第61回富士登山競争
2008年7月25日(金)、第61回富士登山競争に参加してきた。結果は8合目での時間切れ失格!残念ながら制限である4時間以内に到達できなかったのだ。レースを通して予想以上に苦しく、大変に悔いの残る結果となった。
■スタートまで
前日東京で仕事を終えてから山梨の実家入り。「日本一過酷な」レースに備え、ビールを飲んでさっさと寝る。翌朝は4時半に起床。手短に食事し、スタート地点である富士吉田市役所まで車で送ってもらった。受付を済ませてゼッケンを受け取り、最後のお手洗いを済ませ、いそいそとスタート地点に立つ。僕はまぁ普通の体調だという感じ。数週間前に試走したとおりで行けば、何とかゴールできるかな、という楽観であった(でもこれは間違えていたのだが)。
開会式で芹沢さんという伝説的なランナー(現役)の挨拶があった。なんと9歳からこのレースに参加し、今年で29回目になる、ということをおっしゃっていた。そのうちの10回は優勝しているそうで、とにかく物凄い方なのだ。荒ぶる参加者が掛け声と共に雄叫びをあげる。
■スタート〜馬返し
号砲が鳴ったのが7時。並んだのが後ろなので、実際にスタートラインをまたぐまでに2分くらいかかった。天気は快晴。既にそこそこ気温も高い。富士頂上がくっきりと見える。ここから登り一辺倒のレースがスタートだ。良く考えると、スタート地点からゴール地点が目視できる、というのは物凄いレアケースなんじゃないか。「ゴールはあそこ」と指差し確認ができるのだ。何だか面白いなーと思いつつ、集団の中でゆっくりと走る。浅間神社を超えて緑の中に入ってしばらく行くと、僕を送ってくれた家族が先回りして応援してくれた。こんなサポートがあって僕は参加できているのだ。笑顔で手を振る。このときはまだまだ余裕だったんだが・・・。
最初の給水ポイント(中の茶屋)越えると登りがきつくなる。そして試走した時にはなかった体の重たさを感じてきた。上がらなかった息が上がる。高くなった心拍数が下がらない、安定しない。試走の時にはおいしい空気と目に豊かな緑を楽しみつつ足を運んでいたのに、本番ではそんな余裕が全くなし。
馬返し到着が実測は1:10:43。試走では1時間6分だったから、スタートの出遅れを考慮しても遅い。試走では一度もこの区間で歩かなかったが、坂のきつい所で何度か歩いてしまった。実は本番と試走では、違う靴を履いていた。もしかしたらこれが裏目に出ているのでは?欠けてしまった前に進む感覚。
■馬返し〜五合目
馬返しからは本格的な登山トレイルになるのであるが、ここは試走していない区間である。それでも何とかなると思っていたが、実はかなりきつい区間となってしまった。とにかく息が苦しい。「道が狭いから追い越しができない」と言われていたのに、あれれ?後ろからさらりと抜かされていく。朝の澄んだ空気が、肺の中にうまく入ってこない。楽しんだ鳥のチュンチュン鳴く声や、木がサラサラとざわめく音を、一度も感ることはなかった。その代わりに参加者全員によるゼーゼーという、この世のものとは思えない恐ろしい息遣いしでコースが満ちていた。
発汗量もすごい。空気は下界よりも涼しいはずなのだが、もう体中ぐちゃぐちゃである。化学繊維のシャツで乾きやすいはずなのだが、体にベタリとくっついて乾く暇が全くない。スタート前と給水地点で取った水分が、たちまち汗となって噴出していく。むしろ採った以上の水分が体から出ているのではないか。
「時間制限まであと5分!」という声が聞こえてきた。五合目もチェックポイントの一つで、2時間20分以内にたどり着けなければアウトであったのだ。2時間半だと思っていた僕はかなり焦ってしまった。
後から知ったのであるが、実は三合目付近で一人が命を落としていた。レース中に死者が出たのは、富士登山競争の歴史で初めてである。この日は快晴であったが、完走率は43%にとどまったらしい。気温が高くて体への付加が高かったようだ。人ごとではありません。
五合目到着は実測で2:17:33。時間切れまでにわずか3分しか余裕がなかった。予想タイムから10分も遅いではないか。この時点で完走は難しいかな、と感じてしまったのであった。
■ 五合目〜八合目
一般的な富士登山客は、車で富士スバルラインを上がり、五合目の駐車場から徒歩で山頂を目指す。登山競争の場合、富士吉田口を行き、6合目からは同じルートである。しばらくはガレ場というのであろうか、コロコロジャリジャリした石の登山道。足に応える。踏ん張りが利かないので前に(上に)進まない。経験していたとは言え、これは参った。見上げてもガスで視線が延びない。そのガスは山頂へ向かってゆっくりと移動している、空気がひんやりとしている。運動量が落ちてきた結果、今度は汗が一気に体を冷やしてきた。ペースが落ちていく。
今回はレース中の栄養補給としてペースト状の行動食を3個、ウェストポーチに忍ばせてきた。それからキャラメルをバラで5個。計画ではスタートして1時間ごとに行動食、その合間はキャラメルでもたす、という作戦だったのだ。しかし、本番では苦しさが先に立って食欲を全く感じない。コース上のエイドでもバナナなどの軽食が用意されていたが、手が伸びたのは水分のみ。それもすぐに汗となって出て行く。何か食べねばと持参した行動食を口に含むも、たった一口でごめんなさいすることになったし・・・。キャラメルも口にしたのは結局ひとつだけ。口の中がカラカラで、柔らかくなったキャラメルがいつまでも口の中にあり続けて不快であった。
七合目あたりからの岩場は実は一番楽であった。両手も使えるので足腰を休めることができる。また(良くも悪くも)参加者でルートが埋まっているため、スピードが上がらないのだ。ここで初めて息を整えることが出来た。攻めのコース取りで、タイミングを見つつ前の参加者をパスして行く。しばらく山小屋が連続するこの区間は、心も体も快調であった。
しかしながら体が益々重たくなっていく。ペースが上がらないのはいかんともしがたい。まさかとは思ったが頭痛が僕を襲う。これって高山病なの?ちゃんと給水してるはずなのに、すぐに口が渇いて喉がカラカラ。ボトルを携帯した方が良かったのであろうか。
再びガレ場に入ったあたりで、8合目時間切れが現実的になり、落ちてきたペースが益々落ちる。そして8合目のチェックポイントが見えてきたころ4時間が経過。タイムアップでリタイア!周りの参加者も一同にため息をつく。ここで公式な富士登山競争が終わった。8合目到着は4:08:50。図らずもレースを終えた僕や他の参加者は山小屋のベンチに座り込む。万年雪で冷やしたコーラを買って飲むが、半分も飲むことは出来なかった。何だか体調がおかしな感じだ。
この時点で不思議と悔しくはなかった。参加するのは今回が初めてだし、(負け惜しみではないが)これは様子見だと思っていた部分も確かにあった。最初なんてこんなもの、がんばったがんばった、と少しは晴れやかな気持ちだったのだ。
■失格後(八合目〜下山後)
時間切れ失格とは言え、せっかくだから頂上まで上がることも出来た。しかし選手用のバス(5合目→スタート地点)の時間もあるので、ここからは下山道に入る。
重たかった体が嘘のように軽い。山頂は来年だな、と思いながら砂利道を黙々と降りる。どうしてダメだったのか、ぼけっとした頭で考えていたらいつの間にやら五合目の駐車場だ。バスに乗る前に昼食のおにぎりをもらった。自衛隊のお姉さんがお水を配ってくれていた。
バスはレースを終えてヘトヘトになった参加者で溢れかえっていた。どの人が完走できて、どの人がリタイアだったんだろうか。なんとも言えない不思議なニオイが漂うバスで、スタート地点であった富士吉田市市役所まで下山した。14時だ。
ここにはゴールした人用にシャワーが用意されているのだが、長蛇の列で僕には並ぶ気力がない。実家から迎えにきてくれる車を待つ間、洗面所でタオルをぬらして体を拭いた。サービスの「吉田のうどん」をいただき、表彰式をぼけっと眺めていた。そばに設営されているブースでは、完走した人のみに送られる「完走賞」を配布している。疲れてはいるが、嬉しそうに、晴れやかな表情で賞をもらっている人がいる。年配の人や、華奢な女性ももらっている。そしてこれを見ていたら、この瞬間に急激に悔しさがこみ上げてきた。物凄く残念な気がしてきた。この日のレースについて、よくがんばった、と自分をほめていた自分に怒りを感じてきた。
僕にとってその日までの富士山は、日本で一番高く、たまたま生まれた場所のそばにある山、であった。でもレースを終え、僕の目に映った富士頂上は、それまでと明らかに違っていた。あれ日本の最高到達地点ではない、あれは僕にとっては富士登山競争のゴール地点なのだ!と。
お疲れ様でした。来年こそゴールしたい。
■反省点と来年に向けての課題
今回のレースであるが、全体として甘く見ていた!
1.スピード不足
これは絶対的にあるだろうな。よく言われるのは、フルマラソンで3時間を切るのと、富士登山競争を完走するのが同じくらい大変だ、ということ。僕は2008年に始めてフルマラソンを走り、ベストタイムは3時間45分なのです。馬返しまでもう少し速く着きたかった。
2.登り力不足
岩場は別として、きついのぼりを早足で前に進む、というのは人生で初の試練であり、この準備が足りなかった。前もってもっと坂道で慣れておかないとダメだなこりゃ。もしくはトレッドミルで10%くらいの傾斜をつけて1時間くらい走る(歩く)とかね。ロード区間で遅くても、登りで挽回するチャンスは沢山あった。
3.シューズ選択
これは甘かった。廃棄するタイミングを逸していたとさえいえる、古いジョギングシューズでレースに挑んでしまった。しっかりした靴で、ひざとかへの負担は少ない種類の靴だが、その反面重たいのね。試走した時と同じ、「ある程度慣れてる人用」シューズの方が良かった。
ところで、給水地点で水を足にかけた際、ぐっしょりとシューズが濡れてしまった。実はこれ、結構後になって気持ち悪かった。タダでさえ重たい靴が水分で重みを増す。さらに砂が付着してしまったので重さが倍増だったのだ。シューズをぬらさないこと。これ以外にポイントかもしれない。
4.コース下見不足
よくわからない日本語だが、下見としては今回「スタート→馬返し」それから「五合目→八合目」を試走していた。確かに有効ではあったのだが、意図せずともこの二つは「ロード」と「登山」、全く別物コースなのだ。別々に走っても全体が把握しにくい。それが組み合わさった厳しさがこの富士登山競争の本質である。出来ればスルーで試走か、「中の茶屋→頂上」とか、スピードとタフネスを酷使する試走が良かった。
5.ウェアリング
良くあるシャツとパンツで参加。これはこれで良かったが、コンプレッション系で筋力をサポートしてくれるのでも良かったかなとちらっと思う。ところでこの日のパンツは「インナー付き」だったので、下着なしで走ったのである。でも今思うと何か落ち着かなかったな。この「いかにも」という走る格好であるが、実は僕はこれに慣れていない。もっと着こなさないとダメだな。
6.携帯品
必要最低限の装備、というのは本当に難しい。なんとも言えないが、行動食は飴だけでも良かったかもしれない。お腹が空いたらエイドのバナナか、またはお金を出して山小屋で何か購入しても良いと思った。実感としては喉がとにかく渇き、給水ポイントまで待てない時があった。空のペットボトルを持ってロードを軽快に走り、登山になってから給水スポットで補給、という作戦も取れる。
7.睡眠
直前の1週間くらいだが、梅雨明けと共に寝苦しい夜が続いていた。エアコンをつけっぱななしで寝たりもした。途中で何度も目を覚ますような毎晩で、実は睡眠がしっかり取れていなかったのだ。これで疲れが蓄積されていたか。
■データ
今回のレースであるが、
完走者数:合計1152人(男性1105人、女子47人)
完走率:男子44.1%、女子29.2%、総合43.2%
とのこと。
この数字というのは例年よりも低いらしく、高かった気温が影響したようだ。61回を数えるレースの歴史上、初めて死者がでる、という残念なニュースもあったし、実際にかなり過酷であったのだ。でも個人的にはやっぱり完走できなかったのは残念。なんと言うか、不完全燃焼の感さえある。というのも、レースの翌日、筋肉痛が全くなかったのである。通常では考えられないことで、これってやっぱり僕のどこかがおかしかったのだ。どこか歯車が合わなかった。
■大会運営
数を重ねているだけに、特に不具合はなかったと思う。ゼッケンの配布、荷物の搬送と受け取りもスムーズ。スタート時の混乱もなかったし、給水や食料補給も十分にあった。背伸びせず、できることをしている感じで好感をもった。スタート前のトイレが混雑したが、あれはあれでしょうがないか。
シャワーが6基設置されているが、あれは焼け石に水な感じがした。単純に簡易な水道を沢山設置した方がマシだ。あのシャワーでは女性は絶対的に抵抗があるはず。そういうのをしたいのならすぐ近くに温泉とかあるんだから、ピストン輸送のバスを出しても良いんじゃないか。5合目からバスを直行させても良いんじゃないかと個人的には思う。
それから気になったのは医療チームの少なさである。医者と看護士がそれぞれひとり。山岳レースの性格上、何かトラブルがあっても救護しにくい、というものは確かにある。でも馬返し、五合目、八合目、山頂、とそれぞれ医療チームがいても良いのでは、という意見も。これまで大きな支障がなかったからなのかもしれないが、今回死者が出たことで、今後は見直されるかもしれない(逆に参加者のレベルを上げて調整するという)。
とは言え、参加する側はそのレースの過酷さを知っている。大会運営にいくら文句を言っても始まらない。レースを良くするも悪くするも、参加者の準備しだいなんじゃないか。
と、だらだら書いてきたが、来年こそ・・・(終わり)。
追記(2008年8月11日)
聞いた話では、山梨県の住所で大会に申し込むと、早いゼッケン番号がもらえるらしい・・・。本当かどうかわからないが、来年は実家の住所でエントリしちゃおう。
