小島よしおと現代社会の断片化について
最近って色んなモノの賞味期限(期間)がますます短くなってる。大きく捉えると、現代社会の風潮として、モノの単位が小さくなってるような気がするんだがどうだろうか。
家族制度が縮小され、核家族になった。今はさらに社会を構成する最小単位として、個人活動が益々盛んになってる。これまではみんなで寄り添わないと生活できなかったのに、独りでもそこそこ毎日を送れる社会になっちゃったんだなーきっと。最終的には夫婦のカップリングもその関係性が稀薄化するように思う。必要なときだけ寄り添い(子孫繁栄のため)、それが済んだら個人として生きる生活に戻るのだ。熟年離婚が良い例だ。
A面、B面はあったとはいえ、昔はレコードアルバムとして長い1曲だった。CDになってから簡単に頭出しができるようになって細切れになった。この頃からアーティストが頭を絞って曲順の構成を考えることが無意味になってきてる。アルバムジャケットの可視性を含めた総体としての表現力が落ちてしまった。今じゃオンラインで1曲単位で購入できる。目に見えないデータだ。聞こえてくる音だけだ。さらにヒット曲に関して言うと、サビの部分だけ独立して頭の中に入ってくる(くり返す このポリリズム)。
色々な物が細分化されるにつれて、僕らがそれらに対応する時間も細かくなってきてる。その結果僕らが物事に集中できる時間が短くなってしまった。ちょっとした事でもイラっとする。日常では全くそんなそぶりを見せないのに、何かのスイッチで日常の抑制を忘れて「キレる」大人が増えた。去年とか一昨年とかによくテレビに出てた人、既に名前すら浮かんでこない。小島よしおってまだいるのだろうか。3年後の僕はエド・はるみを覚えてるのか。