港からタクシーでホテルに向かう。出張の相棒、Fさんと館内のレストランで食事。アメリカンなハンバーガーとビールでお腹が膨れ上がってしまった。24時間くらいずっと食べ続けておかしくなりそうだ。

明日のプランを立てて寝る。

ボストン出張

12/2〜11の日程で行ってくるぞ!前々から話はあったのだが、確定したのがつい先週で、ここ数日はバタバタと準備などをしているのだ。

今回の個人的な目標は、、、
1.バーガーキングで食事すること
2.毎日ジョギングすること
3.レンタカーでドライブすること

仕事自体は4〜8なので、実は前後の1日が空いてたりもする。うまいもの食ってこよう。

Monthly Archive

2008年
2007年
2006年
2005年
2004年
2003年
2002年
2001年
2000年

Search Word Cloud