なんだバカヤロー(その2)
その1より
荒井注氏の告別式の模様を、ある大手新聞社のウェブサイトでは次のように報道しています。
「カメラに向かって「なんだ、バカヤロー!」と吐き捨てるギャグで一世を風靡した故人をしのんで、出棺時に参列者全員が声をそろえて「なんだ、バカヤロー!」と唱和した。これは、あまりにも突然に逝ってファンや友人たちを悲しみのどん底に突き落とした注さんに、永遠の別れを告げる“魂のメッセージ”だった。」
こちら
「なんだ」と「バカヤロー」、単体で考えると罵詈雑言にしか思えない2語の奇跡的組み合わせにより、荒井氏はこの混迷を続ける日本社会に警鐘を鳴らし、また渇を入れました。
この2語が建設的に融合し、20世紀の名言となり得たのはやはり、神の手によるとしか思えない、荒井氏が持つ天性のキャラクターによるものが大きいでしょう。彼はその天賦の才をいかんなく発揮し、「なんだバカヤロー」をただの暴言から名言へと昇華させたのです。告別式に集まった著名人たちが報道陣の前にも関わらず自らのプライドを捨て声を高らげる、この光景は荒井氏が参列者をして「魂のメッセージ」を代弁せしめた結果だったのです。
ところで、コメディアンにとって自分の葬式でこのように持ちネタを叫ばれるというのはきっと名誉なことなんでしょうね。実はここからが、僕が2回に分けて書き綴ったヒトリヨガリで一番発言したかった所です。長い前振りでした。
この記事を読んだ時に大きな疑問が湧いてきたのです。このケースでは荒井氏が先に逝去され、皆でギャグをお経代わりに唱えましたが、では他のドリフのメンバーが亡くなった時は一体どうなるのでしょう?失礼ですが一番早いと思われる、いかりや長介がこの世を去る時には「ダメダコリャ」とやはり唱和するのですかね。
それでもまだ荒井、いかりや両氏のギャグはただの言葉だけだからよいのです。加藤茶を考えてみましょう。この場合「カトちゃんぺ」をアクション付きで一斉にやるのでしょうか。もしそうだとしたら興味がありますね。荘厳な場において声を震えさせながらしかもコミカルな動きと共に。ぜひ見てみたい!
ここまではドリフ系で考えてみました。では一般コメディアンまでレンジを広げて見ると・・・。こちらも近そうな谷啓。彼と言ったら「ガチョ〜ン」しかないですよね!この場合、個人的には葬式の参列者にはしてもらいたくないです。では何をと言うと、「ハラホレハラヒレ」の方をやってもらいたい!このギャグを考案した元都知事、青島幸男のリードで!
VTRか何かで生前の(まだ健在なのでこの言葉を用いるのは失礼ですが)、谷啓による「タメ」を利かせつつ、しかもキレのあるしなやかな腕の振りに誘発され、告別式の参加者がこれまた絶妙の間と共に崩れ落ちる・・・。考えただけで鳥肌が立ちますね。この動きは吉本系の芸能人にも当てはまるでしょう。
同様に、もう少し先だとは思いますが、世界の北野の時には伝説と化してきた「コマネチ」をする。こちらは本物のラディア・コマネチを特別ゲストとして迎えられたとしたら、僕はきっと失神してしまいます。北野バリのひざの動きを交え勇気を振り絞ったコマネチ本人が、うつむき加減にボソっと一言述べてくれるだけで、故人も「感無量」、とあの世で報われるに違いありません。ここまできたら「お約束」になるかもしれませんね。芸能人の葬式では故人の持ちネタを何かする、という。
こんな想像の世界でニヤリとしてる最近の僕。