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第61回富士登山競争

2008年7月25日(金)、第61回富士登山競争に参加してきた。結果は8合目での時間切れ失格!残念ながら制限である4時間以内に到達できなかったのだ。レースを通して予想以上に苦しく、大変に悔いの残る結果となった。

■スタートまで
前日東京で仕事を終えてから山梨の実家入り。「日本一過酷な」レースに備え、ビールを飲んでさっさと寝る。翌朝は4時半に起床。手短に食事し、スタート地点である富士吉田市役所まで車で送ってもらった。受付を済ませてゼッケンを受け取り、最後のお手洗いを済ませ、いそいそとスタート地点に立つ。僕はまぁ普通の体調だという感じ。数週間前に試走したとおりで行けば、何とかゴールできるかな、という楽観であった(でもこれは間違えていたのだが)。

開会式で芹沢さんという伝説的なランナー(現役)の挨拶があった。なんと9歳からこのレースに参加し、今年で29回目になる、ということをおっしゃっていた。そのうちの10回は優勝しているそうで、とにかく物凄い方なのだ。荒ぶる参加者が掛け声と共に雄叫びをあげる。

■スタート〜馬返し
号砲が鳴ったのが7時。並んだのが後ろなので、実際にスタートラインをまたぐまでに2分くらいかかった。天気は快晴。既にそこそこ気温も高い。富士頂上がくっきりと見える。ここから登り一辺倒のレースがスタートだ。良く考えると、スタート地点からゴール地点が目視できる、というのは物凄いレアケースなんじゃないか。「ゴールはあそこ」と指差し確認ができるのだ。何だか面白いなーと思いつつ、集団の中でゆっくりと走る。浅間神社を超えて緑の中に入ってしばらく行くと、僕を送ってくれた家族が先回りして応援してくれた。こんなサポートがあって僕は参加できているのだ。笑顔で手を振る。このときはまだまだ余裕だったんだが・・・。

最初の給水ポイント(中の茶屋)越えると登りがきつくなる。そして試走した時にはなかった体の重たさを感じてきた。上がらなかった息が上がる。高くなった心拍数が下がらない、安定しない。試走の時にはおいしい空気と目に豊かな緑を楽しみつつ足を運んでいたのに、本番ではそんな余裕が全くなし。

馬返し到着が実測は1:10:43。試走では1時間6分だったから、スタートの出遅れを考慮しても遅い。試走では一度もこの区間で歩かなかったが、坂のきつい所で何度か歩いてしまった。実は本番と試走では、違う靴を履いていた。もしかしたらこれが裏目に出ているのでは?欠けてしまった前に進む感覚。

■馬返し〜五合目
馬返しからは本格的な登山トレイルになるのであるが、ここは試走していない区間である。それでも何とかなると思っていたが、実はかなりきつい区間となってしまった。とにかく息が苦しい。「道が狭いから追い越しができない」と言われていたのに、あれれ?後ろからさらりと抜かされていく。朝の澄んだ空気が、肺の中にうまく入ってこない。楽しんだ鳥のチュンチュン鳴く声や、木がサラサラとざわめく音を、一度も感ることはなかった。その代わりに参加者全員によるゼーゼーという、この世のものとは思えない恐ろしい息遣いしでコースが満ちていた。

発汗量もすごい。空気は下界よりも涼しいはずなのだが、もう体中ぐちゃぐちゃである。化学繊維のシャツで乾きやすいはずなのだが、体にベタリとくっついて乾く暇が全くない。スタート前と給水地点で取った水分が、たちまち汗となって噴出していく。むしろ採った以上の水分が体から出ているのではないか。

「時間制限まであと5分!」という声が聞こえてきた。五合目もチェックポイントの一つで、2時間20分以内にたどり着けなければアウトであったのだ。2時間半だと思っていた僕はかなり焦ってしまった。

後から知ったのであるが、実は三合目付近で一人が命を落としていた。レース中に死者が出たのは、富士登山競争の歴史で初めてである。この日は快晴であったが、完走率は43%にとどまったらしい。気温が高くて体への付加が高かったようだ。人ごとではありません。

五合目到着は実測で2:17:33。時間切れまでにわずか3分しか余裕がなかった。予想タイムから10分も遅いではないか。この時点で完走は難しいかな、と感じてしまったのであった。

■ 五合目〜八合目
一般的な富士登山客は、車で富士スバルラインを上がり、五合目の駐車場から徒歩で山頂を目指す。登山競争の場合、富士吉田口を行き、6合目からは同じルートである。しばらくはガレ場というのであろうか、コロコロジャリジャリした石の登山道。足に応える。踏ん張りが利かないので前に(上に)進まない。経験していたとは言え、これは参った。見上げてもガスで視線が延びない。そのガスは山頂へ向かってゆっくりと移動している、空気がひんやりとしている。運動量が落ちてきた結果、今度は汗が一気に体を冷やしてきた。ペースが落ちていく。

今回はレース中の栄養補給としてペースト状の行動食を3個、ウェストポーチに忍ばせてきた。それからキャラメルをバラで5個。計画ではスタートして1時間ごとに行動食、その合間はキャラメルでもたす、という作戦だったのだ。しかし、本番では苦しさが先に立って食欲を全く感じない。コース上のエイドでもバナナなどの軽食が用意されていたが、手が伸びたのは水分のみ。それもすぐに汗となって出て行く。何か食べねばと持参した行動食を口に含むも、たった一口でごめんなさいすることになったし・・・。キャラメルも口にしたのは結局ひとつだけ。口の中がカラカラで、柔らかくなったキャラメルがいつまでも口の中にあり続けて不快であった。

七合目あたりからの岩場は実は一番楽であった。両手も使えるので足腰を休めることができる。また(良くも悪くも)参加者でルートが埋まっているため、スピードが上がらないのだ。ここで初めて息を整えることが出来た。攻めのコース取りで、タイミングを見つつ前の参加者をパスして行く。しばらく山小屋が連続するこの区間は、心も体も快調であった。

しかしながら体が益々重たくなっていく。ペースが上がらないのはいかんともしがたい。まさかとは思ったが頭痛が僕を襲う。これって高山病なの?ちゃんと給水してるはずなのに、すぐに口が渇いて喉がカラカラ。ボトルを携帯した方が良かったのであろうか。

再びガレ場に入ったあたりで、8合目時間切れが現実的になり、落ちてきたペースが益々落ちる。そして8合目のチェックポイントが見えてきたころ4時間が経過。タイムアップでリタイア!周りの参加者も一同にため息をつく。ここで公式な富士登山競争が終わった。8合目到着は4:08:50。図らずもレースを終えた僕や他の参加者は山小屋のベンチに座り込む。万年雪で冷やしたコーラを買って飲むが、半分も飲むことは出来なかった。何だか体調がおかしな感じだ。

この時点で不思議と悔しくはなかった。参加するのは今回が初めてだし、(負け惜しみではないが)これは様子見だと思っていた部分も確かにあった。最初なんてこんなもの、がんばったがんばった、と少しは晴れやかな気持ちだったのだ。
■失格後(八合目〜下山後)
時間切れ失格とは言え、せっかくだから頂上まで上がることも出来た。しかし選手用のバス(5合目→スタート地点)の時間もあるので、ここからは下山道に入る。

重たかった体が嘘のように軽い。山頂は来年だな、と思いながら砂利道を黙々と降りる。どうしてダメだったのか、ぼけっとした頭で考えていたらいつの間にやら五合目の駐車場だ。バスに乗る前に昼食のおにぎりをもらった。自衛隊のお姉さんがお水を配ってくれていた。

バスはレースを終えてヘトヘトになった参加者で溢れかえっていた。どの人が完走できて、どの人がリタイアだったんだろうか。なんとも言えない不思議なニオイが漂うバスで、スタート地点であった富士吉田市市役所まで下山した。14時だ。

ここにはゴールした人用にシャワーが用意されているのだが、長蛇の列で僕には並ぶ気力がない。実家から迎えにきてくれる車を待つ間、洗面所でタオルをぬらして体を拭いた。サービスの「吉田のうどん」をいただき、表彰式をぼけっと眺めていた。そばに設営されているブースでは、完走した人のみに送られる「完走賞」を配布している。疲れてはいるが、嬉しそうに、晴れやかな表情で賞をもらっている人がいる。年配の人や、華奢な女性ももらっている。そしてこれを見ていたら、この瞬間に急激に悔しさがこみ上げてきた。物凄く残念な気がしてきた。この日のレースについて、よくがんばった、と自分をほめていた自分に怒りを感じてきた。

僕にとってその日までの富士山は、日本で一番高く、たまたま生まれた場所のそばにある山、であった。でもレースを終え、僕の目に映った富士頂上は、それまでと明らかに違っていた。あれ日本の最高到達地点ではない、あれは僕にとっては富士登山競争のゴール地点なのだ!と。

お疲れ様でした。来年こそゴールしたい。

■反省点と来年に向けての課題
今回のレースであるが、全体として甘く見ていた!

1.スピード不足
これは絶対的にあるだろうな。よく言われるのは、フルマラソンで3時間を切るのと、富士登山競争を完走するのが同じくらい大変だ、ということ。僕は2008年に始めてフルマラソンを走り、ベストタイムは3時間45分なのです。馬返しまでもう少し速く着きたかった。

2.登り力不足
岩場は別として、きついのぼりを早足で前に進む、というのは人生で初の試練であり、この準備が足りなかった。前もってもっと坂道で慣れておかないとダメだなこりゃ。もしくはトレッドミルで10%くらいの傾斜をつけて1時間くらい走る(歩く)とかね。ロード区間で遅くても、登りで挽回するチャンスは沢山あった。

3.シューズ選択
これは甘かった。廃棄するタイミングを逸していたとさえいえる、古いジョギングシューズでレースに挑んでしまった。しっかりした靴で、ひざとかへの負担は少ない種類の靴だが、その反面重たいのね。試走した時と同じ、「ある程度慣れてる人用」シューズの方が良かった。

ところで、給水地点で水を足にかけた際、ぐっしょりとシューズが濡れてしまった。実はこれ、結構後になって気持ち悪かった。タダでさえ重たい靴が水分で重みを増す。さらに砂が付着してしまったので重さが倍増だったのだ。シューズをぬらさないこと。これ以外にポイントかもしれない。

4.コース下見不足
よくわからない日本語だが、下見としては今回「スタート→馬返し」それから「五合目→八合目」を試走していた。確かに有効ではあったのだが、意図せずともこの二つは「ロード」と「登山」、全く別物コースなのだ。別々に走っても全体が把握しにくい。それが組み合わさった厳しさがこの富士登山競争の本質である。出来ればスルーで試走か、「中の茶屋→頂上」とか、スピードとタフネスを酷使する試走が良かった。

5.ウェアリング
良くあるシャツとパンツで参加。これはこれで良かったが、コンプレッション系で筋力をサポートしてくれるのでも良かったかなとちらっと思う。ところでこの日のパンツは「インナー付き」だったので、下着なしで走ったのである。でも今思うと何か落ち着かなかったな。この「いかにも」という走る格好であるが、実は僕はこれに慣れていない。もっと着こなさないとダメだな。

6.携帯品
必要最低限の装備、というのは本当に難しい。なんとも言えないが、行動食は飴だけでも良かったかもしれない。お腹が空いたらエイドのバナナか、またはお金を出して山小屋で何か購入しても良いと思った。実感としては喉がとにかく渇き、給水ポイントまで待てない時があった。空のペットボトルを持ってロードを軽快に走り、登山になってから給水スポットで補給、という作戦も取れる。

7.睡眠
直前の1週間くらいだが、梅雨明けと共に寝苦しい夜が続いていた。エアコンをつけっぱななしで寝たりもした。途中で何度も目を覚ますような毎晩で、実は睡眠がしっかり取れていなかったのだ。これで疲れが蓄積されていたか。

■データ
今回のレースであるが、

完走者数:合計1152人(男性1105人、女子47人)

完走率:男子44.1%、女子29.2%、総合43.2%

とのこと。

この数字というのは例年よりも低いらしく、高かった気温が影響したようだ。61回を数えるレースの歴史上、初めて死者がでる、という残念なニュースもあったし、実際にかなり過酷であったのだ。でも個人的にはやっぱり完走できなかったのは残念。なんと言うか、不完全燃焼の感さえある。というのも、レースの翌日、筋肉痛が全くなかったのである。通常では考えられないことで、これってやっぱり僕のどこかがおかしかったのだ。どこか歯車が合わなかった。

■大会運営
数を重ねているだけに、特に不具合はなかったと思う。ゼッケンの配布、荷物の搬送と受け取りもスムーズ。スタート時の混乱もなかったし、給水や食料補給も十分にあった。背伸びせず、できることをしている感じで好感をもった。スタート前のトイレが混雑したが、あれはあれでしょうがないか。

シャワーが6基設置されているが、あれは焼け石に水な感じがした。単純に簡易な水道を沢山設置した方がマシだ。あのシャワーでは女性は絶対的に抵抗があるはず。そういうのをしたいのならすぐ近くに温泉とかあるんだから、ピストン輸送のバスを出しても良いんじゃないか。5合目からバスを直行させても良いんじゃないかと個人的には思う。

それから気になったのは医療チームの少なさである。医者と看護士がそれぞれひとり。山岳レースの性格上、何かトラブルがあっても救護しにくい、というものは確かにある。でも馬返し、五合目、八合目、山頂、とそれぞれ医療チームがいても良いのでは、という意見も。これまで大きな支障がなかったからなのかもしれないが、今回死者が出たことで、今後は見直されるかもしれない(逆に参加者のレベルを上げて調整するという)。

とは言え、参加する側はそのレースの過酷さを知っている。大会運営にいくら文句を言っても始まらない。レースを良くするも悪くするも、参加者の準備しだいなんじゃないか。

と、だらだら書いてきたが、来年こそ・・・(終わり)。

追記(2008年8月11日)
聞いた話では、山梨県の住所で大会に申し込むと、早いゼッケン番号がもらえるらしい・・・。本当かどうかわからないが、来年は実家の住所でエントリしちゃおう。

富士登山競争結果(速報)

八合目時間制限により失格!

2035

渡辺 正太郎
山頂コース
馬返し: 1:10:43実
五合目: 2:17:33実
八合目: 4:08:50実
山 頂: 4:48:32予
時刻:11:48:32予

Podcast

最近の通勤時間は、iPodに取り込んだPodcastでニュースなどを聴きながら時間を過ごしているぞ。

先日iTunesのライブラリがぶっ壊れたと書いたが無事修復し、その勢いでPodcastを試している。もともとラジオが好きで通勤時間帯にも聞いていたから、これはこれで違和感がない。ラジオの場合、地下鉄では電波が入らなくて聴けなかったが、Podcastだとそれもないから便利だ。会社に行くときはニュース、帰りはくだけた情報番組、という感じ。英語のニュース番組もあるから、英語をぼけっと聞いて耳を慣らすのに都合が良い。

このPodcastは、近未来で僕らがメディアとどう関わっていくのか考える上で、大きなヒントを与えてくれている。ここでいう近未来とは、多様化した生活スタイルと発展した情報技術の融合体のことだ。「オンデマンド」という言葉があるが、身近なところで手っ取り早くオンデマンドを実現したのがPodcastではなかろうか。Youtubeとかもそれに並ぶメディアなんだろうな。CMの取り扱いとか微妙だから、色々と考えないといけないんだろうけど、可能性を感じますね。

Podcastの利用で、僕の場合は通勤という隙間の時間を有効に利用出来るようになった。ニュースの他にも色々と選択肢があるんだねー。これは開拓のしがいがあります。もっとも、溢れて消える情報、スクリーンセーバーのようなニュースを聞くのに意味があるのかはまた別の話だ。小さな断片から大きなうねりを見出さねば。

井川遥のてんや椀や

自宅で朝日新聞を取っているのであるが、その夕刊でタレントがコラムを書いている。主に炊事をテーマにした書き物である。(実際に本人が執筆していると仮定すると・・・)僕には彼女がものすごい文才の持ち主であるような気がしてならないのだ。

特に何、というわけでもないのだが、不思議と最初の一文ですっと彼女の世界に引き込まれる気がする。職業ライターのような言葉使いや、論理展開はないかもしれないが、彼女の文章には行間を読ませる何かがある。それから後読感さえすばらしい。非常にバランスよくまとまったテキストである。

よく芸能人がインターネット上に日記を公開している。でも「今日はこんなんでしたー」とか能天気に書かれても、僕としては「で、なんなんでつか?」という感じで、全く読む気が起こらない。でもこの夕刊のコラムにはちゃんとしたテーマと世界観があり、かつ、程よく残る余韻が非常に心地よい。総じて、世間に溢れる芸能人ブログとは一線を隔している。

要するに僕は井川遥が好きなのであろうか。

整理整頓のおまけ

前に書いた銀行口座の整理整頓のとき、久しぶりに通帳記入を行った。2年ぶりくらいなのである。そしてその通帳を眺めていて気がついたことがひとつ。今年の3月まで、意図しない水道料金が、僕の口座から引き落としされ続けていたのである。

これはいったい何なのであろうか?まずは現住所の水道代の支払いについて確認。するとこれは別の口座で自動引き落としされていた。もしかして一人暮らししてた時のがリり替わってないの?と思い、今度は東京都水道局に問い合わせ。

前に住んでいた杉並区の住所を伝える。本人であることと、確かに僕がそこに住んでいたことが確認されると「○○年○月に転出された時に切り替わっています」とのこと。これは正しくて安心したのだが、根本的な問いは依然残る。では引き落としの正体は何か。

「差し支えなければ銀行口座番号を・・・」と言われ、真相が知りたい僕は素直に伝える。するとしばらく電話の向こうでカチャカチャした後、「?この口座番号で二つの登録がありますよ」とのこと。え?ひとつは直前に確かめた杉並の住所、そしてもうひとつは中野の住所だというのだ。僕は杉並を出た後、いったん中野で生活している。でもそこでは水道代を支払っていなかったはずだ。「それって中野区大和町ですか?」という僕の言葉に「違います」との担当者。ま、ま、まさか?

ここで驚愕の事実が判明!

「中野区荒井?」というと「そうです」という答え。えぇえ!?絶句である・・・。それは僕が4年半前に転出した場所だったのだ。僕は4年半の間、誰か知らない人の水道代を知らないところでひたすら支払っていたのです。

ちょっと待てと。どうしてこんなことが起こり得てしまったのか。担当者によると、記録上は僕から水道停止の連絡を受けていない、というのである(そんなことはないはずだが、これは僕の方では確認が取れない)。僕が出た後、すぐに誰かがその部屋に転入。その誰かは水道局に開始の連絡をしなかった。その誰かはひたすら水道を使い続け、今年の3月に転出したらしい(今年の3月以降、水道メーターに変化がなくなったことから、東京都水道局は水道を停止した。その誰かは水道停止の連絡をせずに転出した)。そして2008年3月分として、最後の引き落としが僕の口座からなされ、今にいたったのだ。でもさ、水道料金ってレシートが郵便箱とかに入れられるでしょ、そいつは僕の名前のレシートを毎回毎回確認してたのに違いないのだ・・・。

ではその4年半の水道代はどういう扱いになるのか、というのが次の大きな問題である。あれこれ担当者と話す。僕はその後杉並、再び中野を経て、調布に移る。その間、一部の期間を除いて水道代は支払い続けた善良な市民である。確かに今まで気がつかなかった僕にも当然落ち度があるが、でもタダで水道を使い続けた誰かはやっぱり不正なのだ。結局、僕が中野を転出した日を証明する公的な文面があれば、その間に知らないところで支払い続けた水道代を払い戻してくれることになった。区役所に聞いたら住民票のコピーで問題なく、また区から出ていてもその記録が残っているから出せるそうだ。合計でいくら支払っていたことになるんだろう。

ひと安心はしたが、本気で僕って大丈夫なんだろうかと心配になってしまった。本当は気がつかないところでものすごく損してるのかもしれない・・・。でも気がついてよかった。

整理整頓

しばらく前から気になっていたことが、先週少しだけすっきりした。銀行口座の整理である。

1.MS銀行その1
2.MS銀行その2
3.M銀行
4.Y銀行その1
5.Y銀行その2
6.YC銀行

僕名義の銀行口座がとりあえずこれだけあった。これらは僕の流され人生の産物なのであるが、実質的に使っているのは1と2だけ!というありさまだったのだ。自慢じゃないが僕は本当にお金に無頓着で、実際に自分がいくら持っているのか全く知らない(今でも知らない)。作ったきり放置で1000円しか貯金がない、というのも実はあったりして、ずっと前から何とかして整理しようと心に決めていたのである。

その結果、、、

1.MS銀行その1
2.MS銀行その2
3.M銀行
4.Y銀行その1
5.Y銀行その2
6.YC銀行

まずは最初の一歩として3と4を解約!少しすっきりしたぞ。いまさら何を言ってんだ、という感じだが、それぞれの口座に目的を持たせなきゃダメだな。1は家族用に必要。多分6は解約。残った2と4がそれぞれ使う用と残す用にしよう。

何事もシンプルにすると、気を使うものが減ってきて楽ですね。

てすてす

てすてす

A 3D Exploration of Picasso's Guernica

A 3D Exploration of Picasso's Guernica
音も出した方が良いです。

背中がいたい

こういうエントリが続いて勘違いされたら困るので念のため断言しておくと、僕は決して健康オタクではないのでよろしく。ホモでもないし、ナルシストでもないし、マッチョでもなんでもないです。誰でもちょっとがんばれば出来そうなんだけど、何となくできないでいること、なかなか一歩を踏み出せず、挑戦せずに終わっていること、そんなことをしたい。それがこういう形になって表れてるだけ。しておきたい、という表現が正しいか。熱い文字列に直すと、後になってからやっとけば良かった、とできれば思いたくないですね。そこのあなた、過去を振り返って「あの時やっておけば・・・」とか思ったりしません?でもそう思う気持ちこそ大事なのだよ。できることはやろう。(こういう熱い気持ちを仕事に生かせればもっと良いと個人的にはいつも思う)

日曜日には筋肉痛にならず、月曜日に筋肉痛であった。長い上り坂を経験した翌日では痛くならず、登山道を行った翌日に痛くなった。部位としては太ももの前側と背中(特に腰のちょっと上あたり)である。太ももの前側については下山時に体重を支えるものだから、完走という目標を達成する場合には無視して良いはず。背中であるが、登山道では前かがみになりがちである。体勢を維持しつつ、体のバランスを取って前進しなければいけないから背中を使うんだろうな。ということで準備するとすれば背中だ。

ナンシー関とできてしまった

ナンシー関が出来ちゃった結婚するという。
相手は春風亭小朝である。
妊娠を告げられた小朝は、ためらいなくナンシー関にプロポーズした。

 できれば結婚してほしい
 結婚式は川原かホテルで挙げたい

生まれてきた子供は知恵遅れであった。
生まれつき左足が不自由であったが、元気に育った。

僕はナンシーの不摂生な生活が、
お腹の子供に影響したんじゃないかと思ったが、
それを口に出してはダメだと思った。

富士登山競争試走

今月末に「富士登山競争」というのに出る。このレースはとにかくキツイそうなのだ。

完走率は約5割だが、素人が出て5割、というのではもちろんない。ある程度体力に自信がある人しか、そもそもこのレースには出ないのである。スタートは富士山の山梨県側のふもと、富士吉田市の市役所。ゴールは名前の通りに富士山頂。距離的には21キロだが、その高低差が3000メートルある。時間をかければとりあえず頂上まではたどり着けると思う。でもこのレースでは、4時間半以内にたどり着かないとダメ。みな制限時間に間に合わないのだ。

たった2回の東京マラソンとは歴史と伝統が違い、今年で61回目を数える由緒正しき競技会である。山梨県出身の僕は、このレースの存在自体は昔から知っていた。出るからには完走が目標である。と、いうことで先週末に試しに行ってみた。

1日目:
スタート地点から、「馬返し」と呼ばれる距離的にほぼ中間地点まで。およそ11キロ。昼過ぎに実家に到着し、時間をもてあましている父親に頼んでスタート地点まで送ってもらった。当たり前なのだが「ずっと登り」であることを実感。足の回転が速くないから、息が切れることはない。でも心臓への負担が高いのがわかる。

スタートして15分後に浅間神社の脇道にはいる。ダラダラと登り道が続く。「中の茶屋」と呼ばれる場所までは、きちんとした2車線の舗装路であるが、ここからは先は「何となく舗装してみました」という、車が何とかすれ違える山道。登りが少しづつ急になる。

僕みたいにそのコースを実際に走ってる人もいて、そのうちの一人とお話してみた。やはり今年のレースに出るとのことでである。今回が5回目なのだそうだが、年々参加者のレベルがあがってる、と言っていた。完走のポイントは「馬返し」まで走って、ある程度の位置取りをキープすることなのだそうだ。そこからは道が細くなり、本格的な登山道となる。団子状態となり、抜こうとしても抜けない、自分のペースで前に進みにくい。良いアドバイスをもらった。

その「馬返し」までにかかったのが1時間6分。大会のパンフレットにあった「ぎりぎり完走ペース」(昨年の大会で4時間25分〜30分の間にゴールした人の平均タイム)によると、この「馬返し」通過タイムがまさに1時間6分であった。うーん、予想通りにギリギリだったが、まぁそんなものだろう。とにかく完走が目標である。ここで先回りしてくれていた父親にピックアップしてもらう。

本当に良い天気で、日差しは強かったが木陰でひんやりとして空気がおいしかった。目に映る緑がとてもきれいで、耳を澄ますと自然の音がした。ちょっと日常を離れたらこんな場所だってあるのだ、すごく楽しかった。

2日目:
富士山五合目から八合目の往復。まずは車で富士スバルラインで5合目まで行く。山開きしたばかりだというのに、登山客でかなりの賑わいである。駐車場で半そで短パンになり、準備運動してから颯爽と走り出したのが9時半くらいだった。

まずは本来のコースである吉田登山道に戻って「佐藤小屋」にたどり着く。この日はここから登り一辺倒。5合目には人が沢山いたんだが、実際に登山道に入ると登っている人が殆どいない。この時間に登る人はそもそも少ないのであろうか。(みなご来光を眺めるために夜登る。個人的には夜登るのはどうかと思うが、それはまた別のところで)

登山道で抜かす人たちは、しっかり長袖長ズボンで、背中にそこそこ大きなバックパックを背負っている。歩き出してそうは経ってないと思うんだけど、中には随分と辛そうに見える人もいる。僕は半袖短パンでちょっと気が触れた人のようである。変な目で見る人もいた。7合目くらいから急に岩場になって、両手を使ってよじ登る場所も出てきた。本番は手袋が必要だな。実は過去に一度だけ富士山に登ったことがある。でもどんなトレイルだったか正直よく覚えていなかった。

5合目から1時間34分で8合目の山小屋にたどり着く(山小屋の名前忘れた)。一度下ったりしてたりしてたから、時間の目安がわからなかったけど、多分これくらいだったら制限時間には間に合うペースのはず。そんなことを思いながら500円のスポーツドリンクを買って飲んだ。頂上まで行こうと思えば行けた。本番の楽しみにしたいから、敢えてここで下山道に入る。体力的には特に問題なかった。高山病っぽい症状もまったくなし。でも本番には本格的な登山道の前に、前日に走った坂道を行かねばならない。本番はどれくらい体力を消耗するのであろうか。帰りは5合目まで1時間。往復で2時間半の道のりであった。

感想としては、このまま調子を崩さずにいけば何とかなるんじゃないか、という楽観。今回の試走では殆ど給水しなかったけど、実際には何箇所もあるからしっかり給水したい。それから小さなウェストポーチとかあったほうが良い気がした。この日は車の鍵を手に持って、パンツの小さなポケットに1000円札を仕込んでいたが、手荷物はやっぱり邪魔だった。必要最小限の荷物を携帯して手ぶらで行きたい。本番前にできればもう一回試走したい。

警察官に関する素朴な疑問

北海道でのサミットを控えた今、東京は警察官だらけである。「警視庁」の文字列が入ったベストを着込んだ警官の姿をいたるところで目にする。東京の中心部に近づけば近づくほど、本当に沢山警察官がいる。オフィスが米国大使館のすぐそばなのであるが、普段から多いのに、ちょっと前からとんでもなく多い。

でも婦警さんがいないのはなぜか。

警察のみなさんは、どこで食事とかお手洗いをしているのであろうか。あれだけ街頭に沢山いるのに、公共の場所にある男性用トイレでふと横を見たら警官で、横並びで緊張しながら用を足した、という経験が一度もない。殺伐とした吉野屋のカウンターでふと横をみたら警官で、横目で意識しながら競うように特盛りを口にかきこんだ、という経験が一度もない。不思議だ。これこれをするときは制服を脱がなきゃいけないとか、決まりがあるのだろうか。用を足す時は脱ぐとか(当たり前だ)。

今街にあふれている警察官のみなさんは、みな警視庁所属なのであろうか。地方から応援でやってきた警察庁の皆さんもいるのであろうか。一般市民にとって、警官とは道を教えてくれる人である。で、地方からヘルプでやって来て、駅とかに配員された警官は、サントリーホールはどこですか、と聞くおばちゃんのガイドとなることはできないのではないか。実際に今朝なんだが、地下鉄の通路に立っていた3人の警官が「Tokyo Map」というのを全員で覗き込んでいた。そんな彼らはニコニコして楽しそうに見えた。

警官に道を聞いたら東北なまりで返ってきて、ふと集団就職をした頃を思い出した結果、望郷の念を覚える、という中高年の皆さんもいるのだろうか。

暑いのに大変だ。ご苦労様です。

東京 芝 とうふ屋 うかい

ここはテーマパークというか、映画のセットみたいなお店であった。外国人が考える日本のあるべき姿、という感じで、これは日本名物とさえ言えるのではないか。

食事はしてないです。今回はレアケースで、中にあるバーでビールをウォトカを飲んで、中庭を散歩しただけ。でもとっても面白かった。あの店員全員がかもし出す、地なのか、教育された感じ、的こなれた様子である。僕はこれをどう理解すればよいのであろうか。

またiTunesぶっこわれた

前にも書いたけど、普段音楽はパソコンで聴いてるが、またしてもiTunesがおかしくなった!音源であるファイルはもちろん無事なんだけど、iTunesで管理していた再生回数とか、マイレート(スターの数)とかのデータが消えてしまった。こういうことも考慮し、予めライブラリのバックアップをしておいたのである。しかし肝心のバックアップが戻らないのだ。これってWindows版でよくあるバグみたいだ。

Last FM(これオススメ)を導入したから再生回数はまぁ良いとして、この「スターの数」データ消失が痛い。自宅に沢山ある音源にコツコツと付けてきた☆印。通常はその目印が着いてる曲だけを抽出し、ランダムで流して楽しんでいた。正確な数はよく覚えてないけど、地道な作業の積み重ねは合計700曲くらいだったはず。

何かきかっけがあってぶっこわれたのか?と考える。思い当たるふしがあるとすると、それはPodcastである。iTunesがおかしくなったのは、Podcastをあれこれ試してみよう、とダウンロードしてみた矢先だったのだ。これまで通勤時間は本を読んで過ごすことが多かったんだが、5月の連休明けからケータイでラジオとか音楽とかを聴くようになった。自宅にあまり活用していないiPodがあって、せっかくだからiPodを使おう、ということで何となく手に馴染むようになり(そのスター付きを聴いてた)、そして何となくPodcastにも手を出そうとした結果である。

で、データが飛んでから、iTunesとiPodは同期していない。かろうじて僕のセレクションは手元に残っているから、持ち出し用には何とかなってる。とりあえず、今入ってる曲たちはそっとしておいて、Podcastだけの同期で乗り切ろう。ちょっと工夫すれば9割がたバックアップ(ただのテキストファイル)が戻せる気がする。暇なときに挑戦だな。

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