カレーは飲み物

「カレーは飲み物」。これはあの「ウガンダ」(現ウガンダ・トラ)の名言であったのか!

さっきテレビを見てたら、デブタレントから「兄貴」と慕われ、圧倒的な支持を得ているウガンダ・トラが、実際にカレーを飲んでいた。凄いねこれ、少しはもぐもぐするんだけど、ホント飲んでた!スプーンからそのまま喉に流し込んでた!彼曰く、「ライスは喉越しのためのアクセント」。これも名言に違いない。僕も今度挑戦してみよっ。

どうみてもウガンダは南方系のルックスであるが、正真正銘の日本人(本名:佐藤信一郎)であると初めて知った。ついでにモノマネで有名な「ビジーフォー」のオリジナルメンバーだったのか。

ウガンダ・トラ(Wikipediaより)

前から書いてるがWikipediaって確かに便利だけど、どこまで信じてよいのかわからん。

それから「デブ」というのは普通にテレビとかでも発言されてるけど、これって差別用語として扱われる日も近いんだろうか。「ハゲ」とかもそのうち使えなくなるんだろうか。「ブス」というのは大丈夫なんだろうか。そもそも何をもって「差別用語」と分類されるかという定義があるんだろうか。自分が言われた場合に気を害す言葉を「差別用語」と捉えるのは間違ってるんだろうか。でも結局言葉の言い換えだけに終るんだろうけど。だとしたら言い換えた言葉がまたすぐに差別用語として定義されてしまうんじゃないか。そしてまた言葉の言い換えになってしまって、結局言葉が上向きのらせん状にループしてるだけなんじゃないか(時代が繰り返すように)。そう考えたら終わりなんてない。

2000年 2月21日 (Mon)

なんだバカヤロー(その2)
その1より

荒井注氏の告別式の模様を、ある大手新聞社のウェブサイトでは次のように報道しています。

「カメラに向かって「なんだ、バカヤロー!」と吐き捨てるギャグで一世を風靡した故人をしのんで、出棺時に参列者全員が声をそろえて「なんだ、バカヤロー!」と唱和した。これは、あまりにも突然に逝ってファンや友人たちを悲しみのどん底に突き落とした注さんに、永遠の別れを告げる“魂のメッセージ”だった。」
こちら

「なんだ」と「バカヤロー」、単体で考えると罵詈雑言にしか思えない2語の奇跡的組み合わせにより、荒井氏はこの混迷を続ける日本社会に警鐘を鳴らし、また渇を入れました。

この2語が建設的に融合し、20世紀の名言となり得たのはやはり、神の手によるとしか思えない、荒井氏が持つ天性のキャラクターによるものが大きいでしょう。彼はその天賦の才をいかんなく発揮し、「なんだバカヤロー」をただの暴言から名言へと昇華させたのです。告別式に集まった著名人たちが報道陣の前にも関わらず自らのプライドを捨て声を高らげる、この光景は荒井氏が参列者をして「魂のメッセージ」を代弁せしめた結果だったのです。

ところで、コメディアンにとって自分の葬式でこのように持ちネタを叫ばれるというのはきっと名誉なことなんでしょうね。実はここからが、僕が2回に分けて書き綴ったヒトリヨガリで一番発言したかった所です。長い前振りでした。

この記事を読んだ時に大きな疑問が湧いてきたのです。このケースでは荒井氏が先に逝去され、皆でギャグをお経代わりに唱えましたが、では他のドリフのメンバーが亡くなった時は一体どうなるのでしょう?失礼ですが一番早いと思われる、いかりや長介がこの世を去る時には「ダメダコリャ」とやはり唱和するのですかね。

それでもまだ荒井、いかりや両氏のギャグはただの言葉だけだからよいのです。加藤茶を考えてみましょう。この場合「カトちゃんぺ」をアクション付きで一斉にやるのでしょうか。もしそうだとしたら興味がありますね。荘厳な場において声を震えさせながらしかもコミカルな動きと共に。ぜひ見てみたい!

ここまではドリフ系で考えてみました。では一般コメディアンまでレンジを広げて見ると・・・。こちらも近そうな谷啓。彼と言ったら「ガチョ〜ン」しかないですよね!この場合、個人的には葬式の参列者にはしてもらいたくないです。では何をと言うと、「ハラホレハラヒレ」の方をやってもらいたい!このギャグを考案した元都知事、青島幸男のリードで!

VTRか何かで生前の(まだ健在なのでこの言葉を用いるのは失礼ですが)、谷啓による「タメ」を利かせつつ、しかもキレのあるしなやかな腕の振りに誘発され、告別式の参加者がこれまた絶妙の間と共に崩れ落ちる・・・。考えただけで鳥肌が立ちますね。この動きは吉本系の芸能人にも当てはまるでしょう。

同様に、もう少し先だとは思いますが、世界の北野の時には伝説と化してきた「コマネチ」をする。こちらは本物のラディア・コマネチを特別ゲストとして迎えられたとしたら、僕はきっと失神してしまいます。北野バリのひざの動きを交え勇気を振り絞ったコマネチ本人が、うつむき加減にボソっと一言述べてくれるだけで、故人も「感無量」、とあの世で報われるに違いありません。ここまできたら「お約束」になるかもしれませんね。芸能人の葬式では故人の持ちネタを何かする、という。

こんな想像の世界でニヤリとしてる最近の僕。

2000年 2月17日 (Thu)

なんだバカヤロー(その1)

最近元ドリフターズの荒井注さんが亡くなりましたね。もちろんここに日本のテレビがあるわけではないので、僕はインターネットで記事を読んだだけです。関係ないかもしれませんが、僕は子供の頃「ひょうきん族」よりもどちらかと言うと「全員集合」を観てました。おそらくドリフファンだった両親の影響でしょう。もっともその頃既に荒井氏はドリフターズを脱退してますが。

荒井氏が亡くなったのは非常に残念です。僕ははっきり言って彼のファンでした。ドリフ脱退後伊東市に住居を構え悠悠自適に生活を営み、また自分よりも何十歳も若い奥さんを迎えるという生活スタイルに羨望の眼差しさえ向けていました。

改めて、とても残念としか言いようがありません。それを踏まえてしかし!僕はここに書き残す。彼の死亡記事とそれにまつわる報道を目にした人の中には必ず同じように思ってしまった人がいるはずです。

「なんだバカヤロー」で最後を見届けるというのは笑ってしまいますね。

別に僕が今アメリカ留学中だから「ディス・イズ・ア・ペン」なら許すぜ!、そう言ってるのではありません。それにもし僕が日本のワイドショーなどで出棺の時、告別式の参列者たちが荒井氏が生前に得意としていた往年のギャグを一斉に飛ばす、このある意味一大スペクタクルを実際に目にしていたのなら、その感じ方はまた違ったと思います。

でもここはアメリカ。それをシリアスな映像ではなく、抑揚のない文章でしか捕らえていない今の僕にとっては、荒井大先生、残されたご家族の方、またはドリフのメンバーの方々に申し訳ないのですが思わず失笑を禁じえなかったのです。

告別式における、いかりや長介氏(本名いかりや長一)の声を震えさせながらの弔辞、そしてこのハプニング的演出。皆さんはどう感じられましたか?

その2に続く

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