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珍来(荻窪)

最近立て続けに同じようなエントリを書いて、自身で「はた」と気が付いてしまった。僕は基本的に、ラーメンを食べにラーメン屋に行ってる訳ではないのだ。

俺が求めているのは、くたくたの暖簾、ガラスの引き戸、場末のうら寂しさをかもし出す店内の雰囲気、カウンターのみの店構え、ホッチキスのとまったスポーツ新聞、冷えた瓶ビール、カリっとした餃子、アルミの灰皿、無口な店主、夏だったらプロ野球、冬なら歌謡曲の流れるラジオ。この昭和を感じるノスタルジだ。赤いヴィニールで覆われたスツールを3つ隔てて、俺の他に客がもう一人。作業着でメガネに脂が浮いた男は、表紙の破れた「鉄拳チンミ」を貪るように読んでいる。俺は決してメニューなど見ない。その代わりにどこか遠くを見詰めながら、「ビィール・・」とひと言つぶやくのだ。「生」と「瓶」、両方あるにも関わらず、カウンター越しに無言で置かれた瓶ビール。付け出しに「メンマ」が無造作にやってきた。手酌で使い古されたグラスを黄金水で満たす俺。泡は出さない。そして俺は眩しそうな目をしながら、そのグラスに口をすぼめる。カウンターの中では店主であるオヤジが、ため息ともつかない紫煙を、深く深く吐き出した。オヤジのシャツは洗濯を繰り返し、良い色に馴染んでいる(白い色にも関わらず)。そして店内にいる3人は無言で言葉を交わす(「今日もウダルような暑さだったな」)・・・。

何時の間にか「俺」となっていたのであるが、話を強引に戻すと、つまりここでラーメンは絶対的に主役に成りえないのです。日本語が怪しい店員ってのもアリだね。

ところで中央沿線でラーメンの街と言えば、それは昔から荻窪である。最近は某有名店のおかげで、中野で熾烈な競争が勃発しているが、伝統的に言うとやっぱり荻窪だ。「小汚いラーメン屋で飲みたい」と友人を誘った僕は、北口ロータリー近くの「珍来」へ。結論を先に書くと、これは良い店だった。瓶ビール(付け出しはザーサイ)、焼き餃子、メンマを注文して飲む。最後の〆で味噌ラーメン。

伝統的なコの字型のカウンターをした店内、中央の調理場には初老のオヤジが3人いる。彼らはそれぞれ役目がはっきりしていて、阿吽のリズムで品が出来上がっていく。客が注文を発する。オヤジ@が復唱する。その瞬間から、一気に事が流れていく。この職人技を観察するのがとても有意義であった。

これこそプロの仕事である。男前のオヤジ@は最前線での炒め物担。火力の強い中華鍋でささっと野菜をいため、ぱらぱらのチャーハンを作っていく。派手な動きを伴なう一流のエンターテイメントだ。僕から見て手前のオヤジAは餃子と庶務担当。洗い物をしながら無駄のないリズムとタイミングで餃子を焼いていく。雑務を一気に引き受けるテキパキとした動きが小気味よい。とぼけた顔でウダツの上がらなそうな奥のオヤジBであるが、彼こそこの店の最重要人物。ラーメンの命である麺とスープを、一人で(一人だけで)扱っていた。慣れた手つきで麺を解す。絶妙のタイミングで茹で上げ、スープをずん胴からすくってどんぶりに注ぐのだ。そして最後の見所は、オヤジ@〜B、総がかりでのラーメントッピング。これはホント瞬時に行われるので、最初はそれが作業だと気が付かないほどだった。ぼけっとしていると完全に見逃してしまう物凄い光景。

いっときオヤジ@が電話で何やら話してる時があった。その時に入ってきた客が「炒飯」を注文。そうなのだ!!炒飯はオヤジ@担当なのだ!しかし電話は長引いている様子・・・。残されたオヤジA、Bはどうするのかと、僕は意味もなくハラハラ・・・。でも「炒飯ちょっと待ってね」とあっさりと言い放ち、彼らは決して中華鍋を手に取ろうとしない。僕はこのプロの姿勢に涙さえ浮かべそうになった。

ロケーションの良さも手伝ってか、ひっきりなしに客が出入りする店であった。出されたメニューはいずれも美味しく、この夜は少し風が冷たかったせいか、そのラーメンの熱さが身に染みてよかった。

総評:3.5(5点満点)
人を連れていける店だ。

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