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連休谷間

連休の谷間、皆さんいかがお過ごしでしょうか。僕の予定は28日はお休みしたが基本カレンダー通り。でも今日(30日)出社したところ、予想通りに比較的時間に余裕が持てそうだ!なので金曜はまたお休みしちゃおう・・・。ということで、前半に4連休、2日一応働いて、後半に5連休。分断されてしまったが、一応の大型連休だ。ずーっと休んでると社会復帰できなそうになるので、これくらいが丁度良いのかも。今日は電車とか空いてるし、世間の何とも言えないのほほんとした雰囲気が良い!年末年始に何だかんだで3週間くらい休んだ時は、精神的に社会復帰するのに休んだのと同じくらいの日数を要した。

で、前半のお休みはというと相模原に一泊、伊豆に一泊、山梨に一泊して昨日東京に戻る。美味しいものを食べられて良かった。高級焼肉を食い、新鮮な刺身を食べ、不思議な生ハムを食べ、本格中華を食べた。ちょっとしたイベントとか観光も出来て、慌しくはあったが充実した旅であった。この時期は暑くもなく、寒くもなく、さらっとした風が気持ちよいねー。一年で一番外に出るのに適している季節だ。さて後半はどうしようか。

42型がやってきた

42型液晶が自宅にやってきた。これまであった20型くらいのブラウン管との置き換えである。積極的に買い換える理由はない。ブラウン管が壊れたわけではないのでちょっともったいない気もするが、今のはアナログしか受信できなくて3年後には見られなくなるし、今年はオリンピックもあることだし、何となく買っても良い様な気がしてたのだ。

ヤマダ電機の配送スタッフ(ベテランと若手の2人)が朝9時にやってきた。すでにできる限り組み立て済みのものが搬入されてきた。そしてサヨナラを言えないままブラウン管が去っていく。仮に使おうと思っていた旧テレビ台が小さすぎてテレビが乗らないとうアクシデントはあったが、ひとまず床に直置きしてもらってスタッフが設定開始。あっという間にチャンネルがセットされる。ベテランが的確な指示を若手に飛ばす。一切の無駄がない作業は流石に早い。お疲れ様でした。ありがとうございました。床置きだとやっぱり変だ。しょうがないので自分の力でコーヒーテーブルを臨時テレビ台とし、使っていない丸テーブルをカウチに添える。

で、感想であるが、ハードウェアとしての42型は思ったよりも大きくなかった。広い部屋ではないけど、置いても全然違和感がない。でもスイッチを入れた後に流れる映像は大きかった。そして何よりキレイだ!電気屋でズラリと並んだ画面を見ていても比較ができなかったのだが、自宅で眺めるとそれまでブラウン管で映し出されていたのは何だったのか、とがいうキメの細かさである。芸能人の肌が毛穴まで見える!これはある意味かわいそうだ。山とか空の色が鮮やかで水のキラメキも美しい。料理が美味しそうにも見える。大人になってからほとんどテレビを見なくなってしまった僕。買ったとしても見ないから無駄なんじゃないか・・・、と心配していたのだが、テレビの楽しさが再発見できた。

デジタルに加えてアナログも受信できるのだが、同じ番組を切り替えて見るとその差は歴然である(でもこのテレビでアナログを見る人がどれくらいいるのか)。知らなかったんだけど、デジタルだとテレビ番組表とか出るんだね。テレビ番組以外にも常にニュースをチェックできたりするデータ放送もあったりして僕はビックリしてしまったのだ。これって常識的なことなんだろうか。日本語の字幕も出る。

これはいい買い物をした、と今のところは大満足!でもこの感動はいつまで続くのかね。

前回のまとめ

話をまとめると、この日はお客さんオフィスの近くでお店に入ってまずは軽く飲む。電車で移動した新宿でもまだ小田急が復旧していなかったために飲みなおす。しばらく経過してもういい加減動いてるだろ、と見込んだ上で改札に戻るが、しかしそれでも動いてはなかった。しょうがないので今度は新宿西口方面をうろうろしてしまい、最後にラーメン屋で餃子でビールをまた飲んでしまった。結局2時間ほど小田急はストップ、運転再開したのが日付が変わるちょっと前。動き出してからすぐに電車に乗る勇気はないので、しばらく改札前で本など読みながら時間をつぶす。落ち着いてきたころを見計らってやっと電車に乗り込んだのだった。これほどの混乱があったのに、全然ニュースとかでも報道されないのね・・・。それだけ当たり前ということであろうか。

モバイル万歳アゲイン

今は4月17日の22時半過ぎである。仕事で約10ヶ月を費やしたプロジェクトにおいて公式な会議が本日終了。あと2週間ダラダラ続くとは言え、一応の〆であった。会議が終わったのが21時であったが、僕はそれを勝手に記念して一人で飲んで帰ったのだ。

良い気分でJRの改札を過ぎる。ところが小田急線止まってるとのアナウンスじゃないか!某駅で人身事故が発生し、新宿に着いた22時半の時点でも復旧していない。全く動いていない。

という訳で雨の新宿東南口を降りた。復旧したとしても、始発とは言え、閉所恐怖症の僕が素直に電車に乗れるとは思えない。そんな訳で時間つぶしのためにカフェバーに入り、ビールを飲みながらこれを書いているのだ。今日は木曜日、小学生にもわかるが、明日は金曜日。土曜には42型薄型テレビが自宅にやってくる!日曜は豪華ランチが待っている。もう少しで連休だ。そしてなんだかものすごく楽しくなってきた。モバイル万歳だ。

4月の雨が肌にぬるい。

***
東南口のカフェバーでビールを飲んでから、もう動いてるはずだと、店を出た僕が再び改札に向かった時でも、電車は動いていなかった・・・。相変わらず雨が降っている。さてどうしようか、と思った僕は西口に出てからまたまた辺りをウロウロする。今度は小汚いラーメン屋に入ってしまった。その時23時過ぎだ。

ビールと餃子・・・、「李」と名札があるスタッフのイラシャイマセを合図に、必要最小限の言葉を発した俺。赤光りするカウンター10席ほどの狭い店内の、右から二つ目のスツールに腰を下ろした。その時点で約70%のスペースが、ムッと立ち込める空気で埋まっている。要するに7つの席を、目を血走らした猛者たちが占領していたのだ。おもむろにスーツの左ポケッ(Pocket)に手を伸ばし、携帯電話の手触りを確かめた。それから小宇宙のように絡まる黒いコードを解きほぐし、ヘッドセットを耳に感じる。プレイ。仕込んであるナンバーにハミングを加え、これで世界は俺のものだと一人悦に浸った。(あきたので終了)。

芸術の春

先週末に箱根に行ってきたのであるが、その際にふらりと立ち寄った美術館で「おや?」と思える心境の変化を目の当たりにした。ガイドブックで目に留まったポーラ美術館に行った時のことである。僕は人生で初めて「絵も良いかもしれない」という思いを経験したのだ。

それは思いもかけずにやってきた。そして次に、さっき感じたヒラメキは、ある意味ものすごい人生の通過点だったんじゃないか、と鳥肌さえ立った。僕は絵画にほとんど興味がなかったのだ。何をどう見て何を思えばよいのわからなかった。というか、目の前に作品があったとしても、心に何も浮かんでこないので何も感じないのである。

その反面、僕は写真を見るのが好きだった。それは紛れもない現実である。時に美しく、幸せで、残酷で、はかないスナップショットに、僕は圧倒的な真実性を感じて思いをめぐらす事ができた。

しかし裏返して考えると、それは事実以外の(以上の)何ものでもないのだ。ポーラ美術館でぼんやりと絵を眺めていたこの日の僕。その瞬間にこの色は何を表しているんだろうか、とかこれは一見○○だけど、本当は□□なのだろうか、深く考えていたのである。写真にはない圧倒的な創造性を絵画に見出した瞬間であった。

僕は感受性を広げる事に成功したのであろうか。目に見えないものを形にする、そういう芸術性が僕に芽生えたようでうれしい。

マハラジャの夜

しばらく前に留学していたころの友人Mと久しぶりに会ったのであるが、この夜はそのつながりで、やはり留学していた時期が被っている共通の友人たちと赤坂のインド料理屋へ行った。当初からYさんが来ることは聞かされていたのだが、Sくんもいて嬉しい驚きであった。彼らに会うのがいつ以来なのか、実はよく思い出せない。もしかしたら社会人になって初めてなのではないか。

突然声をかけられて一瞬頭がぽかんとしたが、YさんもS君も僕が知ってるころから全然変わってない。みんな老けたんだろうが、かもし出す雰囲気とか当事と全く同じだ。何種類かのナンと何種類かのカレーをつまみにビールを飲む(カレーとビールが合うかどうかは別だが)。みんなで近況を報告し合うが、それぞれ元気そうだ。というか、複合的に何かおかしなことになってたら、こんな席には顔を出さないんだろうけどね。実は結局M、Yさん、Sくんが何をしているのか、僕にはちゃんとわからなかったけど、それは彼らも同じようなものだろう。大体こんな様なことをしている、という感じはわかった。何はともあれ、皆が笑顔で再開できたことに大きな意味合いがあるのだ。

それから彼らと話をしてて「あー、そんな人いたなー」という名前が続々と出てきて懐かしい。---彼らが何をしていてどうなってる--- こうやって風の噂が流れていくのかもね。僕はほとんど彼らと連絡を取っていないので、そういう情報って全く入ってこない。今回は突然Mが連絡をくれて食事でも、というのが発端である。彼のようなマメに連絡をくれる人がいるから成り立っている情報網である。何気にMがキーなのだ。あっという間に数時間が経過。また飲みに行きましょうねー。

ところでこの夜に行ったインド料理屋さんは会社のそばで、歩いていける距離。インド人スタッフによる接客も多分ちゃんとしてたし(多少日本語が通じないところがあった)、客として中にもインド人らしき人影も見えたから、日本人の口に合わせてあるとは言え、味もしっかりしてるはずだ。僕らはみんなバラバラの格好をしてたが、他の日本人客はほぼ全員がスーツにネクタイであった。国会とか首相官邸とかが目と鼻の先だもんね。

お花見(2008)

あ!っという間に桜が咲いて散っていった。自宅マンションの庭に大きな桜の木が植えられていて、ベランダからきれいに見える。すでに97%くらいの花びらが落ち、地面を淡い色に染めている。そしていつの間にか、この花びらたちどこかに行ってしまう(どこにいくんだろう)。開いてから散るまでその間2週間か。ということは、1年の1/26(ニュジュウロクブンノイチ)は桜が見られる訳だね。今年も何だかんだでお花見はそこそこできた。星の数は個人的な総合評価。

@マンションの桜(★★★★)
上に書いた桜の元で。マンションの住人たちがぞろぞろ、ごそごそと出てきてお花見をするのだ。これは毎年のことらしい。今年はちょろっと顔を出した程度だった。

A深大寺植物園の桜(★★★)
きれいだったんだけど、ちょっと行った日が寒かったな。でもここは植物園だけあって、桜以外にも色々あって面白かった。改めて行っても良いと思う。

B靖国神社の桜(★★)
個人的にこの時期の恒例になりつつある。うーん、今年で5年連続行ってる気がする。それは良いとして今話題の「ヤスクニ」ですね。あの露店の売り上げの一部も、それ系の団体の懐に・・・。

C千鳥ヶ淵(★)
靖国神社とは別の日にお花見ジョギングをしてしまった。もちろん人が多すぎて走るどころじゃない。立ち止まって見下ろす桜はそれでもきれいだ。

D中央電通学園の桜(★★★★★)
近所にある穴場。通常は入れないNTTのトレーニング施設を開放した、超マイナースポット的桜の名所。桜吹雪を眺めながら、また来年よろしく、とこっそりつぶやいてしまった。

花に嵐のたとえもあるさ さよならだけが人生だ

新年度スタート

新年度になったが皆さんいかがお過ごしでしょうか。4月1日になると電車が込んでいやだなー、といつも思う。でも次の瞬間に、はて、それって正しいのだろうか?と疑問に思うのだ。

確かに4月1日になって新社会人が世にワッっと出たり、学校が再開したりで、瞬間最大的には多いんだろう。でもだよ、世の中には3月31日をもって一般社会を離れる人もまぁいる訳である。団塊世代の退職者数は、新社会人数よりも多い気がする。辞める人のみんながみんな31日で「ハイ、さようなら」となるのではなく、段階的に退職してるんだろうから、1日を境に劇的な変化はないであろう。でもだ4月から世に出る人の総数は減ってるはずなので、つまりこの場合、4月になったら電車が空くはずなのである。

それより何しろ日本の人口自体が減っているのだ!これからは人口密度が減っていくのだ!つまりへ書恐怖症の僕にとってはすばらしい未来が待っているのだ!でも東京の人口は微妙に増えているのね。。。実は東京に住むのはもう良いやって最近思う。

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